嘘の多い異邦人と面倒見の良い諦観者たち

村川

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六月

転入一週間:生徒会エンカウント 1

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 如水学院は進学校だけあって、授業の進行が早い。それは、転入試験代わりに受けた一学期中間テストで指定された範囲を見た時点で分かっていた。Sランク大学を狙うのが当然の学校では、試験範囲が広範囲かつ、問題が高難易度なのは当然なのだろう。授業の進行が速く、予復習を前提とした内容であることも。
 必修の科目でも、つい先程まで受けていた地理のような選択必修でも変わらない、最低限の理解を前提にした深くて面白い授業時間が過ぎて、氷川はぐるりと首を回した。半年ほどサボっていたツケなのか、授業を受けていると身体が強張る気がする。そうして天上を見上げた視界に、逆さ向きの人の顔が入り込んできた。
「なあ」
「え?」
「おまえが転入生?」
 逆さ向きの人に訊ねられて、頷くついでに姿勢を戻した。まっとうに見上げても見覚えのない生徒は、机を回り込んで氷川の前に立つ。選択授業は移動教室だから、教室に戻る必要があるはずだけれどと考えていると、彼は唇の端を上げて見せた。
「いきなり悪い、俺は野分彩斗のわき あやと。見たことない顔だったから」
「ああ、そっか。はじめまして、氷川泰弘。今月から転入してきたんだ。よろしく」
「ああ。転入生なら……あのさ、今日の放課後暇?」
 何か考えるように少しだけ黙った後、野分が唐突に訊ねる。転入一週間ばかり、結局部活の入部届を出してない氷川だが、放課後は隔日で補講が入っている。授業時間を補い、授業を受けていない範囲の理解を深めるためのものだ。今日はそれはない。
「空いてるよ」
「良かった。ちょっと聞きたいことがあるから……そうだな、教室に迎えに行くから待っててくれるか」
「いいけど……」
 聞きたいことってなんだろう、今じゃ駄目なんだろうか。そんな疑問を口にする前に、野分が慌てた風に時計を見上げた。
「悪い、教室戻らなきゃだったな。じゃあまた放課後」
 そう言って、早足で教室を出て行く。そう急がなくても間に合うはずだが。氷川は首を傾げつつ、荷物をまとめて席を立った。
 そのタイミングを狙ったように、誰かが椅子を蹴った。いや、そんなことをする人物は一人しかいない。視線を向ければ案の定、顔をしかめた横峰春久がいた。
「あまり通路を占有しないでくれるかな」
「……ごめんね」
 そんなつもりはないと言った所で、何にもならないので大人しく謝っておく。実際、最後列の人間が立ち上がれば、教室の後ろの通路は狭くなりはする。だからといって衝突するほどではないはずだが、ぶつかったんだと言い張られたらそうですかとしか言えない。
 先週の火曜日に似たような言いがかりを付けられ、嫌味を言われたときは動揺したし、落ち込んだ。クラスメイトがとりなしてくれなければ、保健室かカウンセリングルームの扉を叩いていただろう。だが毎日繰り返されると少しずつ麻痺するのか、ショックは受けるものの、表面上は受け流せるようになってきた。敵意は刺さるが、物理的なダメージはまだないし、他者に伝播してもいないから、まだなんとかなっている。
 横峰が出て行った扉を見遣り、氷川は嘆息した。何が気にくわないのか、せめてそれくらい言って欲しい。

 放課後を迎えたばかりの校舎は、教室も廊下も人が多くて賑やかだ。廊下と教室、どちらで待つか悩んだ末、氷川はまだ自分の席にいた。前の席には、本来の主ではなく文月が座っている。委員会活動のない日の放課後は暇だそうで、なんだかんだで一緒に行動することが一番多かった。
 地理の授業終わりに声を掛けられたと話すと、彼は不思議そうに首を傾げてこう言った。
「野分彩斗……生徒会長じゃないか」
「え、そうなの?」
「新聞部でもらったやつ読んでないのか、書いてあったろ」
「名前までは覚えてなかった。え、生徒会長に呼ばれるような用事なんてないよ」
 確かに校内新聞を資料として一部もらったし、それには目を通した。毎週発行する校内新聞とは思えない、きちんとした新聞だった。学内のニュースや、コラム、綺麗な写真、特集記事。バランスも良く文章も上手くて、感心すると同時にやっぱり入部はできないと心底思った記憶は新しい。だが、新生徒会の顔ぶれについての記事の内容は記憶していなかったらしい。役員の名前なんて一人だって覚えていない。
「聞きたいことがあるというなら、何か知りたいんだろ。お咎めがあるなら呼び出しだろうし、その場合は先に教師から呼ばれるはずだ」
「だとして、何を?」
「それは本人に聞けば分かる話」
「そうだけど」
 そんな風に話していると、教室の後ろの扉が叩かれ、開かれた。ノックするなら返事を待てばいいのに。
「転入生の氷川いるか? お、いた」
 顔を覗かせたのは予想通り、野分だった。失礼しますとおざなりに挨拶して、氷川と文月の所にやってくる。
「文月も一緒だったのな」
「知り合い?」
「学級委員の顔くらい覚えてる」
 平然と答えた野分に、へえ、と感心の声が漏れた。生徒会の発足は六月の頭だ。まだ一週間程しか経っていない以上、顔合わせの会合をした程度のはずだが、それで全クラスの学級委員長と副委員長を覚えているとしたら大したものだ。
「それで、俺に用事って何?」
「ああ……説明するから生徒会室に来てくれるか。暇なら文月も」
「そのつもりでなければ一緒に待っていない」
「ありがとう」
 野分が文月も誘ってくれて、少しだけ緊張がほぐれる。知らない場所で知らない相手ばかりを相手にするのは疲れるし、なんとなく怖いものがある。それを言えば文月だってまだ知り合って一週間ほどだが、付き合いがあるだけマシだ。
 安堵して、移動するならばと鞄を手に席を立った。
 生徒会室は、監査委員会室や選挙管理委員会室と同様、高等科校舎の最上階に存在していた。他の教室と変わらない造りの部屋の扉を見上げて、氷川は首を傾げた。
「中等科の生徒が役員になったら、通うの大変じゃない?」
「慣例で生徒会執行部、選挙管理委員はどっちも高等科一年、二年しか選ばれない。監査委員も正副委員長以外は旧役員や引退した部長から選ばれるから、やはり高等科の生徒になる。だからこっちにあるほうが合理的なんだ」
「委員会は?」
「管理棟の会議室。気になるか?」
「そうでもない」
 氷川と文月の会話を無視して、先に立った野分が引き戸を引いた。
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