優等生ごっこ

村川

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「だけど?」
「この間は単に運が悪かっただけでも、今日は多分、違う。俺に恨みでもあるのか、単に気にくわないだけか、どっちにしろ、しばらく絡まれると思う。だから当面の間は一緒にいないほうがいい」
 コンビニに行った時に店の前にたむろしていた不良が、帰る時には姿が見えなかった。おそらくあの中に秋内を知る者がいたのだろう。そして連絡が回って、挟み撃ちされた。そこまで人手を割くほどの恨みを買った記憶はないが、知らないうちにということもあるものだ。
 板見が一口お茶を飲んで、眉をひそめる。
「危ないから?」
「そう」
「……そうだね、確かに僕は一緒にいても足手まといだ」
 物言いたげに口を開いた板見が、嘆息してから諦めたように頷く。秋内は僅かに顔をしかめてかぶりを振った。
「頼りないと思ってるわけじゃない。巻き込みたくないんだ」
 板見は不良の揉め事を、いじめの被害者と加害者の争いかと気遣ってくれた。そんな善良な人間を荒事に関わらせたくない。秋内が友人のように振る舞うことさえ、烏滸がましいのではないかと案じているというのに。
 顔を曇らせた板見が、紙コップの縁を指先でなぞる。酸化したようにくすんだ緑茶が、照明を映して白く光った。
「行き帰りだけだよね。他は普通に、今まで通り、友達でいていいんだよね?」
 友達。改めて口にするには随分と甘い言葉だ。
 素行不良の者にとって、仲間はどれだけ親しくしていても友人ではない。あくまで仲間だ。裏切ることもあるし、逆もある。秋内は身内を友人だと思ったことはないし、その他に親しい者も作ることはなかった。そのためか、こんな風に言葉で関係性を定義づける経験も乏しく、どんなレスポンスが正解なのか考えてしまう。
 もちろんと言うべきなのか。
 これからも頼むと言うほうが良いのか。
 面倒なことを言ってすまないと、謝るべきなのか。
 口を閉じたままの秋内に、板見が失笑するように息を吐いた。
「変なこと言ってごめん、気にしないで」
「あ……そうじゃない。さすがに予備校の中まで入って来るはずもないし、大丈夫だ」
「……うん」
「ただ、行き帰りはしばらく少し、気を付けてくれ。そうそう絡まれることもないとは思うけど、別の奴と一緒に動いてくれると、俺の気が楽だ」
「他の人……」
 呟いて、板見がお茶を飲む。結露した水滴がテーブルに丸く水の痕を残した。
「他の生徒とか、親御さんでもいいし。難しいか?」
「友達少ないんだよね……」
 嘆息した板見が、苦く笑う。秋内は居心地悪く耳の下を撫でた。それは今ひとつ柄の良くない秋内が隣に張り付いているためではないだろうか。しかし、自分のせいかと訊ねるのは、さすがに自惚れが過ぎる。
 言葉を探す秋内をどう捉えたのか、板見が恥じるように目を伏せた。
「人見知りなんだよね、自分から話しかけるの苦手で」
「そうだったか?」
 クラスメイトとも普通に話をしていたし、学校行事でイギリスを訪れた際もそれなりにコミュニケーションを図っていたと記憶している。首を捻る秋内に、板見が小さく笑った。
「用事があるときは普通に話せるんだけど……だから、誰かと一緒にってのは難しいかな。せっかく気にしてくれてるのにごめんね」
「いや、こっちこそ無理言って悪かった。脅すみたいだけど、人通りの多い道と時間を選んで動いてくれるか」
「そんなに気を付けないといけないの?」
 板見が怪訝そうに眉をひそめる。秋内は少し考えてから首肯した。
 確かに、子供の喧嘩ならばそこまで気にする必要はない。ただの健全な子供の喧嘩ならば。だが果たして、秋内や彼らは普通の子供だっただろうか。普通の健全な子供は、深夜に出歩くことや、罪を犯すことや、暴力団員に関わることはないのではなかろうか。
「念のためだ。今日のところは親父さんにでも迎えに来て貰ってくれ。なんなら俺から説明するし」
「そんな、いいよ、悪いし……心配しすぎじゃない?」
 僅かに言い淀み、板見がためらい気味に訊く。秋内は視線を落とした。彼に与えた情報量からすれば、秋内の言葉は過保護に感じておかしくない。実際問題として、板見が単独で絡まれる危険性は高くはない。人質を取るような明らかな犯罪行為をするという話はなかった。けれど例えば、恐喝のターゲットにされるということは充分にあり得る。御しやすそうで、金がありそうで、気にくわない人物の身内。要素は三拍子揃っている。だから重要なのは、目を付けられにくい、絡まれにくい状況を作ることだ。人が多い場所では、あからさまには動きにくい。誰かと一緒にいれば、そうそう絡まれない。どう言えば不足なく伝わるのか分からず、ぬるい緑茶を舐める。言いたいことを上手く伝えられないもどかしさが腹の底を落ち着かなくさせた。洗いざらいぶちまけてしまえば、さしもの板見も警戒をしてはくれるだろう。そう思いつつ実行できずにいる、この醜い保身のせいだと、理解はしていたけれど。
 結局言葉にできたのは、考えているのとは違う内容だった。
「そうかもな。悪い、考えてたら不安になって」
「気にしてくれるのは嬉しいから、いいけど。僕も気を付けるから、それでいいことにして、今日は帰ろうよ」
 紙コップを空にして、板見が促す。そうだなと答えて秋内は視線を巡らせた。壁の時計は、普段撤収するのとさほど変わらない時刻を示している。空になった紙コップを重ねてダストボックスに落とし、荷物を回収して、いつも通りに帰途についた。
 駅で板見と別れ、普段使っているのと同じ電車に乗車する。バスに臨時便が出ていたので予想はしていたが、車両は常よりも混雑していた。仕事帰りらしい姿もあるし、秋内同様塾の帰りや、遊んだ帰りだろう若者の他に、祭客らしき老若男女が数人ずつグループを作っている。人口密度が高く、賑やかな車内の雰囲気に馴染みきれず、秋内は隅に隠れるように身を潜めた。
 自宅の最寄り駅で降車し、人のまばらな駅舎を抜けると、途端に静けさが耳を塞いだ。住宅街の夜は早い。遅くまで開いているのはコンビニエンスストアくらいだ。所々に立つ街路灯に照らされた住宅道路をのんびりと歩いて帰る。通る車両は多くはなく、自転車に追い越されたりすれ違ったりするのも数えるくらいだ。まだそこまで遅い時間だとも思えないが、家々に灯った明かりは、住民の多くが既に帰宅していることを示している。窓を開けているのか、テレビの音が漏れてくることがたまにあって、笑声の賑やかさに自然と表情が和らぐのを感じた。
 二十三時にもならない今の時間帯を、深夜帯だと認識するようになったのは、今年の春先くらいからだ。それまで、この時間は――夜こそが、自分たちの時間だった。他者の迷惑など顧みることなく、家族が案じている可能性を検討すらしなかった。
 中学の時は、友人の家を泊まり歩いて、半月も帰宅しないなんて事もザラだった。帰宅する場合も明け方に帰って、昼過ぎまで寝てから遊びに行くのがいつもの流れだ。気が向けば昼頃から中学校に重役出勤し、夕方から遊びに行く。自宅では食事もしない。家族と顔を合わせることも稀。それが今では、二十三時より前に帰ろうと思うなんて。
 まだ明るい実家を見上げて、秋内はくすりと笑った。そしてチャイムを鳴らし、玄関の扉を開く。
「ーーただいま」
 おかえり、と返される声が、遅いよと注意されることが、こんなに嬉しいと思う日が来るなんて、あの荒んだ日々の自分は知らなかった。
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