セキワンローキュー!

りっと

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第四Q その右手が掴むもの

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 沢高のスローインで再開された試合は、すぐに廉が個人技で点差を六点に縮めた。岡村の交代で一気に試合を決めたい洛央の思惑を阻止する、絶妙なタイミングでの得点だった。

 沢高のディフェンスはマンツーマンだ。岡村のポジションを引き継いだ雪之丞のマッチアップは、背番号六番、背が高く手足の長い園田という男であった。

 早速園田にボールが渡った。雪之丞は腰を落とし、バスケット下の制限区域内に入られないように集中した。

 ベンチで見ていたときから、園田のリバウンドは敵ながら惚れ惚れしてしまう手本のような上手さだった。だが得点力という点だけで考えると、同じポジションでも岡村には勝らないと思った。

「……得点力の低い俺なら、自分でも守れると思っているんだろう?」

 雪之丞の思考を見透かしたように、園田は強引に雪之丞を押し込んで、いいポジションを取ってきた。わざと倒れてファウルを誘うような技術のない雪之丞は真っ向勝負したものの、園田は雪之丞のディフェンスを躱す華麗なフェイダウェイシュートを決めた。

 洛央ベンチと応援団から大きな園田コールが沸き起こる。大歓声を耳にしながら、雪之丞は大きく息を吐いた。園田の動きも今のシュートも心からすごいと思うし、彼がやってきたであろう厳しい練習を思えば尊敬できる。
だが経験の差が負けてもいいという理由になどなるはずもない。次は絶対止めてやると、雪之丞は歯噛みした。

 多田を基軸としてセンターラインまで運ばれたボールは、多田から廉に、廉から戸部に、戸部から神谷に回された。

 神谷がゴール近くまで入っていこうとドリブルをすると、敵は力負けしない迫力あるディフェンスで侵攻を防いだ。雪之丞が園田を振り切るために動き回っている隙に、多田は絶妙なタイミングで大吾にスクリーンを仕掛けた。フリーになった廉を見逃すことなく神谷がパスを通すと、廉は美しいフォームでジャンプシュートを決めた。

 残り六分四十六秒。点差は再び六点。

「下がるな! 当たれ! ここが勝負所だ!」

 宇佐美の指示が飛んでくる。沢高は洛央のスローインからコート全面でチェックする策を仕掛けた。オールコートマンツーマンというこのディフェンスは、とにかく動き回って疲れるものだと雪之丞は認識している。
それなのに試合も終盤、雪之丞以外のメンバーは出ずっぱりだというのに、体力も気力も振り絞った見事なディフェンスで洛央を苦しめた。

 雪之丞がマークしている園田は運動量が豊富で、本来ガード陣がボール運びをするという常識を覆し、ボールが出せずに苦戦している味方を助けるためにスローイン近くまでボールをもらいに走った。

「させるかよ!」

 先輩たちの勝利への執念に心動かされていた雪之丞は、下手くそなりに人一倍動いて園田がパスを受け取る隙を与えなかった。

「くそ……!」

「あんたにボールは持たせねえ!」

 まだまだ穴が多く一対一では抜かれることも多い雪之丞だが、ただ一点「ボールを持たせない」ということに関しては、試合に出たばかりで誰よりも体力があり、かつ極限まで集中している雪之丞に分があった。

 洛央は五秒ルールギリギリでようやく大吾にボールを渡した。ボールを出されてしまった失態を取り返すように、廉は一歩も前に進ませないと言わんばかりの厳しいチェックで大吾にドリブルをさせなかった。

 動けなかった大吾が体勢を立て直そうと、ヘルプに向かった味方にパスを出したそのとき、ブザーが鳴った。

「バイオレーション! 八秒!」

 主審のコールが選手たちの耳に届いた。

「「よっしゃあああああ!」」

 沢高部員たちは歓喜の声をあげた。作戦が成功したときの喜びを知った雪之丞は試合の楽しさを一層実感し、まだこれからもこのメンバーで一緒にバスケがしたいと思った。

 しかしここで負けてしまえば、その願いは叶わない。

 そのことを意識したとき、雪之丞はいてもたってもいられなくなった。
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