嘘の多い異邦人と面倒見の良い諦観者たち

村川

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六月

転入一週間:生徒会エンカウント 2

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「遅くなった。連れてきたぞ」
 美しい日本語に拘る国語教師あたりが聞いたら卒倒しそうな台詞を挨拶にして、野分が生徒会室に入室する。立ち止まってしまった氷川と文月に、早く入れとばかり顎をしゃくった。
 失礼します、と口々に言って、生徒会室に足を踏み入れる。通常の教室と同じ広さ、同じ造りのようだが、中央に衝立があって空間が半分に区切られている。入ったのは教室の前側、黒板のあるほうだが、通常の教室にはないものが色々と置いてあった。メモか何かが沢山貼られたホワイトボードが目につくし、衝立に添って書類用のチェストがずらりと並んでもいる。空間の中央には長机とパイプ椅子を用いた会議用らしきスペースがあって、今はそこに生徒が二人座っていた。一方がひらひらと手を振り、もう一方は軽く会釈する。
「どうも、二年B組の氷川泰弘です」
「丁寧にどうも。二年C組の橘祐也です」
「同じく二年C組の神森竜義かみもり たつよしです。氷川くん、文月くん、空いている椅子にどうぞ」
 促されて、パイプ椅子を引く。文月が小声で、橘が会計、神森は副会長だと教えてくれた。
「役員はここにいる皆さんだけですか?」
 神森の丁寧な口調に釣られて、氷川もつい似たような話し方をしてしまう。神森が苦笑した。
「普通に話していただいて結構ですよ。他に一年生が二人いるんですが、今日は部活に出ているので」
「生徒会と部活って両立できるんですね」
「ええ、活動日は通常、週に二日程度ですから」
「他の委員会よりは全然多いけどね。放課後空けるために朝や昼に仕事する時もあるし」
 頑張っているとアピールするように、橘が補足を述べる。
「そうなんだ、凄いね」
 そう返しはしたが、氷川は生徒会がどんな仕事をしているのか知らない。全校集会などで駆り出されているイメージしかなかった。そのまま雑談を始めそうな面々を見遣り、文月が呆れ顔で水を差す。
「それで、氷川に用事というのは?」
「その前に確認したい。氷川は部活動をする予定はあるか?」
 野分の質問に、氷川は視線をそらして頬を撫でた。今朝も担任教師の夏木から、何か部活に入る気にはならないのかと聞かれたばかりだ。今のところ、部活動に参加するつもりはまったくない。いくら優しそうな人が多くても、邪魔になりそうなのが明白なのにずかずか入っていく気にはならなかった。
「ないよ。今のところはね」
「今のところはって?」
「担任……というか、学院長か理事会かは、入らせたいっぽい感じはあるんだよね。でもちょっと……向いてないかなって」
 怒られる流れだろうか。気まずい気分のまま答えると、生徒会室に沈黙が降りた。秒針の音が急き立てるように響いて聞こえる。その沈黙を破ったのは、野分の静かな声だった。
「なるほど。それなら、時間はあるんだな」
 予想外の発言に、伏せてしまっていた顔を上げる。呆れたような顔をした者はいない。部活くらいやっておけばいいのにとお節介を焼く風でもない。
 生徒会の役員なんて、精力的な人ばかりで、日々を浪費するなんて勿体ないと言われるかと思っていた。どうやらそういった用件ではなかったらしい。安堵の息を吐いて、氷川は居並ぶ面々を見直した。
「うん、補講のない日は空いてるよ。なにか用事?」
「実は――」
 深刻そうに神森が切り出した話題は、至って普通で、真面目なものだった。
 この学校の生徒会は、地域との交流と称し、ボランティア活動の一環として児童福祉施設を訪問しているらしい。他にも老人福祉施設や近隣の児童館、公民館などを訪れるそうだが、今月の訪問先は児童福祉施設――児童養護施設であるらしい。端的に表現して、家庭環境に問題のある子供を養護する施設だ。休日を利用して訪れ、子供たちと遊んだり、勉強を教えたりするらしい。それくらいなら一般的な交流会だが、問題は訪問先だ。
「慈善が義務だと考えること自体はそう悪いことじゃない。だが、施しを与えるという視点で接するのは誤りだ。子供は聡い。ことにそういった施設にいるような子供は、相手の考えを察するから」
「つまり、金持ちの子弟の自尊心を満たすためのイベントになっちゃ困る、ってこと?」
 あえて辛辣な表現を選んだ氷川に、神森があっさり頷いた。
「ええ。かといって、生徒会の役員だけで訪れるのでは寂しいでしょう」
「他に適任者はいないんだ?」
「探せばいるだろうけど、ボランティアって基本、自主参加だもん、自分から来てくれなきゃ見つからないよ。全校生徒を調べて、この人ならって目星を付けるなんてこともできないし。何人か声かけたけど、今の時期、部活に入ってる子はそっち優先だからさ」
 口々に言われて、苦笑する。そうは言っても、初対面の相手だ。人柄を認められて呼ばれたわけではない。経歴だけを根拠に頼まれごとをされるのは、あまり気分の良いものではない。
「引き受けて貰えないかな」
 橘が申し訳なさそうに言う。返答を迷っていると、ずっと黙っていた文月が口を開いた。
「俺が行くのはまずいか?」
 その問いに、役員三人が意外そうな表情を浮かべた。どうやら文月はボランティア活動に積極的なタイプではないらしい。
「いいけど、どういう風の吹き回し?」
 見開いた目を元に戻して、橘が首を傾げる。文月が肩をすくめた。
「人となりも分からない奴に頼るくらい、人手が足りないんだろ。それとも俺も優越感を満たすために他人を使うように見えるか」
「……いいえ。では文月くんにも参加をお願いします。それで、氷川くんはどうですか」
 改めて問われて、氷川は口を閉ざした。
 元々、人と接することは得意ではない。弟妹もいないし、親しくしている年少の相手もいなかった。だから、自分が行ってなにが出来るのかと思わなくもない。
「ボランティア活動は義務じゃないから、無理にとは言わない。気が進まないなら断ってくれて構わない」
 野分が助け船を出すように言う。それがまるで失望したと言われているようで、氷川は息を呑んだ。違う人間になりたいと、積極的な人間になれたらいいと、そう考えていたはずなのに。
 テーブルに置いていた拳をゆるく握り、細く息を吐いた。震える喉から声を絞り出すために、肺に空気を入れる。
「俺で役に立つなら……行きます」
 その返答を聞いて、橘が満足そうな笑みを浮かべた。椅子を蹴倒す勢いで立ち上がり、氷川の手をぎゅっと握る。熱くて硬い指先が手の甲を包むように触れて驚いた。
「そう言ってくれると思った。ありがとう、氷川くん!」
 押して駄目なら引いてみろ。そんな言葉が頭を過ぎって、安易に返答しすぎただろうかと後悔した。

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