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七月
ワンダーフォーゲル部に関する諸問題 1
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あれから横峰とは付かず離れずの距離を保っている。氷川は元来、人との交流に積極的なほうではないし、横峰もあれだけあからさまな態度を取った手前、自分からは歩み寄りにくいらしい。精神的なダメージを負わなくなったからいいかとそのままでいたら、夏期休暇を迎える頃にはすっかり、特段の感情もないクラスメイトの距離感に落ち着いてしまった。
まあ、平和でいいか。梅雨が明けてからりと晴れた空を見上げ、そう結論づける。空も心も人間関係も、荒れているよりは凪いでいるほうがいい。とはいえ、そう考えてしまうことこそが、嵐の前兆という場合もあるのだが。
「横峰いるか」
ノックもなしにがらりと扉を開けた人物がそう声をかけてきたのは、夏期休暇二週目の半ば、講習が終わった昼過ぎだった。
だらしなく緩めたネクタイの色で、最上級生だと分かる。その人物を見た横峰が、びくりと肩を強張らせた。僅かに歪んだ顔を見れば、会いたくない相手だとすぐに分かる。
横峰は無言で立ち上がると、鞄を掴んで戸口へ向かった。
「どうも、ご無沙汰してます」
「ちょっと話があるんだけど、今いいよね」
有無を言わさぬ口調で、先輩らしき人物が横峰の腕を掴む。横峰が眉をひそめた。
「分かりました」
「じゃあ、こっち」
ぐいと腕を引き、歩き始める人物に引かれて、横峰ものろのろと足を進める。無造作に引かれた扉が、たて枠にぶつかって一度跳ねたあと、ゆるやかに閉じた。
何人かの生徒が詰めていた息を吐き、ざわめきが戻る。その変化で、先程のやりとりの間中、教室内が妙に静まっていたのに気付いた。嫌な緊張感だったなと腕をさすり、氷川は帰り支度をしている級友のひとりに歩み寄った。
「文月くん、さっきの……」
「さっきの?」
いきなり声をかけられて驚いたのか、文月が目をまたたいた。見上げる瞳が、僅かに細められる。
「横峰くんを呼びに来た人、知ってる?」
「気になるのか」
意外そうに反問され、氷川は返事に詰まった。気にはなる。だが、ともすれば興味本位の好奇心と受け取られても仕方がないのも分かっていた。文月ならばそうした余計なフィルターなしで話してくれないかと思ったが、難しかっただろうか。
黙り込んだ氷川を見ていた文月が、諦めたように表情を和らげた。
「ワンゲル部の、前の部長だ」
我知らず、息を呑んだ。動揺した氷川に、文月が不可解そうに首を傾げる。
「知ってるのか?」
「いや、知らない。ありがとう」
「どういたしまして」
じゃあね、また明日。熟れた挨拶を交わして、席に戻る。不自然にならないように気をつけていても、足取りは急いた。鞄を掴んだ氷川は、まっすぐ部活棟へと足を向けた。
ワンゲル部の活動は、他の運動部とは異なり毎日はないらしい。各自の体力作りは自主鍛錬で、活動日は文化部同様、週二日。内容は勉強と研究だそうだ。だから今日はワンゲル部は活動しておらず、部室は内緒話には適しているはず。いなかったら別の所を探してみるとして――頭の中でそこまで組み立ててから、ふと、何をしているんだろうと考える。別に、どうでもいい相手だったはずなのに、どうして心配して探しに行こうとしているんだろう。横峰は氷川よりは十センチくらい背が高く、体格もしっかりしていて、運動能力も優れている。助けが必要とも思えない。そう考えながらも、氷川の足は止まらなかった。あの雰囲気と似たものを、氷川はよく知っていた。
一階まで降りて、最短ルートで部活棟に乗り込む。どの部にも所属していない氷川には二度目の訪問だ。記憶を頼りに階段を上がり、扉の上の室名札で目当ての場所に間違いないことを確かめてから、ノックもせずに取っ手に手をかけた。鍵が掛かっているのではとの懸念は外れ、木の戸はなんの抵抗もなく動く。その感触を確かめて、ほんの数センチだけ戸を開いた。
「――あのさ、どういうつもりだって聞いてんの」
刺々しい声が聞こえて、身を竦ませる。壁際に隠れた氷川は、静かにスマートフォンを取り出した。最近の携帯電話は有能だ。コンパクトデジタルカメラや、ICレコーダー程度なら、これ一台で代用できる。シャッター音を消す追加機能を使って室内の写真を何枚か収めたあと、録音機能を起動させた。
「どういうも何も、お話しした通りです。僕らの代では、問題となり得る方法での資金調達は行ないません」
きっぱりとした口調で返答したのは横峰だ。その返答に苛立ったのか、こつこつと音がする。おそらく机を爪か何かで叩く音だ。
「何いい子ぶっちゃってんの」
「怖じ気づいたの間違いじゃない?」
からかうように言ったのが、横峰を呼びに来た、前部長という男の声だろう。先程撮影できた写真からすると、室内にいるのは横峰を含めて四人。言葉遣いから察するに、全員が高等科二年生か三年生だ。つまりこれは例の、ワンゲル部の資金調達事情を知っている者たちの集まりということになる。それも、おそらくは一方的にその手段の廃止を決めたのだろう横峰を糾弾する場、というところか。引退済みの三年生は部の懐事情に頭を悩ませる必要はないはずだから、二年生も含まれている可能性が高い。いや、でも、それなら前部長が呼びに来たことがおかしい。
氷川の思考を余所に、話し合いは続いていく。
「困るんだよね、勝手にやめるとか言われても」
「先輩方には関係のない話でしょう」
「自分がいた部が、資金繰りに困って活動できなくなるなんて嫌だと思うのは当たり前でしょ」
「活動費は部内外からの寄付と、部員からの徴収でまかなえます」
「それができなかったから、ああいうことをしてたんだけど?」
「そうそう、真っ当にやって足りるなら、わざわざ危ない橋を渡ったりしないよ」
「そうやって稼ぐのが常態化していたから、寄付の呼びかけもしなくなったんですよね」
「は? してたっつうの」
「自腹を切るより、寄付を募るより、女性から巻き上げる方が楽ですもんね」
ばつの悪そうな反論に被せるように、横峰が冷めた声で告げる。氷川自身が以前、横峰に言ったのと似たような台詞に、羞恥で頬が熱を持った。自分が他人を追い詰めるために使った言葉を、当事者の口から聞かされるのはこんなに恥ずかしいものなのかと悶絶したくなる。だが、現実はそんな猶予を与えてはくれない。横峰の声に重なるように、がたんと何かを蹴るような音がした。ここで怒るのは、図星を指された証拠だ。
「現状の我が部ではそのような手段は不要だと判断し、廃止を決めました。先輩方には事後報告となりましたが、問題ありませんよね」
「だから問題あるって言ってんじゃん」
畳み掛けるような横峰の言葉に、間髪入れずに反駁がなされる。だが論理立てられておらず、むしろ内容が無も同然だ。あからさまな暴力の気配もないし、これなら急いで駆け付ける必要もなかったかと、氷川は安堵の溜息をもらした。
呼び出しの時の雰囲気が、リンチの時のそれに近かった。見せしめか、手遊びか、それ以外の理由があるのかはどうでもいい。ただ、そうと察して放置するのは気分が悪い。それだけの理由でここまで来たが、杞憂だったかもしれない。この様子なら、横峰ひとりで解決できそうだ。そんな風に油断して、咄嗟の判断が遅れた。
「舐めてんじゃねえよ。さんざっぱら恩恵に預かっといて、いざ責任取る立場になったら怖くて逃げるだあ? そうそう都合良くはいかねえんだよ」
何かを蹴る音がして、硬い物が倒れる音が聞こえた。椅子か机だろう。これはやばいかもしれない。暴行の成立要件を考えながら、戸を開け放つタイミングを考える。
「……俺が知らないと思ってるんですか?」
「何が? お金の稼ぎ方ならちゃんと教えてあげたでしょ」
「先輩方が着服してたことくらい、調べれば簡単に分かりましたよ。詰めが甘いですね」
「てめえ……!」
三下丸出しの激昂した声に続いて、柔らかい物と硬い物がぶつかる音と、横峰のうめき声が聞こえた。速やかにスマートフォンを撮影モードに切り替え、戸をスライドさせる。撮影しながら見遣った室内の様子は、先程とは一変していた。乱れた室内。床に引き倒された横峰と、彼の腿に足を載せた男。ネクタイの色から、最上級生だと分かる。
「失礼します、横峰くんに用事があるんですけど……何してるんですか?」
氷川の言葉に我に還ったのか、横峰を踏んでいた男が足を下ろす。横峰が顔をしかめて上体を起こした。そんな後輩の様子に頓着せずに、横峰を踏んでいた男は困ったように笑って、首を傾げる。
「何って、プロレスごっこ?」
「ちょっと、セックスみたいな表現しないで。っていうか、君、誰? うちの部の子じゃないよね。部外者ならノックして、返事を待ってから開けなきゃ駄目だよ」
横峰を呼びに来た、前部長だという男が呆れた声で言ってくる。彼は行儀良く椅子に座ったままだが、椅子が二脚、机が一台倒れている状況では違和感しか覚えない。
「はあ、ご忠告痛み入ります」
「それから、勝手に他人を撮影するのも良くないね。君だっていじめと勘違いされるような写真は撮られたくないだろう?」
「そうですね、気をつけます」
答えて、スマートフォンを胸ポケットに収める。残念ながら撮影しているのは写真ではなく動画なので、画面は真っ暗でも音声は残るはずだ。
「大きな声と物音がしたんで、びっくりして開けちゃいました。遊んでただけだったんですね、すみません」
焦燥と申し訳なさを取り繕って頭を下げる。横峰を含めた四人全員が探るような視線を寄越すのを無視して、言葉を繋いだ。
「ところで、横峰くんに用があるんです。お借りしてもいいでしょうか」
「話し合い中だ。出直してくれ」
「え、だって遊んでたんですよね? プロレスごっこしてたんですよね?」
訝しげに首を傾げ、目をまたたいて訊ねると、横峰の腿を踏みつけていた男が表情を引きつらせた。正直なことを言えばとても怖いが、このまま見過ごすのは嫌だった。邪気のなさそうな素振りで、強引に流れを持っていこうと試みる。虚勢が通用しているかはともかく。
最上級生三人を順に見て、氷川は深刻そうに眉を寄せた。
「あの、内密で、緊急の用事なんです。二時間……いや、一時間でいいんです。横峰くんとふたりで話をしたいんです」
できるだけ懇願しているように見えるように気をつけて、氷川は前部長をじっと見つめた。値踏みするような視線が不愉快だが、ここで目をそらしたら負けな気がする。
まあ、平和でいいか。梅雨が明けてからりと晴れた空を見上げ、そう結論づける。空も心も人間関係も、荒れているよりは凪いでいるほうがいい。とはいえ、そう考えてしまうことこそが、嵐の前兆という場合もあるのだが。
「横峰いるか」
ノックもなしにがらりと扉を開けた人物がそう声をかけてきたのは、夏期休暇二週目の半ば、講習が終わった昼過ぎだった。
だらしなく緩めたネクタイの色で、最上級生だと分かる。その人物を見た横峰が、びくりと肩を強張らせた。僅かに歪んだ顔を見れば、会いたくない相手だとすぐに分かる。
横峰は無言で立ち上がると、鞄を掴んで戸口へ向かった。
「どうも、ご無沙汰してます」
「ちょっと話があるんだけど、今いいよね」
有無を言わさぬ口調で、先輩らしき人物が横峰の腕を掴む。横峰が眉をひそめた。
「分かりました」
「じゃあ、こっち」
ぐいと腕を引き、歩き始める人物に引かれて、横峰ものろのろと足を進める。無造作に引かれた扉が、たて枠にぶつかって一度跳ねたあと、ゆるやかに閉じた。
何人かの生徒が詰めていた息を吐き、ざわめきが戻る。その変化で、先程のやりとりの間中、教室内が妙に静まっていたのに気付いた。嫌な緊張感だったなと腕をさすり、氷川は帰り支度をしている級友のひとりに歩み寄った。
「文月くん、さっきの……」
「さっきの?」
いきなり声をかけられて驚いたのか、文月が目をまたたいた。見上げる瞳が、僅かに細められる。
「横峰くんを呼びに来た人、知ってる?」
「気になるのか」
意外そうに反問され、氷川は返事に詰まった。気にはなる。だが、ともすれば興味本位の好奇心と受け取られても仕方がないのも分かっていた。文月ならばそうした余計なフィルターなしで話してくれないかと思ったが、難しかっただろうか。
黙り込んだ氷川を見ていた文月が、諦めたように表情を和らげた。
「ワンゲル部の、前の部長だ」
我知らず、息を呑んだ。動揺した氷川に、文月が不可解そうに首を傾げる。
「知ってるのか?」
「いや、知らない。ありがとう」
「どういたしまして」
じゃあね、また明日。熟れた挨拶を交わして、席に戻る。不自然にならないように気をつけていても、足取りは急いた。鞄を掴んだ氷川は、まっすぐ部活棟へと足を向けた。
ワンゲル部の活動は、他の運動部とは異なり毎日はないらしい。各自の体力作りは自主鍛錬で、活動日は文化部同様、週二日。内容は勉強と研究だそうだ。だから今日はワンゲル部は活動しておらず、部室は内緒話には適しているはず。いなかったら別の所を探してみるとして――頭の中でそこまで組み立ててから、ふと、何をしているんだろうと考える。別に、どうでもいい相手だったはずなのに、どうして心配して探しに行こうとしているんだろう。横峰は氷川よりは十センチくらい背が高く、体格もしっかりしていて、運動能力も優れている。助けが必要とも思えない。そう考えながらも、氷川の足は止まらなかった。あの雰囲気と似たものを、氷川はよく知っていた。
一階まで降りて、最短ルートで部活棟に乗り込む。どの部にも所属していない氷川には二度目の訪問だ。記憶を頼りに階段を上がり、扉の上の室名札で目当ての場所に間違いないことを確かめてから、ノックもせずに取っ手に手をかけた。鍵が掛かっているのではとの懸念は外れ、木の戸はなんの抵抗もなく動く。その感触を確かめて、ほんの数センチだけ戸を開いた。
「――あのさ、どういうつもりだって聞いてんの」
刺々しい声が聞こえて、身を竦ませる。壁際に隠れた氷川は、静かにスマートフォンを取り出した。最近の携帯電話は有能だ。コンパクトデジタルカメラや、ICレコーダー程度なら、これ一台で代用できる。シャッター音を消す追加機能を使って室内の写真を何枚か収めたあと、録音機能を起動させた。
「どういうも何も、お話しした通りです。僕らの代では、問題となり得る方法での資金調達は行ないません」
きっぱりとした口調で返答したのは横峰だ。その返答に苛立ったのか、こつこつと音がする。おそらく机を爪か何かで叩く音だ。
「何いい子ぶっちゃってんの」
「怖じ気づいたの間違いじゃない?」
からかうように言ったのが、横峰を呼びに来た、前部長という男の声だろう。先程撮影できた写真からすると、室内にいるのは横峰を含めて四人。言葉遣いから察するに、全員が高等科二年生か三年生だ。つまりこれは例の、ワンゲル部の資金調達事情を知っている者たちの集まりということになる。それも、おそらくは一方的にその手段の廃止を決めたのだろう横峰を糾弾する場、というところか。引退済みの三年生は部の懐事情に頭を悩ませる必要はないはずだから、二年生も含まれている可能性が高い。いや、でも、それなら前部長が呼びに来たことがおかしい。
氷川の思考を余所に、話し合いは続いていく。
「困るんだよね、勝手にやめるとか言われても」
「先輩方には関係のない話でしょう」
「自分がいた部が、資金繰りに困って活動できなくなるなんて嫌だと思うのは当たり前でしょ」
「活動費は部内外からの寄付と、部員からの徴収でまかなえます」
「それができなかったから、ああいうことをしてたんだけど?」
「そうそう、真っ当にやって足りるなら、わざわざ危ない橋を渡ったりしないよ」
「そうやって稼ぐのが常態化していたから、寄付の呼びかけもしなくなったんですよね」
「は? してたっつうの」
「自腹を切るより、寄付を募るより、女性から巻き上げる方が楽ですもんね」
ばつの悪そうな反論に被せるように、横峰が冷めた声で告げる。氷川自身が以前、横峰に言ったのと似たような台詞に、羞恥で頬が熱を持った。自分が他人を追い詰めるために使った言葉を、当事者の口から聞かされるのはこんなに恥ずかしいものなのかと悶絶したくなる。だが、現実はそんな猶予を与えてはくれない。横峰の声に重なるように、がたんと何かを蹴るような音がした。ここで怒るのは、図星を指された証拠だ。
「現状の我が部ではそのような手段は不要だと判断し、廃止を決めました。先輩方には事後報告となりましたが、問題ありませんよね」
「だから問題あるって言ってんじゃん」
畳み掛けるような横峰の言葉に、間髪入れずに反駁がなされる。だが論理立てられておらず、むしろ内容が無も同然だ。あからさまな暴力の気配もないし、これなら急いで駆け付ける必要もなかったかと、氷川は安堵の溜息をもらした。
呼び出しの時の雰囲気が、リンチの時のそれに近かった。見せしめか、手遊びか、それ以外の理由があるのかはどうでもいい。ただ、そうと察して放置するのは気分が悪い。それだけの理由でここまで来たが、杞憂だったかもしれない。この様子なら、横峰ひとりで解決できそうだ。そんな風に油断して、咄嗟の判断が遅れた。
「舐めてんじゃねえよ。さんざっぱら恩恵に預かっといて、いざ責任取る立場になったら怖くて逃げるだあ? そうそう都合良くはいかねえんだよ」
何かを蹴る音がして、硬い物が倒れる音が聞こえた。椅子か机だろう。これはやばいかもしれない。暴行の成立要件を考えながら、戸を開け放つタイミングを考える。
「……俺が知らないと思ってるんですか?」
「何が? お金の稼ぎ方ならちゃんと教えてあげたでしょ」
「先輩方が着服してたことくらい、調べれば簡単に分かりましたよ。詰めが甘いですね」
「てめえ……!」
三下丸出しの激昂した声に続いて、柔らかい物と硬い物がぶつかる音と、横峰のうめき声が聞こえた。速やかにスマートフォンを撮影モードに切り替え、戸をスライドさせる。撮影しながら見遣った室内の様子は、先程とは一変していた。乱れた室内。床に引き倒された横峰と、彼の腿に足を載せた男。ネクタイの色から、最上級生だと分かる。
「失礼します、横峰くんに用事があるんですけど……何してるんですか?」
氷川の言葉に我に還ったのか、横峰を踏んでいた男が足を下ろす。横峰が顔をしかめて上体を起こした。そんな後輩の様子に頓着せずに、横峰を踏んでいた男は困ったように笑って、首を傾げる。
「何って、プロレスごっこ?」
「ちょっと、セックスみたいな表現しないで。っていうか、君、誰? うちの部の子じゃないよね。部外者ならノックして、返事を待ってから開けなきゃ駄目だよ」
横峰を呼びに来た、前部長だという男が呆れた声で言ってくる。彼は行儀良く椅子に座ったままだが、椅子が二脚、机が一台倒れている状況では違和感しか覚えない。
「はあ、ご忠告痛み入ります」
「それから、勝手に他人を撮影するのも良くないね。君だっていじめと勘違いされるような写真は撮られたくないだろう?」
「そうですね、気をつけます」
答えて、スマートフォンを胸ポケットに収める。残念ながら撮影しているのは写真ではなく動画なので、画面は真っ暗でも音声は残るはずだ。
「大きな声と物音がしたんで、びっくりして開けちゃいました。遊んでただけだったんですね、すみません」
焦燥と申し訳なさを取り繕って頭を下げる。横峰を含めた四人全員が探るような視線を寄越すのを無視して、言葉を繋いだ。
「ところで、横峰くんに用があるんです。お借りしてもいいでしょうか」
「話し合い中だ。出直してくれ」
「え、だって遊んでたんですよね? プロレスごっこしてたんですよね?」
訝しげに首を傾げ、目をまたたいて訊ねると、横峰の腿を踏みつけていた男が表情を引きつらせた。正直なことを言えばとても怖いが、このまま見過ごすのは嫌だった。邪気のなさそうな素振りで、強引に流れを持っていこうと試みる。虚勢が通用しているかはともかく。
最上級生三人を順に見て、氷川は深刻そうに眉を寄せた。
「あの、内密で、緊急の用事なんです。二時間……いや、一時間でいいんです。横峰くんとふたりで話をしたいんです」
できるだけ懇願しているように見えるように気をつけて、氷川は前部長をじっと見つめた。値踏みするような視線が不愉快だが、ここで目をそらしたら負けな気がする。
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