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六月
登校初日 4
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扉を閉めて息を吐く。隣からもほっとしたような溜息が聞こえて、笑ってしまった。
「緊張したね」
「ああ。さっき思い出したけど、新聞の羽積さんって言ったら、結構な有名人だ。何でも知ってるし、誰にも言ってないことまで知られてるって言われたりしてる」
「え、何それ怖い」
「コールドリーディングってやつだろ。まあ勘もいいし、観察力もありそうだったけど……新聞部、興味ある?」
答えが分かっているだろうに、文月は面白そうに訊ねてくる。氷川は首を横に振った。
コールドリーディングは職業占い師等がよく使う技術だそうだ。知らないうちに相手に情報を渡してしまい、相手からそれを提示されて驚くはよくある話でもある。洞察力と分析力がある証左にもなるだろう。とはいえ、そんなものを駆使してくる人物がちょくちょく顔を出すような場にはいたくない。
「無理。向いてない。羽積さん怖い」
「同感」
新聞部の部室から距離を取れたのを良いことにくすくすと笑い合って、再び部活案内の用紙を取り出した。文月も同じように感じたと言ってくれたことにほっとする。初対面の相手を怖いと断じるのも失礼な話だが、見解が一致したなら許される気がした。
がさがさと紙を開いて、文月が目を細める。
「じゃあ次どこ行く? 映画好きって言ってたし、映画研行くか、同じ階だ」
「それって、映画撮る部じゃないよね」
なんとなく怯んで訊ねたが、文月はあっさり肯定する。
「ご明察。活動主体は映画制作だって」
「未経験者お断りの部じゃん」
「誰だって最初は初心者だし、アシスタントくらいならできるだろ……多分」
自信なさげに付け足された保険に氷川はこめかみを指で押さえた。多分か。
「やめとく。予備知識もないんじゃ迷惑だろうし」
「そうか?」
「うん」
「……分かった」
少し考える風に黙した後、文月は何も言わずに頷いてくれた。
「ただ、完全未経験でも平気な部は多くない。パソ研はプログラミング主体で、有志で近くの高専のロボ研と交流してるレベルだ。弁論部は毎年コンクールに出てるし……氷川、あんまり弁論やディベート得意じゃなさそうだな」
氷川の顔を覗き込んで、文月が苦笑する。見透かされた気がして、視線を僅かに逃がした。全く持って仰る通りだった。
「まあ、あんまり」
「だろうな。なんというか……正直なこと言っていいか?」
そう訊ねる文月の表情に困惑が滲んでいて、ぎくりとした。
らしくない、と言われるだろうか。今日一日で作り上げようと腐心したイメージに反していると指弾されるのか。確かに、“明るく元気で積極的”な人物だったら、こんなにあれこれ思い悩んでいないかもしれない。身構えた氷川に、もっと困ったように眉を寄せて、文月は部活案内を二つにたたんだ。
「部活入りたくないんだろ?」
「……え」
戸惑って間抜けな声が漏れた。それにやっぱりなとばかりに頷いて、文月は目を眇める。
「高二のしかも六月なんて、普通に考えて入部する時期じゃない。学院長か理事か知らないが、言われる側の見通しや気持ちも考えて欲しいよ」
「あー……うん。そうだね」
身の入らない返答を気にした様子もなく、文月はだよな、と呆れたように眉をひそめる。部活動に参加したいと思っていないのは本当なので、嘘ではない。
「でも、一応見学はしていったほうがいいと思う。夏木先生の顔を立てると思って」
「や、それ入部しないと意味ないんじゃない?」
落とし所の提案なのは分かるが、つい反駁してしまう。すると文月は呻いて首を掻いた。
「見ないよりはマシ。検討したポーズだけでも作っておけよ。最初から見るだけと思っていれば気も楽だろ」
ぽんぽんと軽く背中を叩かれて、慰められているらしいと察した。落ち込んででも見えたかと反省し、文月に頭を下げた。
「無駄足に付き合わせてごめん」
「無駄足かはまだ分からない。もしかしたら俺が入りたいと思う部があるかもしれない」
下げた頭を撫でられて、ちょっと気まずく身じろいだ。友達の頭を撫でたりするもんだろうか。親にだってされたことないのに。
「まあとりあえず、冷やかしでも追い出されない所に行こう。手芸部と、地歴研と、園芸部あたりか? 美術部も行くか、デジカメ写真ならなんとかなるだろう。あとは……」
「ちょっと待った、手芸? そんなんやったことないし、やる予定もないよ!」
聞き捨てならないと却下しようとしたが、文月は冗談を言っている風でもない。残念そうに顔をしかめた。
「男ばかりの編み物縫い物大会、面白そうなのに……なら調理部は?」
「調理部って。それって趣味なの、それともシェフ志望なの」
「人によるんだろう。運が良ければおやつにありつけると聞いたことがある」
「それは魅力的だけど、俺、料理とかしたことないから完全冷やかしになっちゃうよ」
「大丈夫。それなら後で調理室覗いてくとして……そうだ。スポーツはやらないと言っていたが、運動部は球技や陸上だけじゃないのを知ってるか?」
ある部屋の前で足を止めた文月が、思い出したように言う。氷川は不可解に思いながら首肯した。
「水泳とかってこと? あと場合によっては演劇も吹奏楽も合唱も運動部ばりの練習してるよね」
「まあそうだ。カバディとか、あとこことか。ちょっと毛色が違うんだ」
「ここ?」
言われて見上げた室名札には、“ワンダーフォーゲル部”と書かれていた。
カバディというのも名前しか聞いたことがないが、ワンダーフォーゲルってなんだったっけ。そんな氷川の思考を読み取ったのか、文月は部活案内を開いて示す。
「ワンダーフォーゲル、ワンゲルってのは要するに登山部だ。原義的には山歩きとか野歩きという意味らしいが、高校のワンゲル部は登山競技の部だな。インターハイもある」
「へえ……詳しいね」
「クラスに部長がいるから、自然と」
「そうだったんだ」
知らなかった。誰が部長なんだろう、顔と名前が分かる人だろうか。
登山か、と少し考える。中学校の登山は参加した。小学校の林間学校でも日帰りとはいえ山には登った。けれどそれだけだ。体力のある方でもないし、そもそも知識も経験もまるでない。それに氷川には登山の魅力は分からない。集団行動の苦痛のほうが大きく感じられそうだ。一緒に苦難を乗り越える時に、取り繕った自分でいられるとも思えない。やはり無理だなと判断して、肩をすくめた。
「ピクニック部だったら考えたけど、登山は難しいよ。他行こう、えーっと」
どこに行こうか、一覧を眺めているとき、すぐ側の扉ががらりと開いた。長身の生徒がこちらを見て、目を眇める。
「廊下で話してる声が聞こえるから何かと思ったら、文月くんと転入生くんじゃん」
「悪い、邪魔したか」
軽い、しかし低く棘のある声音にびくりとした氷川とは逆に、全く気に留めない様子で文月はそちらに近付く。顔は見た覚えがあるから、クラスメイトだろう。名前はまだ覚え切れていないから分からない。文月のおざなりな謝罪を適当に流して、ワンゲル部員が氷川に視線を向けた。
「見学?」
「いや、えっと」
「……違いそうだね。鎖場なんて登ったら落っこちちゃいそうだし」
虚仮にされたと誰でも分かる、険のある物言いだった。ただ、事実だから反論も難しい。確かに氷川は典型的な文化系体型で、目の前の彼のようにしっかりした体つきはしていない。
怒ったら負けだ。そう思って、息を吐く。そして名前の分からないクラスメイトを見上げた。
「うるさくしてごめんね。ワンダーフォーゲル部って何なのか聞いてたんだ。登山競技なんて凄いね」
「……おべっかはいいよ。用事がないなら行ってくれる? 打ち合わせ中なの」
「うん、また明日ね」
謝罪にも素っ気なく頷くだけで、彼は部室に戻ってしまう。文月を見ると、彼は苦笑して先を促した。話があるなら移動してからということだ。
階段前に着いた所で口を開いた。何よりも聞くべき事がある。
「あのさ、さっきのワンゲル部の人、クラスにいたよね」
そう言うと、文月が意外そうに目を見開いた。
「よく見てたな、喋ってもいなければ自己紹介もしてないんじゃないか?」
「うん、でも朝、みんなの顔見たから」
「記憶力がいいな……彼がさっき話した部長。名前は横峰春久」
「横峰くんか。真面目そうだったね」
「ああ。悪い奴じゃない」
「うん」
先程の態度は文月も気になったのだろう、取りなしてくれたが、やはり気に掛かる。邪魔をして気分を害しただけなのか、それとも他の理由があるのか。初対面の相手に嫌われる要因があるとも思えなかったが、人は案外簡単なことや思い込みで他人に苦手意識を持つものだとも知っている。気に障ることがあったのだろう。
深呼吸をして、無理矢理気分を切り替えた。考えていたって分かるはずがないのに、沈んだ顔を見せたら文月に心配をかけてしまう。彼が面倒見の良い優しい人だと、今日一日でも充分分かったから迷惑は最小限に抑えたかった。
その後、先程候補に挙がったものも含めていくつかの部室を覗いたが、どこも歓迎してくれて逆にいたたまれなかった。特に地歴研こと地理歴史研究部の勢いは本当に凄かった。逆に園芸部は真面目そうな生徒が多く、部活に入る気はなかったけれど、あそこなら悪くないかと思いもした。もし入部するなら、土いじりの知識もないから、勉強しなければならないだろうが。
感想を言い交わしながら寮へ戻る。文月が楽しそうにしてくれたお陰で、時間を浪費させた罪悪感は随分と軽くなっていた。
寮の玄関ホールで文月と分かれ、自分の部屋に戻る。氷川に割り当てられた予備室はその性質上、他の寮生のいるフロアとは別の、共有設備などがあるフロアにある。生活は楽でいいが、はみ出し者だと突きつけられている気がしてうんざりする。
静かに部屋に入り、机に荷物を置く。鞄から小さな包みを取り出すと、自然と頬が緩んだ。中身は、最後に寄った調理室で、お土産にと渡されたアメリカンマフィンだ。活動日には毎回お菓子が余るから、良かったら食べに来てねと言ってもらえた。優しい人が多くて嬉しいと思うのと同時に、横峰の態度を思い出してしまい、自然と眉が寄る。
敵意を向けられるのは怖い。
あからさまな態度に出なかったとしても、いつそれが表面化し、物理的な攻撃になるか分からない。親切にされなくてもいい、無関心で構わない。ただ、嫌われるのだけは避けたかったのに。
椅子に深く腰掛けた氷川は大きく息を吐いた。横峰の睨み付ける眼差しがちらついて、心臓がざわざわと落ち着かなかった。
「緊張したね」
「ああ。さっき思い出したけど、新聞の羽積さんって言ったら、結構な有名人だ。何でも知ってるし、誰にも言ってないことまで知られてるって言われたりしてる」
「え、何それ怖い」
「コールドリーディングってやつだろ。まあ勘もいいし、観察力もありそうだったけど……新聞部、興味ある?」
答えが分かっているだろうに、文月は面白そうに訊ねてくる。氷川は首を横に振った。
コールドリーディングは職業占い師等がよく使う技術だそうだ。知らないうちに相手に情報を渡してしまい、相手からそれを提示されて驚くはよくある話でもある。洞察力と分析力がある証左にもなるだろう。とはいえ、そんなものを駆使してくる人物がちょくちょく顔を出すような場にはいたくない。
「無理。向いてない。羽積さん怖い」
「同感」
新聞部の部室から距離を取れたのを良いことにくすくすと笑い合って、再び部活案内の用紙を取り出した。文月も同じように感じたと言ってくれたことにほっとする。初対面の相手を怖いと断じるのも失礼な話だが、見解が一致したなら許される気がした。
がさがさと紙を開いて、文月が目を細める。
「じゃあ次どこ行く? 映画好きって言ってたし、映画研行くか、同じ階だ」
「それって、映画撮る部じゃないよね」
なんとなく怯んで訊ねたが、文月はあっさり肯定する。
「ご明察。活動主体は映画制作だって」
「未経験者お断りの部じゃん」
「誰だって最初は初心者だし、アシスタントくらいならできるだろ……多分」
自信なさげに付け足された保険に氷川はこめかみを指で押さえた。多分か。
「やめとく。予備知識もないんじゃ迷惑だろうし」
「そうか?」
「うん」
「……分かった」
少し考える風に黙した後、文月は何も言わずに頷いてくれた。
「ただ、完全未経験でも平気な部は多くない。パソ研はプログラミング主体で、有志で近くの高専のロボ研と交流してるレベルだ。弁論部は毎年コンクールに出てるし……氷川、あんまり弁論やディベート得意じゃなさそうだな」
氷川の顔を覗き込んで、文月が苦笑する。見透かされた気がして、視線を僅かに逃がした。全く持って仰る通りだった。
「まあ、あんまり」
「だろうな。なんというか……正直なこと言っていいか?」
そう訊ねる文月の表情に困惑が滲んでいて、ぎくりとした。
らしくない、と言われるだろうか。今日一日で作り上げようと腐心したイメージに反していると指弾されるのか。確かに、“明るく元気で積極的”な人物だったら、こんなにあれこれ思い悩んでいないかもしれない。身構えた氷川に、もっと困ったように眉を寄せて、文月は部活案内を二つにたたんだ。
「部活入りたくないんだろ?」
「……え」
戸惑って間抜けな声が漏れた。それにやっぱりなとばかりに頷いて、文月は目を眇める。
「高二のしかも六月なんて、普通に考えて入部する時期じゃない。学院長か理事か知らないが、言われる側の見通しや気持ちも考えて欲しいよ」
「あー……うん。そうだね」
身の入らない返答を気にした様子もなく、文月はだよな、と呆れたように眉をひそめる。部活動に参加したいと思っていないのは本当なので、嘘ではない。
「でも、一応見学はしていったほうがいいと思う。夏木先生の顔を立てると思って」
「や、それ入部しないと意味ないんじゃない?」
落とし所の提案なのは分かるが、つい反駁してしまう。すると文月は呻いて首を掻いた。
「見ないよりはマシ。検討したポーズだけでも作っておけよ。最初から見るだけと思っていれば気も楽だろ」
ぽんぽんと軽く背中を叩かれて、慰められているらしいと察した。落ち込んででも見えたかと反省し、文月に頭を下げた。
「無駄足に付き合わせてごめん」
「無駄足かはまだ分からない。もしかしたら俺が入りたいと思う部があるかもしれない」
下げた頭を撫でられて、ちょっと気まずく身じろいだ。友達の頭を撫でたりするもんだろうか。親にだってされたことないのに。
「まあとりあえず、冷やかしでも追い出されない所に行こう。手芸部と、地歴研と、園芸部あたりか? 美術部も行くか、デジカメ写真ならなんとかなるだろう。あとは……」
「ちょっと待った、手芸? そんなんやったことないし、やる予定もないよ!」
聞き捨てならないと却下しようとしたが、文月は冗談を言っている風でもない。残念そうに顔をしかめた。
「男ばかりの編み物縫い物大会、面白そうなのに……なら調理部は?」
「調理部って。それって趣味なの、それともシェフ志望なの」
「人によるんだろう。運が良ければおやつにありつけると聞いたことがある」
「それは魅力的だけど、俺、料理とかしたことないから完全冷やかしになっちゃうよ」
「大丈夫。それなら後で調理室覗いてくとして……そうだ。スポーツはやらないと言っていたが、運動部は球技や陸上だけじゃないのを知ってるか?」
ある部屋の前で足を止めた文月が、思い出したように言う。氷川は不可解に思いながら首肯した。
「水泳とかってこと? あと場合によっては演劇も吹奏楽も合唱も運動部ばりの練習してるよね」
「まあそうだ。カバディとか、あとこことか。ちょっと毛色が違うんだ」
「ここ?」
言われて見上げた室名札には、“ワンダーフォーゲル部”と書かれていた。
カバディというのも名前しか聞いたことがないが、ワンダーフォーゲルってなんだったっけ。そんな氷川の思考を読み取ったのか、文月は部活案内を開いて示す。
「ワンダーフォーゲル、ワンゲルってのは要するに登山部だ。原義的には山歩きとか野歩きという意味らしいが、高校のワンゲル部は登山競技の部だな。インターハイもある」
「へえ……詳しいね」
「クラスに部長がいるから、自然と」
「そうだったんだ」
知らなかった。誰が部長なんだろう、顔と名前が分かる人だろうか。
登山か、と少し考える。中学校の登山は参加した。小学校の林間学校でも日帰りとはいえ山には登った。けれどそれだけだ。体力のある方でもないし、そもそも知識も経験もまるでない。それに氷川には登山の魅力は分からない。集団行動の苦痛のほうが大きく感じられそうだ。一緒に苦難を乗り越える時に、取り繕った自分でいられるとも思えない。やはり無理だなと判断して、肩をすくめた。
「ピクニック部だったら考えたけど、登山は難しいよ。他行こう、えーっと」
どこに行こうか、一覧を眺めているとき、すぐ側の扉ががらりと開いた。長身の生徒がこちらを見て、目を眇める。
「廊下で話してる声が聞こえるから何かと思ったら、文月くんと転入生くんじゃん」
「悪い、邪魔したか」
軽い、しかし低く棘のある声音にびくりとした氷川とは逆に、全く気に留めない様子で文月はそちらに近付く。顔は見た覚えがあるから、クラスメイトだろう。名前はまだ覚え切れていないから分からない。文月のおざなりな謝罪を適当に流して、ワンゲル部員が氷川に視線を向けた。
「見学?」
「いや、えっと」
「……違いそうだね。鎖場なんて登ったら落っこちちゃいそうだし」
虚仮にされたと誰でも分かる、険のある物言いだった。ただ、事実だから反論も難しい。確かに氷川は典型的な文化系体型で、目の前の彼のようにしっかりした体つきはしていない。
怒ったら負けだ。そう思って、息を吐く。そして名前の分からないクラスメイトを見上げた。
「うるさくしてごめんね。ワンダーフォーゲル部って何なのか聞いてたんだ。登山競技なんて凄いね」
「……おべっかはいいよ。用事がないなら行ってくれる? 打ち合わせ中なの」
「うん、また明日ね」
謝罪にも素っ気なく頷くだけで、彼は部室に戻ってしまう。文月を見ると、彼は苦笑して先を促した。話があるなら移動してからということだ。
階段前に着いた所で口を開いた。何よりも聞くべき事がある。
「あのさ、さっきのワンゲル部の人、クラスにいたよね」
そう言うと、文月が意外そうに目を見開いた。
「よく見てたな、喋ってもいなければ自己紹介もしてないんじゃないか?」
「うん、でも朝、みんなの顔見たから」
「記憶力がいいな……彼がさっき話した部長。名前は横峰春久」
「横峰くんか。真面目そうだったね」
「ああ。悪い奴じゃない」
「うん」
先程の態度は文月も気になったのだろう、取りなしてくれたが、やはり気に掛かる。邪魔をして気分を害しただけなのか、それとも他の理由があるのか。初対面の相手に嫌われる要因があるとも思えなかったが、人は案外簡単なことや思い込みで他人に苦手意識を持つものだとも知っている。気に障ることがあったのだろう。
深呼吸をして、無理矢理気分を切り替えた。考えていたって分かるはずがないのに、沈んだ顔を見せたら文月に心配をかけてしまう。彼が面倒見の良い優しい人だと、今日一日でも充分分かったから迷惑は最小限に抑えたかった。
その後、先程候補に挙がったものも含めていくつかの部室を覗いたが、どこも歓迎してくれて逆にいたたまれなかった。特に地歴研こと地理歴史研究部の勢いは本当に凄かった。逆に園芸部は真面目そうな生徒が多く、部活に入る気はなかったけれど、あそこなら悪くないかと思いもした。もし入部するなら、土いじりの知識もないから、勉強しなければならないだろうが。
感想を言い交わしながら寮へ戻る。文月が楽しそうにしてくれたお陰で、時間を浪費させた罪悪感は随分と軽くなっていた。
寮の玄関ホールで文月と分かれ、自分の部屋に戻る。氷川に割り当てられた予備室はその性質上、他の寮生のいるフロアとは別の、共有設備などがあるフロアにある。生活は楽でいいが、はみ出し者だと突きつけられている気がしてうんざりする。
静かに部屋に入り、机に荷物を置く。鞄から小さな包みを取り出すと、自然と頬が緩んだ。中身は、最後に寄った調理室で、お土産にと渡されたアメリカンマフィンだ。活動日には毎回お菓子が余るから、良かったら食べに来てねと言ってもらえた。優しい人が多くて嬉しいと思うのと同時に、横峰の態度を思い出してしまい、自然と眉が寄る。
敵意を向けられるのは怖い。
あからさまな態度に出なかったとしても、いつそれが表面化し、物理的な攻撃になるか分からない。親切にされなくてもいい、無関心で構わない。ただ、嫌われるのだけは避けたかったのに。
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