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加害者側に余罪がたっぷりあったことが幸いして、当面は動きを制限できそうな見通しになった。任意同行に応じる程度には頭が回る連中だったのは、吉凶どちらになるかわからないが。
不良に待ち伏せされることがなくなっても、広まってしまった噂はそう簡単には消えてくれない。秋内は相変わらず学内では肩身が狭い思いをしてはいたものの、もうどこかへ去ろうという気持ちは失せていた。
『じゃあまあ、引っ越しはやめか』
電話越しに聞いてくる声は、笑みを含んで優しい。秋内の報告を聞いた守谷は、気に掛けてくれていたようで、心から安堵した様子だった。こそばゆい気持ちで座り直すと、ベッドがぎしりと軋んだ。
「はい。万事解決とはいってませんけど、もうちょい頑張ってみます」
『ああ。おまえならなんとかなるだろ。あの掃き溜めからそこまで立ち直ったんだ、ちょっと居心地悪いくらいで折れるタマじゃない』
軽い調子で押される太鼓判は、叱咤激励だ。秋内は唇に笑みを浮かべた。
「守谷さんにそう言われると、石に齧り付いてでも卒業しないとって思えてきますね」
『卒業だけじゃなく、進学と就職も頑張ってくれ。おまえは期待の星だからな、ドロップアウトされたら立ち直れない』
「肝に銘じますよ」
冗談めかす守谷に真面目に答え、秋内は軽く唇を噛んだ。確かに現状、秋内は“成功例”だ。崩れて欲しくはないだろう。組織には、支援の結果こんなに立派な大人になりましたという実績が必要だ。だがそんな計算だけで気に掛けられていると思い込んで拗ねるほど子供ではないつもりだった。さり気なく、しかし断固とした態度で幾度となく諭し、頼った時には力になってくれた。守谷は本当に秋内に心を砕いてくれていると知っている。
『だったら、何かあったら大人を頼れってのも、もうちょいよく覚えてて欲しいもんだな』
「それは……でも」
『そりゃ俺だっておまえのことは心配だし、助けたいと思ってる。でも、俺の立場でできることなんてたかが知れてるんだ。もっとおまえの近くにいる、親御さんや教師や警察を当てにしろ』
ここ最近で何度目かになる台詞に、秋内は苦く顔を歪めた。
親にも、養護教諭にも、担任教師や学年主任にも、警察官にも同じように言われた。もっと大人を頼れ、信用しろ。だがそれは、秋内が程度は軽いとはいえ怪我を負い、板見が警察に通報して、警察が介入する事態になった結果でしかない。ここまで局面が進む前に相談を持ち掛けたところで、誰がどの程度気に掛けて、どのような対策を講じられたか定かではない。
黙した秋内の耳に、守谷の溜息が触れたような気さえした。電話越しに呆れた気配を感じて、肩が竦む。今、秋内が最も、かつ唯一信頼している大人から見放されれば、それこそ本当に寄る辺がなくなってしまうような気がした。
友人と、大人は違う。
けれどこれから先、自分が大人になったならば、こんな甘えたことを言ってはいられなくなる。
『そりゃあ、警察が動いてくれないこともある。教師が保身に熱心で、追い出される可能性もあるな。だけど、ちゃんと相談に乗って、アドバイスをくれるかもしれない。一人、二人駄目でも、三人目、四人目は聞いてくれるかもしれない』
言い聞かせる守谷の言葉は正論だ。大人が信用しきれないという秋内の諦めは、良識ある人間の何割かが、所属組織や経歴で人を危険だと排除するのと同質の判断だ。とはいえ、単なる思い込みの諦観と、個人や集団を守るための予防線では、意味合いが異なるが。
人を個人ではなく、属性で見ることが愚かしいとは思わない。個人としてはどんなに善良でも、集団となった時にはそうとは限らないからだ。団体として、会社として、群衆として、民族として、集まった人間は個では決して選ばないような、暴力的、反社会的な行動をする場合がある。組織としての同調圧力であれ、群集心理であれ、有害であることに変わりはない。故に人が、怪しげな組織と関わりのある人間に線引きをするのは当たり前のことだ。それは理解している。しかし、自分がその対象になって気分が悪くないかは別の話だ。迂闊に思い込みが激しくて行動力のある相手に相談して、追い詰められでもしたら目も当てられない。
発展性のない方向に循環し始めた思考を押し止め、秋内は静かに深呼吸をした。いつの間にか閉じていた瞼を開く。
「頼っても平気な相手かどうか、見分けるコツってあるんですかね」
『付き合いが長けりゃ、既成概念で頭がガチガチになってるかどうかくらいはわかるだろ。初対面とかだったら、まあ、運だな』
「運……」
『その点じゃおまえは恵まれてるほうだろ。普通なら警察なんて初対面の相手ばっかりのギャンブルだけど、おまえは地元なら顔見知りが大勢いる』
「ろくな知り合い方してませんけどね」
補導された側、取り締まりを受けた側としての知り合いでは、どうぞ先入観を持って裁いてくださいと言っているようなものだ。だが、守谷の意見はそうではなかった。
『だからこそだ。警官だって色んな奴がいる。更正させようと頑張ってた人がいたら、その人は頼っていい、そう思わないか? それとも、点数稼ぎのためじゃなく、おまえらのことを考えてくれてた警官は、一人もいなかったか』
「……いえ」
しばし悩んで、秋内はかぶりを振った。そして声に出して否定する。確かに、親身になって話を聞こうとしてくれた人はいた。それがどの程度、親切心からの行為だったかはわからないけれど、下らないことで手を煩わせる馬鹿な子供たちにも真面目に接して、諭してきた人は確かにいた。
「十把一絡げで判断してたのは俺のほう、ってことですか」
少し、不貞腐れた声になったことは自分でも気付いた。電話の向こうで守谷が笑って、煙草に火を付ける音がした。
『おまえがそう感じるなら、そうなんじゃね?』
「そこで投げますか」
『判断するのはおまえだよ。自分で決めるんだ。これから、どうやってひとと関わっていくか。面倒で痛い思いして大変だったろ。ちゃんと活かせ』
守谷の台詞は薄情なようだが正論だ。優しい声音は励ますようで、聞いているだけで胸が詰まったように息苦しくなった。突き放すようなことを言われても秋内の守谷への信頼が揺らがないのは、彼の根底に誠意と愛情があると信じているからだ。そして同じものを、親を含めて他の大人達にはいまだに見つけられずにいる。
「信じて、頼って……駄目だったら?」
『他人だったら次を当たる。親だったらきちんと話をしろ。おまえ、親御さんとちゃんと話してないだろ。何が不満だったのか、どんなことを考えたのか』
「そんな話、今更ですよ」
そもそも、特別な理由があって不良に交わったわけでもない。反抗期で家族や学校が煩わしく、ふらついていただけだ。バイクが夜を切り裂いて駆ける爽快感に惹かれ、気付けば悪い仲間と共に悪事に手を染めるようになっていた。
もう少し賢明だったならば、もっとまともな居場所を見出せただろう。先見性があれば、イリーガルな行為に接する危うさに気づけたはずだ。破滅や地獄は、慎重な人間ならば踏み止まる、一足分の狭い亀裂の先にある。
「別に、不満とかないですし、俺が馬鹿だったってだけなのに、何を話せって言うんですか」
『それは今になっての話だろ。俺はおまえから、違う話を聞いた覚えがある』
「……絵に描いたような幸せそうな家族なんて存在しないって言ったのは、守谷さんでしょ」
確かに以前、こぼしたことがある。家にいたくない。それだけならば子供のありふれた愚痴だ。
共働き家庭で、特に秋内が中学生の頃は家の中が荒れていた。喧嘩をするわけではないが、会話もない。父親は連日仕事で午前様、休日出勤もざらにあるハードワークで家にいないことが多かった。母親も仕事に出ることを選び、当時高校生だった姉に家事を押し付けた。姉は小学生だった妹の面倒を見、家の中の世話をした上で、自分の勉強もしなければならなかった。協力してと言われるのは当然で、煩わしいと感じることが間違っていることも理解できてはいた。だが理性と感情は別物だ。秋内はそこまで献身的でも、家族思いでもなかった。
守谷は溜息を吐いたようだった。
『今時ぶっ壊れた家庭なんてありふれすぎてて、カウンセラーの仕事にしかならないけどな、問題は問題だ。おまえから見て、状況が今も変わってないと思えるから、親御さんに話しても何にもならないって感じてるんだろ』
守谷の属するNPOのスタッフに、カウンセラーに相談しろと言われたことがある。姉と秋内自身、可能ならば両親と妹も含めて、家族全員でカウンセリングを受けるべきだと。彼女は言った。きみとお姉さんには回復のための手助けが必要かもしれません。秋内はその助言を誰にも伝えず、実行もしていない。できるわけがない。やっと自分の時間が持てるようになったと喜ぶ姉に、おまえは普通の心理状態で育っていないから治療したほうがいいかもしれないなんて、誰が言えるというのか。おまえたちのせいで姉と自分は心のバランスが崩れているらしいとなどと両親に言って、何になるのか。
「守谷さん、俺、あなたには凄く感謝してます。でも、うちの問題に関しては……」
『余計な世話か。だろうな』
「厚意で言ってくれてるって分かってはいます」
『家族とはいえ他人だ。諦めるって選択が愚かだとは言わないよ。おまえが納得できるならな』
それこそ諦めたような声で守谷は言う。納得とは何についてだろう。親が家庭を顧みないことだろうか。家族というものにあるべきとされる絆――近代的家族を繋ぐ要素としての情緒的な繋がりが乏しいことか。どちらにせよ無い物ねだりだし、他者に改善を要求することは無謀で傲慢な行為だ。自分自身を変えることも困難だというのに、変化の必要を感じていない者に強要できるはずもない。
「心配かけてすいません。まあ、なんとか凌ぎますよ。次なんかあったら、今度は親や教師に頼ることも検討します」
『警察もな』
「ええ、それはもちろん。あと、守谷さんたちのことは頼りにしていいんですよね」
『できることは限られてるが、一番フラットに話を聞けることは保証する。いつでも連絡してこい』
おおらかに請け負ってから、守谷は小さく笑みを漏らした。
『本当は何もないのが一番だけどな』
「それは、まったくですね」
だが全て、自らが蒔いた種だ。だからこそ、自分で刈り取らなければならない。
上半身を仰向けに寝台に倒す。天井で輝く人工的な白い光が、一日酷使された目を刺すように灼いて、瞼の裏に隠れた。
喫緊の危機は脱した。しかし、環境的な問題はまだ解決の糸口を発見できていない。それは誰かがどうにかしてくれることではない。
不良に待ち伏せされることがなくなっても、広まってしまった噂はそう簡単には消えてくれない。秋内は相変わらず学内では肩身が狭い思いをしてはいたものの、もうどこかへ去ろうという気持ちは失せていた。
『じゃあまあ、引っ越しはやめか』
電話越しに聞いてくる声は、笑みを含んで優しい。秋内の報告を聞いた守谷は、気に掛けてくれていたようで、心から安堵した様子だった。こそばゆい気持ちで座り直すと、ベッドがぎしりと軋んだ。
「はい。万事解決とはいってませんけど、もうちょい頑張ってみます」
『ああ。おまえならなんとかなるだろ。あの掃き溜めからそこまで立ち直ったんだ、ちょっと居心地悪いくらいで折れるタマじゃない』
軽い調子で押される太鼓判は、叱咤激励だ。秋内は唇に笑みを浮かべた。
「守谷さんにそう言われると、石に齧り付いてでも卒業しないとって思えてきますね」
『卒業だけじゃなく、進学と就職も頑張ってくれ。おまえは期待の星だからな、ドロップアウトされたら立ち直れない』
「肝に銘じますよ」
冗談めかす守谷に真面目に答え、秋内は軽く唇を噛んだ。確かに現状、秋内は“成功例”だ。崩れて欲しくはないだろう。組織には、支援の結果こんなに立派な大人になりましたという実績が必要だ。だがそんな計算だけで気に掛けられていると思い込んで拗ねるほど子供ではないつもりだった。さり気なく、しかし断固とした態度で幾度となく諭し、頼った時には力になってくれた。守谷は本当に秋内に心を砕いてくれていると知っている。
『だったら、何かあったら大人を頼れってのも、もうちょいよく覚えてて欲しいもんだな』
「それは……でも」
『そりゃ俺だっておまえのことは心配だし、助けたいと思ってる。でも、俺の立場でできることなんてたかが知れてるんだ。もっとおまえの近くにいる、親御さんや教師や警察を当てにしろ』
ここ最近で何度目かになる台詞に、秋内は苦く顔を歪めた。
親にも、養護教諭にも、担任教師や学年主任にも、警察官にも同じように言われた。もっと大人を頼れ、信用しろ。だがそれは、秋内が程度は軽いとはいえ怪我を負い、板見が警察に通報して、警察が介入する事態になった結果でしかない。ここまで局面が進む前に相談を持ち掛けたところで、誰がどの程度気に掛けて、どのような対策を講じられたか定かではない。
黙した秋内の耳に、守谷の溜息が触れたような気さえした。電話越しに呆れた気配を感じて、肩が竦む。今、秋内が最も、かつ唯一信頼している大人から見放されれば、それこそ本当に寄る辺がなくなってしまうような気がした。
友人と、大人は違う。
けれどこれから先、自分が大人になったならば、こんな甘えたことを言ってはいられなくなる。
『そりゃあ、警察が動いてくれないこともある。教師が保身に熱心で、追い出される可能性もあるな。だけど、ちゃんと相談に乗って、アドバイスをくれるかもしれない。一人、二人駄目でも、三人目、四人目は聞いてくれるかもしれない』
言い聞かせる守谷の言葉は正論だ。大人が信用しきれないという秋内の諦めは、良識ある人間の何割かが、所属組織や経歴で人を危険だと排除するのと同質の判断だ。とはいえ、単なる思い込みの諦観と、個人や集団を守るための予防線では、意味合いが異なるが。
人を個人ではなく、属性で見ることが愚かしいとは思わない。個人としてはどんなに善良でも、集団となった時にはそうとは限らないからだ。団体として、会社として、群衆として、民族として、集まった人間は個では決して選ばないような、暴力的、反社会的な行動をする場合がある。組織としての同調圧力であれ、群集心理であれ、有害であることに変わりはない。故に人が、怪しげな組織と関わりのある人間に線引きをするのは当たり前のことだ。それは理解している。しかし、自分がその対象になって気分が悪くないかは別の話だ。迂闊に思い込みが激しくて行動力のある相手に相談して、追い詰められでもしたら目も当てられない。
発展性のない方向に循環し始めた思考を押し止め、秋内は静かに深呼吸をした。いつの間にか閉じていた瞼を開く。
「頼っても平気な相手かどうか、見分けるコツってあるんですかね」
『付き合いが長けりゃ、既成概念で頭がガチガチになってるかどうかくらいはわかるだろ。初対面とかだったら、まあ、運だな』
「運……」
『その点じゃおまえは恵まれてるほうだろ。普通なら警察なんて初対面の相手ばっかりのギャンブルだけど、おまえは地元なら顔見知りが大勢いる』
「ろくな知り合い方してませんけどね」
補導された側、取り締まりを受けた側としての知り合いでは、どうぞ先入観を持って裁いてくださいと言っているようなものだ。だが、守谷の意見はそうではなかった。
『だからこそだ。警官だって色んな奴がいる。更正させようと頑張ってた人がいたら、その人は頼っていい、そう思わないか? それとも、点数稼ぎのためじゃなく、おまえらのことを考えてくれてた警官は、一人もいなかったか』
「……いえ」
しばし悩んで、秋内はかぶりを振った。そして声に出して否定する。確かに、親身になって話を聞こうとしてくれた人はいた。それがどの程度、親切心からの行為だったかはわからないけれど、下らないことで手を煩わせる馬鹿な子供たちにも真面目に接して、諭してきた人は確かにいた。
「十把一絡げで判断してたのは俺のほう、ってことですか」
少し、不貞腐れた声になったことは自分でも気付いた。電話の向こうで守谷が笑って、煙草に火を付ける音がした。
『おまえがそう感じるなら、そうなんじゃね?』
「そこで投げますか」
『判断するのはおまえだよ。自分で決めるんだ。これから、どうやってひとと関わっていくか。面倒で痛い思いして大変だったろ。ちゃんと活かせ』
守谷の台詞は薄情なようだが正論だ。優しい声音は励ますようで、聞いているだけで胸が詰まったように息苦しくなった。突き放すようなことを言われても秋内の守谷への信頼が揺らがないのは、彼の根底に誠意と愛情があると信じているからだ。そして同じものを、親を含めて他の大人達にはいまだに見つけられずにいる。
「信じて、頼って……駄目だったら?」
『他人だったら次を当たる。親だったらきちんと話をしろ。おまえ、親御さんとちゃんと話してないだろ。何が不満だったのか、どんなことを考えたのか』
「そんな話、今更ですよ」
そもそも、特別な理由があって不良に交わったわけでもない。反抗期で家族や学校が煩わしく、ふらついていただけだ。バイクが夜を切り裂いて駆ける爽快感に惹かれ、気付けば悪い仲間と共に悪事に手を染めるようになっていた。
もう少し賢明だったならば、もっとまともな居場所を見出せただろう。先見性があれば、イリーガルな行為に接する危うさに気づけたはずだ。破滅や地獄は、慎重な人間ならば踏み止まる、一足分の狭い亀裂の先にある。
「別に、不満とかないですし、俺が馬鹿だったってだけなのに、何を話せって言うんですか」
『それは今になっての話だろ。俺はおまえから、違う話を聞いた覚えがある』
「……絵に描いたような幸せそうな家族なんて存在しないって言ったのは、守谷さんでしょ」
確かに以前、こぼしたことがある。家にいたくない。それだけならば子供のありふれた愚痴だ。
共働き家庭で、特に秋内が中学生の頃は家の中が荒れていた。喧嘩をするわけではないが、会話もない。父親は連日仕事で午前様、休日出勤もざらにあるハードワークで家にいないことが多かった。母親も仕事に出ることを選び、当時高校生だった姉に家事を押し付けた。姉は小学生だった妹の面倒を見、家の中の世話をした上で、自分の勉強もしなければならなかった。協力してと言われるのは当然で、煩わしいと感じることが間違っていることも理解できてはいた。だが理性と感情は別物だ。秋内はそこまで献身的でも、家族思いでもなかった。
守谷は溜息を吐いたようだった。
『今時ぶっ壊れた家庭なんてありふれすぎてて、カウンセラーの仕事にしかならないけどな、問題は問題だ。おまえから見て、状況が今も変わってないと思えるから、親御さんに話しても何にもならないって感じてるんだろ』
守谷の属するNPOのスタッフに、カウンセラーに相談しろと言われたことがある。姉と秋内自身、可能ならば両親と妹も含めて、家族全員でカウンセリングを受けるべきだと。彼女は言った。きみとお姉さんには回復のための手助けが必要かもしれません。秋内はその助言を誰にも伝えず、実行もしていない。できるわけがない。やっと自分の時間が持てるようになったと喜ぶ姉に、おまえは普通の心理状態で育っていないから治療したほうがいいかもしれないなんて、誰が言えるというのか。おまえたちのせいで姉と自分は心のバランスが崩れているらしいとなどと両親に言って、何になるのか。
「守谷さん、俺、あなたには凄く感謝してます。でも、うちの問題に関しては……」
『余計な世話か。だろうな』
「厚意で言ってくれてるって分かってはいます」
『家族とはいえ他人だ。諦めるって選択が愚かだとは言わないよ。おまえが納得できるならな』
それこそ諦めたような声で守谷は言う。納得とは何についてだろう。親が家庭を顧みないことだろうか。家族というものにあるべきとされる絆――近代的家族を繋ぐ要素としての情緒的な繋がりが乏しいことか。どちらにせよ無い物ねだりだし、他者に改善を要求することは無謀で傲慢な行為だ。自分自身を変えることも困難だというのに、変化の必要を感じていない者に強要できるはずもない。
「心配かけてすいません。まあ、なんとか凌ぎますよ。次なんかあったら、今度は親や教師に頼ることも検討します」
『警察もな』
「ええ、それはもちろん。あと、守谷さんたちのことは頼りにしていいんですよね」
『できることは限られてるが、一番フラットに話を聞けることは保証する。いつでも連絡してこい』
おおらかに請け負ってから、守谷は小さく笑みを漏らした。
『本当は何もないのが一番だけどな』
「それは、まったくですね」
だが全て、自らが蒔いた種だ。だからこそ、自分で刈り取らなければならない。
上半身を仰向けに寝台に倒す。天井で輝く人工的な白い光が、一日酷使された目を刺すように灼いて、瞼の裏に隠れた。
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