嘘の多い異邦人と面倒見の良い諦観者たち

村川

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九月

修学旅行 14:帰宿(3)

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「はい。質問があります」
「なんでしょう向井さん」
 反射のように夏木が向井の発言を許可する。向井は座ったままで、上げていた手を下ろした。
「修学旅行中の夜間外出は、絶対に禁止ですか?」
「原則禁止です」
「原則ということは、例外もありますか?」
「やむを得ない事情があれば許可されます。また、正当な理由があれば、考慮される場合もあるでしょうね」
 たとえ問題を起こした人物であっても、部外者に対しては夏木も言葉遣いが改まる。向井がぐるりと視線を巡らせ、指を立てた。
「それでは、ボランティア活動だったということにはできませんか? 募金もしてもらいましたよ」
「向井さん、募金って……」
 橘が反論しようとするのを留めて、向井は夏木に話を続ける。
「路上で演奏すれば、心ある聴衆はその演奏に見合った対価を払おうとします。そうして預かったお金を全額、東日本大震災の義援金として寄付しましょう。もともと、経費を抜いた分は寄付する予定でしたけど、全額、寄付します。ですから、祐也の行動はボランティア活動として事前に許可されていたものということにしてくださいませんか?」
「……書類を偽造しろと? 目こぼしするより大事おおごとですよ」
「いえ、先生、生徒会活動の一環っていう名目にすれば、顧問の須田先生と俺のサインで大丈夫です。生徒会の活動なら融通が利きますし」
 思索げに黙り込んでいた野分が、眦を吊り上げた夏木に言う。そういうものなのか、と氷川は野分を見遣った。彼は氷川には視線を向けない。騒動になった端緒としては、注目されないのは気楽でありがたい。
「夜間である必要性としては……集客でどうでしょう。平日ですし夜のほうが人が集まります」
 向井が軌道を修正する。夏木が顎を撫でた。よく見ると少しひげが見える。夏木はそうだなと相槌を打って、ゆっくりと話す。考えながら喋っているのだろう。
「向井さんが保護者として同伴したことにするとして……経歴書と身分証明書のコピーを提出してもらえますか? それを根拠に依頼状を作れば、監督者の不在もクリアできますし」
 夏木と向井が解決案をディスカッションする。大筋がまとまり、向井がコピーを取りに中座した。思い出したように、夏木が氷川に視線を向ける。
「それで、氷川はなんのために着いて行ったの? 橘と一緒に音楽活動してるの?」
「いいえ、俺は……夕食後にふらふらしてたら誘われまして」
「ああ、そういえば途中で抜けたって言ってたな。一言言ってからにして欲しかったけど、まあ分かった」
 こんなに長く中座するつもりはなかったと言っても仕方がない。橘の誘いに乗ったのは氷川自身なので、神妙に頷いた。
「俺はボランティアって名目は使えませんよね? でも、文月くんたちに口止めするのは、無理ではないですけど、できれば避けたいんですが」
 おそらく、あの三人ならば黙っててくれと言えばそうしてくれるだろう。だが好意を当てにするのは、浅ましくて嫌だった。
 野分が腕を組んで首を捻る。
「外出許可は事前申請が必要だし、今回の場合、氷川も一緒に行く理由がない。そもそもなんで一緒に行ったんだ? 外出しちゃ駄目なのは知ってただろ。橘も、一般性とを簡単に誘うなよ」
 野分が思い出したように、橘と氷川に問いかける。氷川は橘と目を合わせた後、頬を撫でた。
「夕食の余興で隠し芸をやらされて……気分転換にフロアを散歩してたら橘くんに会って、誘われたんだよね。外出ちゃ駄目なのは知ってたけど、それを押しても出たい気分だったというか……」
「一体なにをやらかしたんだ」
 野分が訝しげに眉をひそめる。夏木が喉の奥で挽き潰したような笑みを漏らした。
「一曲、いや二曲、歌い上げただけだよ。アンコールが来るくらい良い出来の歌をね」
「歌上手かったのか?」
「かなり」
 そう答えたのは橘で、氷川は居心地悪く座り直した。ふうん、と野分が頷く。
「なら、最初から一緒に行く予定だったことにするか?」
「その場合、橘はいつどこで氷川が歌えるって知ったんだ? 芸術科目は書道で、音楽系のクラブにも属していない」
 夏木が呆れたように言う。その通り、氷川は学内で歌唱を披露するような機会は持たないように心がけてきた。隠し芸大会が例外だ。そんなものがあると知っていたら、風船アートの練習でもしておいたのにと、未だもって恨めしい気持ちになる。橘がこともなげに提案した。
「カラオケ行ったことにしちゃえばいいんじゃないですか。プライベートでどんな交流があるかなんて誰にも報告する義務はないですし」
 実のところその設定には大変無理があるのだが、橘と氷川以外は特に疑問に思わなかったらしい。そういう方向で話が進み、夏木の持ち物から出てきたレポート用紙で、日付を偽装した申請書類と許可書類の下地が出来上がった。専用の用紙を用いなくとも構わないのかとか、私文書偽造罪が適用されないかとか、色々と不安だ。
 作業途中で戻ってきた向井が、これまたレポート用紙に書き上げた経歴書を、運転免許証のコピーと共に野分に渡す。必要な書類一式が揃ったらしい。
 顧問の印鑑部分が空いた書類を覗き込んで、氷川は眉を寄せた。
「当たり前みたいに書類偽造しちゃったけど、須田先生にはどう説明するの?」
「俺が泥被ってやるよ。預かったまま提出忘れてました、ってな」
「え、でもそれしたら許可下りないでしょ」
 筒状にした書類で左のてのひらを叩いている野分を見ると、彼は苦笑した。
「超法規的措置、的な? だって今日しかできないんだぞ。それを俺のうっかりミスで潰すなんて申し訳ないことできないし、須田先生だって事情を説明したら分かってくれるに違いない……っていうていでいく」
「本当にごめんなさい」
「申し訳ありませんでした」
「祐也を守ってくれてありがとうございます」
 橘、氷川、向井が順に謝罪と礼を口にして頭を下げる。後頭部に重みが掛かった。
「謝るよりもお礼くらい言ってくれよ。ない知恵絞って不正やらかした上に、泥まで被る見返りくらいあってもいいだろ」
「うん、ありがとう、野分くん。夏木先生も、向井さんも、ありがとうございます」
「ありがとうございます」
 橘が小学生みたいに復誦する。笑う気配を落として、野分の手が離れた。姿勢を戻すと、野分は氷川と橘の額を順に叩いた。
「とりあえず、おまえらは人に心配させた自覚を持て。明日の朝までに反省文三枚な」
「え」
「口答えする毎に一枚増やすよ」
 間抜けな声を上げた橘に、夏木が微笑む。彼らが見た目よりもずっと怒っているのだと察して、氷川は項垂れた。
「すみませんでした。書かせていただきます」
「よし」
 満足げに言って、野分が立ち上がった。
「じゃあ俺は須田先生に叱られてきます。向井さん、申し訳ありませんがもうしばらくお付き合いください」
「分かりました。夏木先生、野分くん、この度は大変ご迷惑をおかけしました。俺の軽率な行動でご迷惑をおかけしたしたこと、改めてお詫び申し上げます」
 向井が神妙に頭を下げる。野分が軽い仕草で手を振った。
「いえいえ、悪いのは浅慮な橘と止めなかった氷川なんで、お気になさらず」
 橘と氷川にとどめを刺して、軽い足取りで部屋から出て行った。それを見送って、夏木が頬を撫でる。
「地味に怒ってるな……」
「先生も怒ってますよね」
「まあな。ただ、規則を破る生徒も、無茶をする生徒も毎年いるし、その中じゃ君たちはマシなほうだってだけ。さ、野分が帰ってくるまでに反省文書いとけ。片付いたらこの部屋のバスルーム貸してやるから」
 夏木の台詞に、橘が声を上げた。
「そうだ、氷川くんに銭湯奢るって言ったのに忘れてた」
「今更?」
 思わず半眼で聞き返した氷川から、橘が首筋を撫でて視線をそらした。
「すっかり忘れてた……大浴場……」
「そういえば先生はお風呂はまだなんですか?」
「入ってる時間があったと思うか?」
 愕然としている橘を余所に、夏木に問いかける。彼は顔をしかめた。恨めしそうに見るのをやめて欲しい。各方面に色々と迷惑をかけているのを実感して、氷川は肩を縮こまらせた。その膝の上に、原稿用紙が三枚乗せられる。
「そこの机で書いてろ。俺も仕事するんで、向井さんは適当にしててください」
 氷川と橘に指示したあと、夏木も作業の支度を始める。教員はやることが沢山あって大変だ。氷川は大人しく椅子を備え付けの机の前に運んだ。橘もすぐ隣のスペースに原稿用紙を広げる。夏木から筆記用具を借りて、反省文を書き始めた。
 三十分後、須田に絞られた野分が疲れた表情で許可書類を持って戻ってきて、向井は謝りながら帰って行った。氷川と橘はまだ反省文を書き終えておらず、野分に更に一発ずつ額を叩かれた。

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