ダンジョン配信

胡椒と肉

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十数分の熱帯森マラソンの後、久しぶりの階段前広場が映る。
広場を熱帯植物の枝葉が覆い、葉の隙間からチラチラと陽が落ちている。

よく根気よく見てる奴いるものだ。
暇なの? ニートなの?

「九階クリア。次は十階です。」

「東雲ダンジョンは、五階ごとに、フィールドが変わり、五階まではステップの平地、十階までは熱帯森です。」
「平地階は人型、不定形型、レアで獣型モンスターが出ます。熱帯森は植物型、動物型モンスターが多いです。」

ダンジョンらしいモンスターの討伐から一転、ダンジョン紹介のような凪いたトークが入る。
階段前の空き地に木漏れ日の落ちる風景だけ見れば、南国観光と勘違いしてしまいそうな配信だ。


▽△▽

十階を三十分程かけて走破し、十一階へ続く階段前の広場。

「次、十一階、です。ハッ、暑いので、降りて、から。」

トントンと軽快に階段を駆け下り、十一階、樹海フィールドが映し出される。
明るく鮮やかな色合いの熱帯森から一転して、常緑樹の深い森。
濃い緑の層が空と地面を区切っていた。


「温暖な、熱帯森、から、日本の、ナチュラルな、樹海になりました。気温が、低い樹海側で…、休憩します。」

呼吸の合間に、短く言葉を切って話す。
長距離を走って熱いのだろう、喉を鳴らし液体を飲む音が割り込む。

「この樹海フィールドには、火山が出現します。山ではなく、海底の火山が出現した、比較的なだらかな地形です。」
「十一階はこのフィールドの特徴を紹介するように、右の通路を進むと火山が現れるマップです。」

日本ではありふれた樹木の森を映しながら、新たなフィールドの特徴を語る。

「樹海と火山では、環境もモンスターもが違うので、避けられる火山は避けます。」
「目的の十三階は火山フィールドが一番遠いマップです。両方の環境に対応すると、装備とか金銭的に厳しいです。」

何をしたのか不明であるが、追尾カメラが定点で止まり、一定間隔で左右首をふりをはじめた。

「樹海フィールド用に、装備を入れ替えます。しばらく樹海の風景をお楽しみ下さい。」

装備を付け替える雑音が止むと、配信者である少年の足音が遠ざかる。
定点カメラによる東雲ダンジョン十一階の無人ライブ映像が流れる。

過疎配信ゆえに炎上の危険は少ないだろうが、確実にヘイトを稼ぐ行為である。


▽△▽

「再開します。」
樹海風景を映し出すこと十数分、若々しくハリのある声が配信に戻って来た。
眠くなるような首ふりの定期行動を止めたカメラが、右、左、右、左と走る方向を確認するように動く。

「十一階は火山地帯を避けて、左から階段を目指します。」
「十一階と十二階は、走って通過するだけになります。欲しい素材が…キノコが食べたい! 見付かるかなぁ。」

少年の食欲にまみれた行動目的を伝えながら、初配信兼機材テストは続く……。
今まで一貫して、右方向からフィールドをショートカットしていた画面は、はじめて左方向へ進みながら樹海へ侵入した。


▽△▽

「十一階から、十二階へ。」
「上の熱帯森は木の根元が水没してる場合があるので、速度は抑えて走りました。比較すると樹海はまあまあ走り易いです。」

枝葉の揺れる音と足音と呼吸音。頭上定点から撮影される森の映像配信である。
盛り上がらない、山も谷も無い。
いや、山なら火山が有るが、きっちり避けて通っているから、遠景にも映らない。

「あとは…、他の探究者がまったく映らないのは通常運転です。東雲ダンジョンの六階以降は人気無いので。」

六階以降に探究者が全く入らないのは、東雲ダンジョン特有の現象だ。
平地で難易度の低い一階から五階、食卓にも金銭的にも美味しい潮干狩り階の二十一階から二十五階。
二つの人気フィールの間にある中間階は、討伐するほどコスパが悪くなる、いわゆるハズレフィールドと認識されている。

通常のダンジョンであれば、一桁階は適正ランク探究者から高ランクまで、多くの探究者が出入りする賑わいフィールドだ。
東雲ダンジョンの一桁階も公式の適正ランクはG~E。エンジョイ勢探究者向けであり、一桁後半の熱帯森に出現するモンスターの討伐適正だけ見ればEランクだ。

しかし、魔石もドロップも無い生物がことごとく毒性、という厄介フィールドに侵入する無謀な探究者は珍しい。

都合よく六階入口側に転移舞台があり、毒階をスキップして潮干狩り階と一桁階を行き来出来るフィールド構成になっていることから、高ランク探究者でさえも、初回の転移登録をする目的で中間階を通過する以外で訪れる事は無い。

そんな過疎階を有する東雲ダンジョンは、「ランクアップに向かないダンジョンランキング」にて殿堂入りの不名誉を拝している。


▽△▽

「十二階、から、十三、だよな? うん。大丈夫。入る前、休憩入れます。」

途中の階段を除くと、一時間連続で樹海を走り続けた配信は、薄暗い階段で停止する。

「水と、塩粘土。……この塩粘土は、東雲の一階のドロップです。帰りにも調達出来るので、セーブせず丸ごと。」
塩粘土と呼称されたキャラメル大のドロップ品は、世界中の海が毒と油で汚染された現在、代表的な塩系調味料として受け入れられている。

「美味しい方のカロリーバーです。中にチョコが入ってるフレーバーが好きです。」

肩のアタッチメントにカメラを付けたのか、少年の手元が映る
輸入品のローマ字の躍るカラフルな包み紙を破き、カロリーバーは少年の体内に消える。

「誰も見てないと、思いますが、DanzonのWanted!をチャンネル詳細に載せてます。ご支援を頂けたら嬉しいです。」

ちゃっかり、世界的巨大マーケットの欲しい物リストを視聴者に案内する少年。
リストには先ほど見せた甘くておいしいカロリーバーの詰め合わせやダンジョン産ポーションなどが登録されている。


▼▲▼

:お、フィールド切り替えか?
:東雲は五階毎変化か
:樹海F、はじめて見た
:少年の吐息キタ━(゚∀゚)━!
:やべぇの出現!
:少年は世界の宝。保護せねば(*´▽`*)
:少年、逃げて、超逃げてーw
:お水ゴクゴク 
:変態BBAおる
:樹海と火山。富士山かよ
:頭上撮影とか、配信初心者かな?
:環境対応に財力の壁
:わかるぞ(゚д゚)(。_。)
:火山避ければいいのか!
:おい?
:樹海風景w
:楽しくねーよ
:放置かな
:。。。
:再開って、おまいう
:キノコ♪
:樹海に食用のキノコあんのか?
:茸? どこっ??
:東雲の樹海の配信はレアよな
:ALL>茸に反応しすぎwww
:環境動画
:森森森 以上。
:ちわー からの さいならー
:10~12階、深き森駆け抜けるリラクゼーション配信です
:こんこん
:ASMRか?
:転移で飛ばせる樹海フィールドににわざわざ来る無謀 m9(^Д^)
:森が綺麗
:初で東雲中間階とかチャレンジャすぎん?
:省エネしろっ無駄配信
:すやぁ~zzz
:十三階
:休憩は大事
:ワックワックのシリアルバー
:チョコ味
:ウォンテッドw
:急な物乞いムーヴ
:熊? アナグマじゃなくて?
:森ベア
:レアなモンスターみたいだな
:ランク知りたい
:↑コメ見てないから、無駄やぞ
:草生える www
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