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4話:ミイラ
しおりを挟む一連の事情を話すと、おばあちゃんは「じゃあ明日のお夕飯は赤飯にせんといけんねぇ。ごちそうもたくさん作らんと」と喜んでくれた。
あけび様も日本酒が飲めてご機嫌だ。
私はこの日、早めに布団にもぐった。
翌朝、畑仕事に行くおばあちゃんとあけび様を見送り、しばらくしてからママチャリで家を出た。
昨夜の記憶を頼りに、ペダルを漕ぐ。
かすかに冬の気配を感じるひんやりとした空気を切って、鬼住神社を通り過ぎた。
途中、農作業中のおじいちゃんおばあちゃんに挨拶しながら、ビニールハウス通りを駆け抜ける。
角を曲がると、ボタニカルショップ・ウィルオウィスプは、しっかりとそこに建っていた。
クリーム色の塗り壁に、緑の屋根。
可愛らしい白の格子窓。
田舎には見合わない洋風の装いに頬が緩む。
絵本の中から飛び出してきたみたいだ。
この外装を千秋さんが考えて作り上げたのだと思うと、どこまでも微笑ましい。
既に花の苗がひしめく木製ラックが店頭に出されており、開店準備は万端だった。
ペンキの塗り方などの第一印象からして、ラックは手作りだろう。
不器用具合がたまらない。
私は気味の悪い表情のまま、向かい側の空き地に自転車を止めた。
ここは一応お客さん用の駐車スペースらしい。
ペンキで手書きされた看板が建っていた。
ああ、私ったらちょっとだけ緊張しているかもしれない。
一度、大きく大きく深呼吸して道路を渡り、ガラス張りのドアの前へ。
そこでガラス越しに目が合ったのは……。
「うわんっ」
「ひゃっ!」
野太い鳴き声を発する大型犬だった。
「い、犬!? しかもおっきい……」
千秋さんの飼い犬だろうか。
昨日は気配もなかったのに、いきなりのお出ましに後退りしてしまった。
対して、あちらはふさふさの尻尾を千切れんばかりに振っている。
ご機嫌そうなので、噛みついてきたりはしないはず。
茶色と白の短毛に、三角形の立ち耳。
柴犬を四倍くらい大きくした感じのわんこだ。
でも、秋田犬ともどこか違う。
雑種、なのかな。
「お、おはようございますわんこさん……笹森すみれです、よろしくお願いします……」
おずおずと頭を下げて挨拶すると、わんこは二本足で立ちあがる。
とても大きくて、身の丈が私と変わらない。
おまけに真っ白なお腹もふかふかしていた。
これはとても埋もれたい。
顔を埋めて思い切り息を吸い込みたくなるふかふかだ。
いや、でもこれじゃ初日から店内に入れないじゃないか。
どうするんだすみれ。
「本当にどうしよう……」
「こら虎鉄。邪魔だよ」
救世主はわんこの背後から現れた。
名前を呼ばれたわんこは振り返り「うわんっ」とひと鳴きしてドアから離れる。
「ごめんごめん」
ドアベルの音とともに、千秋さんがドアを開けてくれた。
「びっくりしたでしょ? うちの番犬なんだ。ね、虎鉄」
今日はシャツにカーディガンの装いだ。
こっちもよく似合っている。
わんこ改め虎鉄はあごを撫でてもらってご満悦である。
「おはようございます。触ってもいい、ですか?」
「どうぞ。可愛い女の子に触られるの、大好きだからね」
纏わりついてくる虎鉄の頭を、わしゃわしゃと撫でる。
虎鉄はまんざらでもない様子で目を細めた。
あ、可愛い女の子なんて言われてちょっと浮かれていたのは内緒だ。
「人懐っこいですね虎鉄くん」
「うちで働くともれなく虎鉄の毛がついちゃうけど平気?」
「平気です。我が家にも酒好きの毛玉がいますし」
「あはは、すみれちゃんうまいなぁ」
ツボに入ったらしい千秋さんはしばらくくすくす笑っていた。
今日の私の服装はスキニーデニムにニットにスニーカーのカジュアルな格好だ。
千秋さんに昨晩言われた通りの格好をしたつもりだけど、変じゃないだろうか。
これまでずっとスーツにパンプスで働いていたから違和感しかない。
でも、植物屋さんでスーツは明らかに浮く。
「虎鉄、もう終わり」
呼ばれた虎鉄は「くうん」と返事をして、大人しくストーブ近くにお座りした。
「すみれちゃんも。冷えるよ」
「はい」
続いて私も店内に入る。
すでに照明が灯っており、レジ前のバケツには菊やユリ、バラなどが活けられていた。
これくらいなら私もわかる。
夜との違いがあるとすれば、格子窓から柔らかな日差しが降り注いでいるところだろうか。
他は変わらない。
天井からもじゃもじゃは垂れさがっているし、サボテンもテーブルの上でおすまししている。
「すみれちゃん、ちょっとこっちこっち」
「はい?」
千秋さんにちょいちょいと手招きされて、私たちはレジ奥から続く通路を抜ける。
「ごめん、うち小さいから更衣室とかなくて。一応ここにロッカーがあるから自由に使ってね」
通路の先はお手洗いのドアと、二階へ続く階段が左右に待ち構えていた。
ロッカーはお手洗いの手前だ。
「これも、以前勤めていた方が?」
「うん。ロッカーぐらい置けよーって迫られてさ。こんなので申し訳ないけど」
「いえ、着替えることもないだろうし、十分です」
荷物が置けさえすればいけるいける。
「ありがとね。一応中にエプロンが入ってるからそれ着けてもらえるかな。僕あっちで待ってるね」
「わかりました」
千秋さんが店に戻ってから、鍵が刺さったままのロッカーを開けて、中を確かめる。
網棚の上に、丁寧に畳まれたモスグリーンのエプロンが佇んでいた。
私はそれを広げて、身に着ける。
至ってシンプルな、肩紐を交差させて結ぶタイプの物だ。
あいた網棚には代わりに荷物を置いて、メモ帳とペンだけポケットに突っ込み、私も店に戻る。
すると、ちょうど千秋さんが白色のノートパソコンをレジカウンターに置いているところだった。
「そのパソコンが例の……?」
「そう。僕には操作不可能な現代技術の賜物。レジや家電の操作は覚えられたんだけど、これだけはどうもダメみたいで。お願いできる?」
「はい。コンセントってありますか」
「ええと、レジの裏に電源タップがあるから使って」
「了解です」
レジカウンターに入った私は壁際のデスクにパソコンを移動させ、足元にあった電源タップにコンセントを挿す。
早速、パソコンの電源を入れて、弄ってみた。
OSは最新で、機種も悪くない。しかし。
「更新プログラムがどっちゃり……」
「こ、コウシンプロ、なに?」
「久しぶりに起動したので、しばらく準備運動させないと全身筋肉痛でバッキバキになる、みたいな感じです。使えるようになるまで少しかかると思います」
「へ、へぇ、パソコンって準備運動必要なんだ……」
千秋さんはどこか神妙な面持ちだ。
思っていた以上にこの人、パソコンに疎い。
「ま、いいや。じゃ、待ってる間に水やりしてもらおうかな」
「観葉植物のですか?」
レジカウンターから出ながら私は尋ねた。
「この部屋にいる乾いてるのだけね。今日はチランジアかな」
「えっと……ちらんじあ?」
観葉植物や多肉植物はなんとなく見た目で判断できる。
が、ちらんじあとは一体。
「そうだった、ごめん。チランジアっていうのはこの天井にぶら下がってるもじゃもじゃの仲間の総称だよ。日本ではエアプランツとも呼ばれてるんだけど、聞いたことない?」
「エアプランツ、ですか。……あっ! 大学の友達がインテリア代わりに部屋に飾ってました! 水やりしなくても勝手に空気中から水分を取り込む植物ですよね」
これは知っていた。
おしゃれな友達がおしゃれな缶に飾っていたのがエアプランツとやらだ。
もっと茶色かったし、こんなにもじゃもじゃもしていなかったけど。
「うーん、そうなんだよ。ちょっと前から、水やりしなくても勝手に育つ! って謳い文句で出回ってるんだよ。お蔭でミイラが大量生産されちゃって、悲惨極まりないよね」
「ミ、ミイラ?」
「実際、植物なんだから水やりしなきゃ死んじゃうんだよ。チランジアは」
「へぇ……」
友達の部屋にはミイラが飾られていたのか。
一気におどろおどろしくなったなぁ。
「でも、根っこがないのにどうやって水やりするんですか?」
「やってみたい?」
「やりたいです!」
張り切る私に千秋さんはふんわりと目を細めた。
「じゃあ、後ろの霧吹きでやってもらおうかな」
短く返事をして振り向く。
背を向けていたレジカウンターの端には、金色の霧吹きがあった。
意気揚々と手に取ると水がたっぷり入っているのか、想像以上の重みに驚く。
「チランジアはね、葉から水分を取り込むんだよ。だから、季節にもよるけど週に一、二度霧吹きで葉に水を吹きかけてあげるんだ。えーと、まずはもじゃもじゃのウスネオイデスからいってみようか」
「うすね、おい、です……。あのもじゃもじゃ、呪文みたいな名前だったんですね」
「あはは。ここの部屋もあっちの部屋もみんな大体呪文だから覚悟して?」
「うっ」
苦い顔をした私をよそに、千秋さんは垂れ下がったウスネオイデスを鎖から外した。
「ちょっと持ってて。全部外すから。まず一つめ」
「はいっ」
ウスネオイデスを両手で大事に受け取る。
「わぁ、これすっごいふわふわしてますね! 触ると気持ちいい」
化粧筆を撫でたような柔らかい感触だ。
カールして枝分かれしている細い葉も、ふにゃふにゃしていてグミみたいだった。
「そのふわふわはトリコームっていってね。葉の色が銀色に見える銀葉種のチランジアは葉っぱの表面に細かい毛が生えてるんだ。その毛を使って水分や栄養を取り入れてるんだよ。はいこれも」
ウスネオイデスが更に三つ追加される。
千秋さんは「置き場に困るだろうからトレーを使って、順に霧吹きしてあげて」とテーブルのサボテンたちをどけ、足元のカゴから出したトレーを置いた。
「手で持って霧吹きすればいいですか?」
「うん。満遍なく全体にね」
よし、やってみよう。
「の、前に。入口のそばにある立て看板、外に出してもらえるかな?」
「わかりました」
トレーにもじゃもじゃの塊を置いて、言われた通り、壁際の立て看板を外に出す。
ペンキで「OPEN」の文字と営業時間が記された、手書きの看板。
釘が曲がって打たれた明らかなお手製だった。
さあいよいよ開店だ。
どんなお客さんが来るのだろう。
こんな僻地の植物店に足を運ぶ好事家と、私は上手くやれるだろうか。
心配になりながら、私は霧吹きをかまえた。
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