おとわやの幽霊 《斧琴喜久贔屓誉》

岡島 三桜

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第二場 喜久五郎の屋敷の場

第二場 喜久五郎の屋敷の場

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第二場 喜久五郎の屋敷の場

  
 本舞台 喜久五郎の屋敷、正面床の間のある座敷、上手廊下。下手縁側

     夜、薄暗い。
     舞台上手、廊下から喜久五郎と熊吉が入ってくる。
     部屋の隅(下手)、の暗い縁側を指さす喜久五郎。
     熊吉、目をこらしてみる仕草。

      (ドロドロという音)
     紫の着物につぶし島田の日本髪の若い女の幽霊がせりあがって現れ、深い座礼からゆっくりと上体をおこす。

喜久五郎「あれが…」

 熊吉、頷く。
 幽霊、熊吉に気づいて目が合う。

熊 吉「あ、どうも」

     幽霊にお辞儀をする熊吉。幽霊もにっこり応えてお辞儀。

熊 吉「こりゃまた随分とご丁寧な幽霊で」

     幽霊、懐から鏡を出し、襟元、両鬢をなで、ほつれ毛を幽霊らしく引き出すと、少し腰を浮かし両手を前に下げ幽霊のポーズ。
     右手と左手の高さを迷いながら、キメのポーズを作ると喜久五郎たちのほうを見る。
     喜久五郎の手前にいる熊吉に対して「除け」との手ぶり。

熊 吉「『(女声で)ちょっとそこのお前さま!邪魔だから退いておくれよ』」

 熊吉の女声にびっくりする喜久五郎に熊吉、頭を軽く下げ

熊 吉「へい、同時通訳なもんでこんな感じで…」

     熊吉が除けると喜久五郎を見て、にっこりと手を振った後、先ほどのキメのポーズ
     更にモデルの写真撮影のように様々にポーズを決めながら、時折喜久五郎に笑顔を向ける。
     熊吉は幽霊と喜久五郎を交互にみて首をかしげ、

熊 吉「どうも話を聞くまでもなく、この幽霊は旦那にベタ惚れと見た。どうでしょう?一度きつーく愛想尽かしをしてみたら?案外あっさり諦めていなくなるかもしれませんよ?」
喜久五郎「いやいや、そんなことをして大丈夫なのかい?却って恨まれでもしたら」
熊 吉「そん時には」
喜久五郎「そん時には?」
熊 吉「そん時で」

     呆れる喜久五郎を前へ押し出す熊吉、喜久五郎も観念して、

喜久五郎「おい、幽霊!毎年毎年夏になる度に、その辛気くせえツラさらしやがって!目障りだからとっとと消えちまいな!」

 幽霊、袖で顔を隠し嬉しそうに身もだえるしぐさ。

熊 吉「え?え?なに?」

     幽霊は袖を口元に当て、熊吉にささやくようなしぐさ。
 
熊 吉「『(女声で)髪結新三みたいで、きゅんきゅんする』だと?、ダメだあ旦那、逆効果だ」

 幽霊は再びポーズを付け始める。
     熊吉、膝をついたまま幽霊の方へそろそろと近づく。

熊 吉「あの~」

     幽霊、チラと熊吉を見るが無視。

熊 吉「ちょっと、お尋ねしたいことが…」

     幽霊、不機嫌そうに熊吉に向き手で追い払うしぐさ。

熊 吉「え?『今、忙しいから後で』?いやいや、後じゃ困るんで」

     熊吉、喜久五郎の方を指さし

熊 吉「実は、あちらの旦那から、お前さんのことをくわーしく訊くようにといわれておりまして」

     幽霊、ええっと明るい顔になり急にもじもじした仕草で。

熊 吉「は?『名乗るほどのものではございません』と?いや、そいつはいけませんよ!仮にもここは旦那のお宅だ。氏素性も明かさないまま、理由も告げず居座ってちゃあ、いくら幽霊でも不作法だ。そんな礼儀知らずは、旦那に本気で嫌われちまいますよ。ねえ旦那?」

     喜久五郎、熊吉に促されてうんうんと頷く。
     幽霊、悲しそうに泣くしぐさ。
     熊吉、なだめるように、

熊 吉「ああ、泣くこたあない、泣くこたあないから、どうかお前さんの身の上話と、ここにいるわけをきかせておくれよ」

     幽霊、泣き止み、芝居がかった身振りで、

熊 吉『これは堀の船宿の娘なり』

     熊吉、わかるか?という風に喜久五郎を見る。 
     喜久五郎、いや知らないと首を振る。

熊 吉『芝居を見るのがなにより好きで、特に贔屓は喜久五郎』

     幽霊、喜久五郎を指さしたあと、恥ずかしそうに顔を隠す。

熊 吉『恋こがれ、足しげく通い続けた芝居小屋。』

     幽霊、キメのようなポーズを続けながら

熊 吉『弁天小僧、富樫実盛勘平権太とがしさねもりかんぺいごんた狐忠信髪結新三きつねただのぶかみゆいしんざ、お岩に貢鬼薊みつぎおにあざみ、極めつけには御所の五郎蔵!』

     幽霊、悲しそうに目をふせ

熊 吉『それが思いもかけず、ふとした病で命を落とすことになり』

     幽霊、合掌する。

熊 吉「『いよいよ三途の川にさしかかる、その手前でも、胸に浮かぶは喜久五郎。弁天小僧、富樫実盛勘平権太…』(熊吉、ぴたと止まり幽霊に)そこはさっき聞きましたんで、どうぞその先を」

     幽霊、熊吉をひとにらみした後に

熊 吉『ああ、そういえば喜久様は怪談芝居の参考に、幽霊の絵を集めている…という話をなにかの記事で読んだことを思い出し』
喜久五郎「おお、おお、確かに」
熊 吉『もしや、いえ、きっと、本物の幽霊ならば、もっとお役に立てるにちがいないと』
喜久五郎「そんじゃおまえさんは、わたしの芸の助けになろうと、この世にとどまって?」

 幽霊大きくうなずく。

熊 吉「(膝をたたいて)えらい!えらすぎる!」

     熊吉、喜久五郎にむかって、

熊 吉「贔屓と書いてしと読む。しのためなら成仏無用。このあっぱれな心意気!ねえ旦那!このままこの幽霊をここにおいてもらうわけにはいきませんかい?」
喜久五郎「ええっ!」
熊 吉「無理は承知で、そこをなんとか」
喜久五郎「いや、しかし…」

     幽霊と熊吉、ふたりして喜久五郎ににじり寄る。

喜久五郎「いや…」

     じいっと喜久五郎をみる熊吉と幽霊。
     喜久五郎、根負けしたていで、溜息をつき

喜久五郎「そんなに、わたしの芝居を好いてくれるなら、どうだろう、いっそ芝居小屋のほうへ引っ越してもらうわけにはいかないだろうか?」
熊 吉「なるほど!そりゃ名案だ!幽霊さんよ!芝居小屋ならあんたの好きなお芝居をいくらでも見放題だ!」

     幽霊かぶりを振る。

熊 吉「なになに?『お芝居が観たいのはやまやまだけど、お代も払わず観るは申し訳なくて』と?なるほど、幽霊だけにオアシが無い!ずいぶんと律儀な幽霊だ!」
喜久五郎「律儀はいいが、今のままではどうにも困る。実は浜町の別宅で念願の男子が生まれ、近々こちらへ引き取るために人を雇うつもりだが、幽霊が出る家のままでは…」 

     幽霊、「男子が生まれ」に反応し突然形相が変わり、立ち上がって髪を振り乱し衣装はぶっ返る
     荒事調の激しい動きで立ち去ろうとする

熊 吉「コリャどうしたことだ」

     暴れる幽霊を羽交い絞めのように抑える喜久五郎と幽霊の足元に縋り付きながら言葉を聞く熊吉。

熊 吉「エエ!はなしゃんせ、止めるなといわれても…」
喜久五郎「もしや悋気で赤子に害を」

熊 吉「なんだって?『早う急ぎ成仏して転生しないと』?」
喜久五郎「転生しないと?」
熊 吉「『六代目の初舞台に間に合わない!』」


           《幕》 
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