嘘の多い異邦人と面倒見の良い諦観者たち

村川

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六月

登校初日 2

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 席の周りを取り囲んだ生徒たちが、あれやこれかとどうでもいいような質問を繰り出してくる。好きな映画は、好きな音楽は、ドラマは、女優は、特技は、等々の表層的な問いに偏っていることには気遣いを感じる。それでも、立て続けとなればげんなりしてくる。進学校ならば真面目な生徒も多いだろうし、一人で大人しくしていることも許容されるだろうと思っていたのに、転入生はそうもいかないらしい。
 まあ、新入りに興味が集まるのは当然だとして。
「ところで、皆は昼はお弁当? 用意して来なかったから、食堂行こうと思ってたんだけど」
 今は昼休みだ。この休み時間中に食事をしないと、昼食抜きで午後の授業を受けることになってしまう。質問の合間を縫って散会か移動かを促すと、彼らは思い出したように苦笑いや申し訳なさそうな表情になった。
「悪い、腹減ってるのに引き止めてたな」
「俺持ってきてるから行かねえわ。学食行く奴ー?」
 多分いないだろう。学生食堂を使うなら、とっくに移動しているはず。校内図を見ながら行けばいいからと、声を上げた生徒に言おうとした時、手が上がった。
「行く。氷川が良かったら案内兼ねて一緒に行こう」
 愛想の良い笑顔でそう誘いをかけてきたのは、朝、一番最初に質問を投げかけてきた生徒だった。
 他に同行者が出る気配はなく、その彼と氷川は連れ立って学生食堂へ向かっていた。結局、あの集団の中で食堂に行くのは、二人だけだったらしい。賑やかな廊下を連れ立って歩きながら、彼は困ったように眉を寄せた。
「悪いな。自分がすぐに食い終わるからって、他人の都合まで気が回ってなかったみたいだ」
「まだ時間あるから大丈夫だよ。えっと……」
「名乗ってなかったな、悪い。文月凉太だ」
「文月くん。よろしく」
「こちらこそ。これでも一応、学級委員をやってるから、何かあったら相談してくれ」
 その名乗りに、へえ、と思う。学級委員なんて、もっと真面目で堅物な人かと思っていた。予想が裏切られることの多い日だ。
 文月に案内されて目的地に着く。食堂は、各種式典行事などを行なう講堂の上階に設置されていた。天井が高くて広い食堂には、結構な数の人がいる。ちゃんと座れるんだろうかと怯みかけたが、よく見るとまばらに空席があった。
「食べるものを決めたら券売機で食券を買って、窓口に出す。そうすると用意してもらえるから、席を探して座るだけ。人数がいるときは手分けできるけど、今日は一緒に動こう」
「分かった。メニューは……高校の学食にしては色々あるね」
 さして変わった内容でもないが、種類が豊富だ。売れ残ったら困るだろうにと困惑を口にすると、文月は呆れたように眉を動かした。
「校内案内図を見てないのか、中学の学食もここだ。夜まで開いてるから晩飯も食える。予定分が捌けたら販売終了だから、そこまで余らないはずだ」
「なるほど……ますます学校の学食っぽくないね。値段が二種類あるのはなんで?」
「電子マネーと現金では値段が違うんだ。現金は端数切り上げだから、持っていたら電子マネーを使うと良い。おサイフケータイも使えるからそっちでもいい」
「ハイテクだね」
「そうかな。俺は和定食にしよう。氷川は?」
「んー、ここの冷やし中華って美味い?」
 期間限定と銘打たれた欄を見て、訊ねる。限定品や新商品に弱いのは人間の本能、ではないだろうが、近しいものがあるはずだ。
「可もなく不可もなく」
「そっか……」
 普通という意味だろうが、冷やし中華の普通は価値観に幅がありそうだ。好奇心半分で、冷やし中華の券を買った。クラスメイトに捕まっていて来るのが遅くなった怪我の功名で、券売機も窓口も空いている。食券を渡し、さして待たされずにトレイを受け取ると、窓を向いたカウンター席に腰を落ち着けた。テーブル席の方が盛況らしく、カウンター席はまばらにしか人が座っていない。ひさしのおかげで直射日光に晒されず、景色も綺麗なのにもったいない。まあ、何年もここに通っていれば見飽きた中庭の景色なのだろうけれど。
 いただきます、と手を合わせて、割り箸を割る。その箸袋をふと見て、あ、と声を上げてしまった。
「どうした?」
「や、国産なんだと思って、この箸」
「ああ、卒業生の会社で作ってる割り箸なんだと。他の物もよく見ると国産や、国内企業のものが多い。OBや保護者に企業のお偉いさんが多いから、卒業校に自社製品を使って貰おうとするわけ」
「そうなんだ。確かに、学校で使って貰えたら大口の顧客だよね」
「そうそう。で、冷やし中華の感想は?」
 鯵の塩焼きをほぐす手を止めて、こちらの皿を示す。食べ盛りの男子の胃袋を考慮してか、通常よりもやや大盛りの皿は、色とりどりで豪勢だった。
「学食のメニューにしちゃ過ぎるくらい豪華だよね」
「そう?」
「ハムでも焼き豚でもなく棒々鶏載ってるし、錦糸卵はきらきら光ってるし、茹玉子が煮玉子だし、野菜がたくさん載ってる」
 胡瓜とキャベツの千切りは、刺身のつまと張り合えるくらい細くて均一だ。敷かれたレタスも瑞々しい。トマトなんて完熟の赤さで、湯むきしたのか綺麗に皮がない。サラダの具材と兼用だからできることだろうが、手間が掛かっている。
「味は?」
「これから」
 答えて一口、口に運ぶ。さっぱりしたレモンの酸味と風味が広がった。爽やかでバランスの良い味だ。丸一日以上ぶりのまともな食事であることを差し引いても、かなり高得点だ。
「なにこれすっごい美味しい。この値段で食べて良いのこれ」
「そうは言っても、料理人にってチップを渡しても困らせるだけだろ」
「いや、そういう意味じゃなくて」
「分かってる。冗談だ」
 そう答えて、文月は鯵から骨を撤去する作業を再開する。小骨が嫌なら魚の出ないメニューにしとけばいいのにと、余計なことを考えながら、食事の手を進めた。あっさりしてるのにコクがあって、飽きやすい冷やし中華があっという間に空になる。氷川が食べ終わっても、文月はまだ食べている途中だった。
「ごちそうさま」
「食べるの早いな」
「そうかな……お茶のお代わりもらってくるけど、どうする?」
「じゃあ頼む。アイスの緑茶で」
「分かった。行ってくる」
 両手にグラスをひとつずつ持って、飲み物のコーナーへ向かう。箸やスプーン、ドレッシングと同様、飲み物はセルフサービスで、先客が数人いた。最後に並んで、息を吐く。そう長い時間でもないのに、ずっと誰かと一緒にいると気疲れする。以前のようにならないよう、努めて愛想良く振る舞っているせいで、余計に疲れるのかもしれない。
 朝一番のちょっとした騒動で、氷川は考え方を変えていた。大人しく静かに過ごすことは、不可能ではないだろうが、難しいかもしれない。環境を変えたところで、浮く物は浮くし、馴染まない物は馴染まない。また居心地の悪い思いをするくらいなら、今度は人に溶け込むように振る舞う努力をしようと、そう決めた。人に好かれるステレオタイプは決まっている。求人広告の定型句、“明るく元気で笑顔の素敵な人”だ。笑顔が素敵かはさて置き、明るく元気で笑顔の人なら、努力で近付くことは可能だろう。だから少し頑張って、面倒をかけた人に報いたい。
 我ながら偽善っぽいな。皮肉に思いながら二人分の飲み物を用意して、席に戻った。文月はまだ食事中だった。

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