嘘の多い異邦人と面倒見の良い諦観者たち

村川

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十月

消えた絵画 9

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 昼食時の学生食堂はいつでも混雑している。中等科と高等科の生徒と教師が一時いちどきに食事を摂るのだから当然で、それを避けたい人間は上手く午前中のうちに購買で食事を調達したり、寮の食堂に逃げ込んだりする。学生寮の食堂は平日の昼間は営業していないが、申し込めば厨房を使うことができる。だからといって一時間半もない昼休憩に、わざわざ料理をする生徒などいないと思っていたが、どうやら考え違いだったらしい。
「お待たせしました」
 そう言って、神森がカウンターに皿を並べる。フェットチーネ・アルフレッドと、セロリと人参とスモークサーモンをトッピングしたシーザーサラダ、透き通ったオニオンコンソメスープだ。
「美味しそう」
「いつ見ても凄えな。魔法使いか手品師みたいだわ」
 歓声を上げたのは橘で、料理人の手際を賞賛したのが野分だ。その二人の隣で、氷川は目を見張るばかりだ。
 料理が得意な神森は、週に何度か寮の食堂で昼食を自炊するそうだ。予定が合えば、生徒会役員や、神森の友人などの面子で昼食会が開かれる。今日は氷川も生徒会役員の昼食に加えて貰った。一年生組は昼休憩にも学祭の準備をするそうで、平沢と山井は不在だ。カウンターを回り込んだ神森が、氷川の隣に腰掛ける。四人一列に座ったところで、両手を合せた橘がいたただきます、と言う。小学校の給食の時間のように、氷川たちも手を合せて唱和した。
「そうそう、学内新聞見た?」
 サラダをつつきながら、橘が誰にともなく問いかける。フェットチーネをフォークに巻き付けていた野分が、ああと頷いた。
「睡蓮の絵、返却せらるってやつか」
「あれ、もう記事になってるの? 新聞部って金曜締め切りだから間に合わないと思ったのに。戻ってきたの金曜日の放課後だって涌井くん言ってたよ」
 今日発行の新聞にもう載っているのかと驚嘆する。野分がこちらを見て、眉を上げた。
「むしろおまえはなんで知ってんだよ」
「ちょっと関わったから」
 端的に答えて、パスタを口に運ぶ。高カロリーのこってりしたソースが、授業で疲れた頭と身体に嬉しい。野分に言われて、丸山と大原、赤田にこの一件について聞かれていたのを思い出した。しかし、真相を話すわけにはいかない。岩根の名前を出してしまったから、上手い誤魔化し方を考えなければならない。
 さしあたっては神森と方針の擦り合わせをすべきだろうが、と横に視線を向ける。真剣な表情にぶつかって、料理の感想が口を衝いて出た。
「美味しいよ、神森くん凄いね」
「ありがとうございます」
「神森くんが放課後仕事しないでふらふらしてたのも関係あるんでしょ? 何してたの?」
 橘が不満そうに問い質す。氷川と神森は困ったように視線を合わせた。
「ええと……まあ、その、独自調査的な……」
「何それ。そんな面白そうなことで仕事サボったの? 神森くんが?」
 橘が驚きと呆れの混じった、尖った声で言う。睨み付ける先は神森だ。神森は橘を見返して、眉を寄せた。
「それは申し訳ありませんでした。あの睡蓮の絵には思い入れがありましたので、どうしても気になってしまいまして」
「まあ、神森がサボるなんてよっぽどだよな……それで、成果は上がったのか?」
 オニオンスープを飲んで、野分が訊ねる。神森は水を飲んで苦笑した。
「いいえ。誰がなんのために睡蓮の絵を持ち出し、また戻したのか、さっぱり分かりませんでした」
 神森は平然と嘘をついて、氷川に視線を向ける。彼は岩根を赦したのだろうか。何にしろ、岩根のことを漏らすつもりはないらしい。それならばと、氷川は首肯した。
「そうだね。残念ながら無駄足だった」
「そのわりにすっきりした顔だな」
 野分が面白がるように氷川と神森の顔を覗き込む。見透かされているかのような居心地の悪さを隠すように、唇の両端を持ち上げた。野分と橘を順に見て、目を細める。
「やるだけやったからじゃない?」
「そうか」
 野分も誤魔化されたのか、そのように振る舞うことにしたのか、軽く頷く。その隣で橘が子供のように頬を膨らませた。
「戻ってきたのは良かったし、神森くんと氷川くんは楽しかっただろうけど、俺らは大変だったんだよ。こうなったら、神森くんがいなかった穴埋め、氷川くんにもやってもらうからね」
「え、俺、生徒会の仕事なんて分かんないよ」
 定例の活動にしろ、文化祭実行委員会の手伝いにしろ、部外者の氷川にはさっぱりわからない。むしろいるだけ邪魔なレベルだろう。そう思ったのに、野分も悪くないなどと言い出した。
「書類の整理やコピーぐらいなら、何もわかってなくてもできるだろ。ちょうどいいから、手伝ってもらおうか」
「……本当に?」
「文化祭実行委員も死ぬほど忙しそうだからな、人手が増えて困る事なんてない」
 上機嫌に野分が言う。氷川は頬を引きつらせて神森を振り返った。彼は困ったような表情で氷川の視線を受け止めると、小さく首を傾げた。
「申し訳ありませんが、よろしくお願いします」
 ここに氷川の味方はいないらしい。肩を落として、嘆息した。
 文化祭まで、あと十日だ。

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