明るい未来に向かって

遠藤良二

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明るい未来に向かって

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 何でこんなに思った通りに生きられないのだろう? 僕は一生懸命やっているのに。仕事では失敗の連続で上司にこっぴどく怒られるし、挙句の果てには三年付き合った彼女にフラれた。理由を訊いたら、
「他に好きな人ができた」
 というふざけたもの。不幸続きで生きていくのが辛い。

 世の中そんなに甘くないのは頭ではわかっている。父には、「そんなに思った通りいったら誰も苦労はしないぞ」と言われた。確かにそう。母からは、「人生は良いことより悪いことの方が多いと思うよ」とも言われた。

 両親の言っていることは言われなくてもわかっているつもり。でも、辛いものは辛い。頑張っても報われないことが多いし。

 別れ話を終えて彼女の部屋から出てくるとき、
「二度と僕の前に顔を出すな!!」
 と言ってやった。振った側なのに泣くという意味不明な行動を起こしていた。泣きたいのはこっちだよと思った。
 でも、友達も言っていたが女はそういうものらしい。

 僕の名前は金田真一かねだしんいち、三十五歳。職業は車の営業職。僕は新車担当で、最近では中古で購入するユーザーが増えてなかなか新車は売れない時代になってきている。

 何でそんな時代になったのだろう? 中古車より新車のほうが長持ちするのに。不思議な話だ。

 母が言うように確かに良いことよりも悪いことの方が多いのかもしれない。さすが母、六十年間生きてきただけのことはある。因みに父は六十五歳。母より五つ上。

 父は若い頃、陸上自衛隊に所属していたが既に定年退職して今は福祉の仕事をしている。母は、花屋を経営しておりパートを一人雇っている。花屋には一度行ったきりでそれ以来行っていない。母もあまり来て欲しくないようだ。

 今日は日曜日で、今は十六時過ぎ。テレビで競馬中継が終わってG1で勝った馬の牧場から祝いの花束を配達して欲しいと連絡がきたという。

 母の花屋は老舗らしく、今回のような牧場との繋がりがあるようだ。凄いと思う。本人に直接言ったことはないが内心母のことを尊敬している。照れくさいから言わないけれど。

 父は母のことを凄い女だ、と口に出して言っている。でも母は、
「そんなことないわよ」
 と謙遜している。そういうところも人間が出来てるなと思う。

 父も凄いが母も凄い! 何でこんなに両親は仕事が上手くいくのだろう? 羨ましいったらありゃしない。

 父に仕事が上手くいく秘訣は何? と訊いたら、
「一番はその仕事を好きになれるかどうかだ。あとは仕事を覚えたりする努力が大事だ」

 なるほど! と思い自分と照らし合わせてみた。僕は車はあまり好きじゃない。でも、営業の仕事は覚えたつもり。
 彼女も出来ないし。まあ、出逢いも少ないけれど。

 果たして僕に明るい未来はあるのだろうか? そのためには父が言うように「努力」が大事なんだと思う。仕事もそうだが、プライベートも。彼女が欲しいなら欲しいなりの努力をする必要があるはず。今以上にお金が欲しいならもっと働く。今の仕事+バイトをするとか。

 たまには気晴らしに友達のところに遊びに行こうかな。丸内誠《まるうちまこと》、三十四歳で僕が高校の頃のバスケ部の後輩。

 たまには体を動かすかと思い、メールを送った。
<誠、たまに体を動かさないか?>
 今日は火曜日で僕は休み。丸内誠は事務系の仕事をしている。今日は多分仕事だろう。まあ、彼の仕事終わってからでもいいや。多分十八時まで仕事だろう。

 町立体育館は確か二十時までのはず。電話をして訊いてみよう。ネットで電話番号を調べて電話をした。
 すると二十一時までらしい。あまり時間がないと思っていたけれどそうでもないので良かった。
 
 あとは丸内誠からのメールを待つだけだ。

 午後十二時三十分頃、丸内誠からメールが来た。
<何をするの?>
 短文だった。僕はすぐにメールを送った。
<バスケでもしないかと思って>
<お! いいねえ。仕事終わってから行きたいな。体育館何時まで?>
<二十一時までらしい、だから時間はあるぞ>
<仕事終わって着替えたら電話するわ>
<わかった>

 僕は昼ご飯にインスタントのうどんと、ご飯を食べた。

 最近、運動不足のせいか太ってきた。以前より三キロぐらい増えた。しかも少しお腹も出て来た。三十五歳はおっさんなのか? 痩せればもう少し若く見えるかもしれない。

 歯医者にも行かないといけない。虫歯はもとより、ホワイトニングをしてもらいに。予約をしておこう。診察券を見て電話番号をスマートフォンに打ち込んだ。
 予約の日取りは今週の金曜日の十七時三十分だ。仕事が終わるのは十八時だから早退しないといけない。でもまあ仕方ないから上司に言わないと。

 上司の田中泰治たなかやすはるさんは課長という立場でたまに呑みに連れて行ってくれる。僕はお酒が好きで特に日本酒が大好物。次に好きなのがビール。これを呑み過ぎて痛風になってしまい日本酒のみ過ぎで太ってしまった。

 最近、胃液が上がってくるからか、胸がやけるようで気持ち悪い。なので、今日午後から胃腸科・内科のある病院に行こうと思っている。

 車を走らせ胃腸科・内科の病院の前に車を停めた。駐車場は狭いが何とか停められた。この病院はいつも混んでいてどう見ても儲かっている病院だろう。なので、リフォームしたようだ。受付は入り口の反対方向にカウンターがあった。そこで保険証を提出して病院の職員に、初診ですね、と言われ問診票を渡され記入していった。

 一時間くらい待っただろうか、ようやく名前を大きな声で女性看護師に呼ばれた。
「金田さん、金田真一さーん!」
「はい」
 と僕は返事をした。
「血圧を測るので処置室へどうぞ」
 そう言われ、処置室に入った。

 問診票は受付に置いて来た。

 血圧は暫く測っていない。高いだろうか? それとも低いだろうか。
 結果は血圧138/86だった。
「少し高めですね、中待合でお待ちください」
 僕は診察室の前で長椅子に座って待った。

 それから約十五分は待った。僕はスマートフォンを見ていると名前を呼ばれた。
「金田さーん」
 優しい声に聴こえた。
 診察室の中に入ると六十代くらいの医者がこちらを見ていた。
「こんにちは」
 僕が挨拶をすると、
「こんにちは。どうしました?」
 ここから、僕は医者に症状を伝えて採血をした。これはピロリ菌がいないかどうかの検査らしい。
「医者からは胃カメラ飲みましょう」
 と言われた。

 胃カメラを飲むのは初体験。苦しいのだろうか。明日の九時に予約を入れた。

 今の時刻は十五時過ぎ。たまに胸やけがするのが辛い。検査してみれば何で胸やけが起きるかわかる筈だ。

 十八時に仕事が終わる予定の丸内誠との約束まであと約三時間ある。

 何だか体調が良くない。でも丸内誠とバスケをする約束をしてしまった。どうしよう、事情を説明してまたの機会にしてもらおうかな。彼には悪いがそうしよう。その旨のメールを送った。内容は、
<誠、ごめん。今日のバスケまた今度にしてくれないか? 体調が悪くて病院に行ったんだ。胸やけが酷くて。それを医者に話したら明日朝九時に胃カメラ飲む予定になったのさ。良くなったら連絡するから。ほんと、悪い>

 彼は今は仕事をしているだろう。トイレなどで人気のない場所じゃない限り仕事中だからという理由でメールを見ることはできないらしい。

 予想通り丸内誠のメールは十八時過ぎてからきた。
<あら、そうなんだ。大事にして。バスケはいつでもいいからさ>
 優しいやつだ。
<ありがとな、またメールするよ>

 今日は二十時以降は何も食べたらいけない。朝食もとったら駄目。飲むのは水かお茶を少しだけ。胃カメラのやり方のことが気になり検索してみた。すると、胃カメラを口か鼻から入れるらしい。でも、麻酔を使うからさほどの痛みはないようだ。その記事を読んで一瞬にしてやりたくなくなった。どうしよう……。我慢して検査を受けるか、それとも無視するか。でも、検査をしないとこの胸やけは何なのかがわからない。歯医者と胃カメラの検査のことを上司の田中泰治課長に言わないといけない。うーん……仕方ない胃カメラの検査、逃げずに受けよう。子どもじゃないんだし。なので、会社に電話をした。
『もしもし』
 事務の女性が電話に出た。坂田美紀さかたみきさん、二十四歳だ、この若い声は。可愛い顔をしていてスタイルも良い。彼女にしたいくらいだが残念ながら既婚者だ。
「もしもし、美紀ちゃん? 金田です」
『ああ、金田さん。お疲れ様です。どうしました? 珍しいですね、会社に電話をしてくるなんて』
「お疲れさま。田中課長に話したいことがあって」
『そうなんですね、今いらっしゃるので変わりますね』

 電話に出た田中課長は相変わらず渋い声だ。
『もしもし、金田か? どうした?』
「お疲れ様です。実はですね、最近胃の調子が悪くて今日胃腸科に行って来たら明日胃カメラ飲むことになったんです。朝九時に予約入れてもらったので出勤は胃カメラ飲んだ結果次第になるのかなと思いまして。それと今週の金曜日に十七時三十分に歯医者に行くので早退したいのですがいいですか?」
『まあ、病院なら仕方ないわな、どちらも』
「ありがとうございます。では、失礼します」

 そう言って電話を切った。OKをもらえて良かった。まあ、体のことだから駄目とは言わないか。

 せっかくの休みだからゆっくりしよう、胃の調子も良くないし。そう思い布団の上に横になった。

 疲れていたのかいつの間にか眠ってしまっていた。一時間くらい。

 目を覚ましたのは二時間後くらい経過した十七時過ぎだった。

 夕ご飯何にしよう? と言ってもあまり食欲がない。パンでもコンビニに行って買って来るかな、面倒だけれど。起き上がり、寝ぐせのついた髪の毛を濡らしくしでとかして直した。それからジーンズと赤いTシャツに着替えポケットに黒い折り畳みの財布とスマートフォンを入れ鍵を手に持って部屋を出た。

 外に出て部屋の鍵をかって車の鍵を開けた。きっと柔らかいものは胃に負担がかからないだろう。そう思ってパンを買うつもりだ。

 寝る時間もいつもなら深夜零時過ぎだけれど、今夜は少し早めにして二十三時に布団に入った。でも、なかなか寝付けない。結局いつもと同じ零時過ぎに眠ったと思う。

 翌朝八時に起きた。アラームは一応セットしておいたので役に立った。

 お茶は苦いので水でうがいをし、少しのんだ。その後、歯磨きをしてからシャワーを浴びた。

 今の時刻は八時四十分。そろそろ病院に行かないと間に合わなくなってしまう。

 今も胃酸が逆流しているからなのか、胸やけをしている。げっぷも出るし。急いで用意をし、部屋を後にした。何とか九時前には病院に着いた。

 受付に行って保険証と診察券を青いトレーの上に置いた。女性事務員に体温を測ってもらった。三十六度二分で平熱だ。風邪の症状もない。

 まずは名前を呼ばれるまで待っている。十五分ほどで名前を呼ばれた。
「金田さーん、金田真一さーん」と。
 処置室に行き前回のように血圧を測ってもらった。血圧138/91。中年の女性看護師は、
「少し高いですね」と昨日も少し高いと言われた。僕、大丈夫なんだろうか。自分のことが心配になってきた。

 女性看護師が内視鏡室に促してくれた。僕はその後をついて行き、
「胃カメラを飲む準備を始めますね~」

 女性看護師に、
「胃カメラは飲んだことありますか?」
 訊かれて、
「ないです」
 僕は答えた。

「最近では鼻から入れて検査する患者さんも多いんですよ。そうしますか?」
「うーん……はい、そうします」
 緊張してきた。それと共に少し怖い。

 顔が引きっていたのか、
「麻酔するので大丈夫ですよ。肩の力を抜いてリラックスしてくださいね」
 笑顔で言ってくれた。でも、怖いという気持ちは払拭されなかったし、リラックスもできなかった。

 準備を終え、
「今、先生呼んできますね」
 言い、女性看護師はいなくなった。

 少しして前回と同じ六十代くらいの医師が来て、
「始めますか」
 医師も微笑んでいた。なぜ、笑顔でいられるんだ。こっちはビビりまくっているのに。

 十五分くらいで検査は終わった。医者は去って行き、看護師は、
「診察室の前で待っていて下さいね。後ほど先生から検査の結果の説明がありますので」
「わかりました」
 結果が気になりながら僕は移動した。

 診察室の前に数人の男女の年輩の患者がいた。僕は長椅子の端の方に座った。

 十分くらいして呼ばれた。

 検査の結果は、

 「逆流性食道炎」と「びらん性胃炎」

 というもの。医師が言うには薬を飲めば治るという。

 診察を終えて待合室に行って椅子に座った。患者は先程よりも増えている。やはり人気のある病院なんだなと思った。

 診察中に仕事をしても良いかどうか訊くと、しても良いと言うので田中課長に伝えるため診察が終わったあと会社に電話をした。本当なら本人に直接電話をできればいいのだが、間違って消してしまった。なので、訊いておこうと思う。

 会社に電話をし、田中課長に代わってもらい今から出勤しますと伝えた。仕事をしてもいいと伝えると安堵したように、「そうか、わかった」と言っていた。

 それから薬をもらいに病院の隣にある調剤薬局に行った。

 薬をもらった後、車に乗り会社に向かった。

 会社に着いて田中課長は、
「本当に大丈夫なのか?」
「はい、大丈夫です」
「病名はあるのか?」
「はい、逆流性食道炎と、えーと、びらん性胃炎です」
「最初の方は知ってるぞ、わたしもなったことあるからな」
 それを聞いて驚いた、体は丈夫なイメージがあるから。
「そうなんですね、胸やけがして気持ち悪いですよね」
「そうだな、薬は貰ったんだろ?」
「はい、もらいました」
「じゃあ、それで様子をみるということだな?」
「はい、そうです」
「早く良くなるといいな」
「そうですね、ありがとうございます」
「よし、じゃあ、仕事に戻るか!」
「はい!」

 田中課長は気合いを入れ直すような口調で言った。

 仕事を十八時で終え、胃に優しいお粥とパンを三つずつ買い物籠に入れ、飲み物は牛乳を買った。会計を済ませ帰宅した。こんな時に彼女か奥さんがいればなぁ……。しみじみ思った。まあ、でも食欲があまりないから簡単なものでいいので楽だ。と言ってもいつも簡単に済ませているが。

 お粥を湯煎ゆせんして温めてから深めの皿に移し塩を少し振りかけて食べた。うー……胸やけが酷い。薬は朝に一回飲む。まあ、吐いてはいないからまだましか。

 今週の金曜日は十七時三十分から歯医者だ。田中課長には言ってあるから予定通り行く。

 お粥を食べる前に牛乳を飲んだ。牛乳は胃に粘膜を作るらしいからそれから食べると良いのかもしれない。素人判断だが。コップに二杯飲んでからお粥を食べた。

 数十分後、お腹が痛くなってきた。何でだろう? と思い便意をもよおしてきたのでトイレに行った。すぐにズボンと下着を下げると踏ん張らなくても便は出た。下痢だ。下痢するなんて珍しい、牛乳のせいだろうか? それ以外、心当たりがない。

 腹痛になって約一時間が経過し、その間に何度か排便をしにトイレに行っていて今は
水様便すいようべんだ。

 畜生! まさか下痢するなんて……! 予想外だ、体質が知らない内に変わってしまったのか? 今まで牛乳を飲んで下痢なんかしなかったのに。まあいい、少し様子をみよう。

 さっき、胃腸科の病院から貰ったカプセルを一錠飲んだ。今日は病院に行っていたから朝の分の薬は飲めなかったので今飲んだ。明日からは朝飲んで出勤する。

 ーー翌朝。
 お腹の痛みも消え、食パンを買っておいたので焼かずに二枚、マーガリンを塗って食べた。

 仕事に行く支度をして八時三十分に部屋を出た。
 会社に着いていつも停めている従業員用のスペースに自家用車を停めた。店舗に入り、
「おはようございます!」
 挨拶を大き目の声で言った。僕は真っ直ぐ田中課長のいるところに言って、
「おはようございます。課長、課長の連絡先を間違えて消してしまったので教えていただけませんか?」
 ジロッと睨まれて僕は、
「やばい!」
 と思った。

「何だ、消したのか。本当に間違いか?」
 僕は焦って、
「本当です、本当です!」
 と同じ言葉を二回言った。強調するために。
「ハッハッハ!」
 田中課長は高笑いしている。
「君は純粋だな」
「そうですか?」
「ああ、前から思っていたが話せばそう思うよ、わたしはな」

「君に電話すればわたしの番号がわかるだろ?」
「そうですね」
 
 そうして田中課長の電話番号を再度登録した。
「ありがとうございます!」
 お礼を言った。
「もう間違うなよ」
「はい、気を付けます」

 田中課長は机の上にある書類を出した。
「金田君、君にも見せないとな」
「何ですか?」
「障がい者枠で障がいのある男性が工場で雇うことになったんだ」
「どんな障害ですか?」
「精神障害だ」
「そうなんですね」
「興味ないか?」
「うーん、あんまり」
 僕は苦笑いを浮かべた。
「何だ、残念だな。まあ、興味があっても部署が違うからそんなに話せないかもしれないけどな」
「そうですね」

 田中課長は履歴書を見せてくれた。名前は倉田大治くらただいじと書かれてある。病名は不安障害。年齢は二十六歳と書かれてある。若いなぁ。
「不安障害って不安になるのが特徴なんですかね?」
 田中課長は首を傾げた。
「うーん、どうなんだろうな。不安になるのはだれもが同じだからな。よくわからんが。要はみんなと仲良く仕事をしてくれれば良いだけの話だ」
「確かにそうですね」

「いつから来るんですか? 倉田君は」
「来月からの予定だ」
「そうですか、今月ももう少しで終わりですもんね」
「そうだな」

 今週の金曜日は十七時三十分までに歯医者に行く予定だが、まだ数日余裕がある。でも、虫歯が痛い! 困ったなぁ……。日程を早めにしてもらえないだろうか、電話してみよう。ネットで歯医者の電話番号を調べてかけた。何度目かの呼び出し音で繋がった。
『もしもし』
「あ、もしもし。この前金曜日の十七時半に予約した金田真一なんですけど、今、凄く歯が痛いんですよ。それで前倒しにして診てもらえませんか?」
『ちょっと待って下さい、先生に訊いてみますので。歯は相当いたいんですか?』
「そうですね」
 そう言って受話器から音楽が流れ出した。暫く待って、ようやく通話が再開した。
『お待たせしました。今、先生に訊いて来たんですけど遅くなっても良いならできるそうです。
「わかりました。何時頃行ったらいいですか?」
『そうですね、十七時頃来て貰えますか?』
「はい、その時間に行きます。すみません、急で」

 電話を切ったあと、僕は痛み止めを飲んだ。少しでも治まればいいなと思って。
 約一時間経過しても痛みは一向に引かない。仕方ない、我慢するしかないなと思った。

 冷やしたらいいかなと思い冷水をガブガブ飲んだ。そのせいか、今度はお腹が痛くなってきた。トイレに駆け込んで排便をした。何度かトイレに駆け込んでいるとその内、下痢になった。結構、便が溜まっていたんだなと感じた。運動不足だし、でも、冷水を飲みたくさん排便ができたことは良いことだと思った。汚い話しだが。

 十六時三十分頃、僕は初めてかかる歯医者に行くために支度を始めた。いやー! 痛い! そんなことを思いながら、歯を磨き、洗髪をしドライヤーで乾かした。

 徐々に頬が腫れてきた。治療かなぁ、それとも抜歯するのかなぁ。抜歯するときの麻酔が痛い。それさえ乗り切ればあとは大丈夫。

 部屋を出て車に乗り歯医者に向かった。初めて行くところなので緊張する。建物は煉瓦模様で二階建ての歯医者の前に駐車した。きっと、一階が歯医者で二階が住宅なのかもしれない。

 入ってみると患者はほとんどいなかった。受付に行き二十代くらいの女性の事務員が二人いた。僕は保険証を手渡した。事務員は
「初診なのでこちらに記入してもらえますか?」
 いうので僕は、
「はい」
 と言いながらクリップボードに挟まっている紙とボールペンを受取った。いろいろとごちゃごちゃと質問項目がある。面倒だ。依然として歯は痛いし。名前、住所、生年月日、現在かかっている病気はあるか? あるならどこの病院は? などなど、たくさんあったが何とか書き終えた。

 それを受付に渡した。
「ありがとうございます。もう少しお待ち下さい」
 言われ、痛みと闘いながら長椅子に座った。

 十五分くらい待ってようやく呼ばれ、診察室に入った。

 少しして僕は診察室から出てきた。抜歯をしたのだ。お陰で痛みはなくなった。治療する歯があるのでまた来ることになった。本当は来たくないけれど。院内のこの独特の臭いが鼻につく。会計を済ませ、抜歯をしたので、痛み止めを処方箋をもらった。そして、近くにある調剤薬局で薬をもらい帰宅した。それにしても麻酔の注射は痛かったなぁ。

 帰宅してから鏡を前に口を大きく開いた。奥歯を抜いたのでそこだけ空いている。そういや、髪の毛も伸びて来たな。床屋さんにいかないと。僕が幼少の頃、父と一緒に連れていってくれた床屋さんに今でも通っている。

 数日後、胃腸科の薬が効いてきたからなのか、少しずつ胸やけが薄れてきた。良い傾向だ。仕事も休まず行けているし。髪を切りに床屋さんに行こうと思っている。父も行くだろうか? 僕は両親と同居しているので父に訊いてみた。因みに今の時刻は十八時過ぎで仕事を終えて帰宅したところ。

「父さん、僕今から床屋に行くけど行く?」
「そうだなあ。髪は良いとして顔を剃りに行くか。お前の車で行くんだろ?」
「うん、そうだよ」
 父の頭は禿げ上がっていて、切るような髪はほとんでない。
「晩酌は帰って来てからでいいだろ?」
 僕が訊くと、
「ああ、いいぞ」

 僕が床屋さんに電話をかけた。お客さんが来て忙しいのかなかなか繋がらない。暫く呼び出し音を鳴らしてようやく繋がった。
『はい、もしもし』
「あ、金田です。こんにちは」
『どうも~、こんにちは』
「今、混んでますか?」
『あー、今、三人待ってるんだよね。今日じゃないと駄目かい?』
「いえ、急いでいるわけじゃないので、また今度行きます」
『すみませんね』
 
 床屋の店主は七十代くらいだろう、それにしても元気だ。十八時を過ぎてもまだ三人ものお客さんをこなさないといけないなんて、凄い。

 電話を切って父に言った。
「今、忙しいらしいから今度にして欲しいみたいだわ」
「そうか、まあ、いつでもいいわ」

 明日辺りでも胸やけも少し治まってきたから丸内誠とバスケし町民体育館に行くかな。なのでメールを送った。
<誠、僕、体調が良くなってきたから明日バスケしに行かないか?>
 風呂にでも入っているかな? すぐにメールは来なかった。

 二時間くらい経過してからようやく丸内誠からメールがきた。本文は、
<明日かー、明日は用事あるのさ。また今度でしてくれない?>
 何だ、そうなのか。残念。メールを送った。
<そうなのか。じゃあ、またな>

 なかなか思い通りにいかないな。まあ、そんなものか。でも、いろいろあったが明るい未来が僕にはあるような気がする。

 確かに世の中自分の思い通りにいかないことばかりだ。それでも良い方向にいくような将来の自分をイメージしながら生きていきたい。

 両親には少しでも多く生きていて欲しいし、僕だっていずれは結婚して子どもを授かりたい。縁があれば誰かと結ばれるだろう。その時を信じて人生を歩んでいきたい。

                                             (終)



 








 


 

 

 
 





 
 
 

 





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