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文月凉太
生徒会長の依頼 1
しおりを挟む「相席いいか」
土曜日の夕方、文月と共に早めの夕食を摂っていると、そんな声がかけられた。顔を上げれば、卓を挟んだ向かいにトレイを手にした野分が立っている。
少し早い時間なのもあり、食堂の席には余裕がある。問題はないけれどと考えながら文月に視線を向ける。彼は氷川を見遣ってから頷いた。
「どうぞ」
「どうも」
軽い音を立てて、プラスチックのトレイが文月の向かいの席に下ろされる。椅子に掛けた野分は肩をすくめた。
「こうじめっとしてると気が滅入るよな。秋らしくからっと晴れればいいのに」
「時雨ってのも秋冬のものだよ。鬱陶しい気持ちはわかるけどね、髪がまとまらなくて困るし」
「よく聞くよな、それ。俺にはいまいち分からないが」
箸を進めながら文月が首を傾げる。さらりと流れる黒髪は癖のない真っ直ぐなものだ。氷川や野分の苦悩は分かるまい。
「文月くんもうねうねになって困れば良いのに」
「同感」
深く頷いて、野分が割り箸をぱきりと割った。定食の味噌汁をひとくち飲んで、静かに椀を置く。文月が箸を置いた。
「生まれつきのものは仕方ないだろうが。それで、何か話があるんだろ」
水を向けられた野分は、唇に笑みを掃いた。
考えてみれば、氷川は野分にはそれなりに親しくして貰っているが、野分と文月は特に親しい間柄でもないはずだ。それほど他者の人間関係を把握してはいないものの、折々に様子を見る限り、知人の範疇に感じられた。なるほど、単に一緒に食事をするためではなく、何か用向きがあってここに来たのかと納得した。
「察しが良くて助かる。例の件、再考して貰えないか頼みに来た」
「例の……部の件なら断ると言ったはずだが」
「そう言わずに、もう一回考えてくれないか。夏には助けてくれただろ」
明言しないまでも会話が通じる様子に、氷川は首を傾げた。察するに、野分は文月に何か頼みごとをして断られた経験があり、再度要請しているらしい。目の前で分からない話をしていると、どうにも落ち着かないものだ。氷川は会話の切れ目を狙って口を挟んだ。
「何の話、って聞いてもいい?」
できるだけ控えめにと気を遣いつつ直截に訊ねると、二人分の視線がこちらを向いた。野分の瞳は日本人らしくない淡褐色だが、文月は文月で濃い灰色に近い虹彩をしている。どちらも視線が強いので、氷川はたじろいで居住まいを正してしまった。
「ごめん、言いづらいなら聞かないけど」
「いや、同じテーブルにいるんだから気になって当たり前だ。悪い、そういえば氷川は知らないんだったな」
「そうだな、しつこく勧誘されたのは去年の話だったから」
野分が申し訳なさそうに眉尻を下げ、文月は思い出したように頷いた。どうやら、氷川が知らないだけで、野分が文月を何かに勧誘していたことは周知の事実だったらしい。無言で促すと、文月が眉をひそめて野分を睨んだ。説明を押し付けられた野分が苦笑し、お茶で唇を湿らせる。
「生徒会執行部が主体になってボランティア活動してるのは、氷川も出てくれたことがあるから知ってるよな。あれを執行部から切り離して、自主的な部活動の形にしたいと思ってるんだ。委員会を新設するのは難しいし、そうなれば義務になって趣旨に添わなくなるから、部活動が好ましいってのが今年と、去年の執行部役員の共通見解」
「ボランティア部、ってこと? 今の執行部でやってるのって、児童福祉施設と老人ホームと……」
「児童館と公民館のイベントの手伝いで、全部合わせて年十一回。でも児童福祉施設と高齢者福祉施設からは、できれば月に一回訪問してくれないかって要望を貰ってるんだ。それも、何年も前からな。執行部が主体になってやるには現状の規模と頻度が限界だけど、それ専門の組織があれば毎月か、隔月で訪問できるだろ。そのための部活を作りたい。名称は地域交流部とかのが適切かね」
手振りを交えながら野分はすらすらと説明する。成績順位こそ高くないが、やはり彼も頭がいい人なのだと、話を聞いていると感じる。きちんと整理されていて、耳で聞いているだけでも状況が把握できる。
「つまり、文月くんにその部長なり、発起人なりを頼みたい、って話なんだね」
訊ねると、野分が大きく頷いた。文月が顔をしかめて鯖の背骨を取り外した。
「来年は受験があるのに、今更そんな大仕事請け負えるか」
「去年も素っ気なく袖にしてくれたくせによく言うよ。来年いっぱい働けなんて言うわけ無いだろ、新年度までに基礎さえ固めてくれれば充分だ」
「引き受けたら、事あるごとに頼られるだろうが」
文月は嫌そうな表情でお新香をつまむ。野分が不服そうに文月を見つめた。会話のテンポが良く、案外、仲が良いのかもしれないと思い直す。少なくともある程度の人となりを知らなければ、こんなことを依頼したりもしないだろう。なんとなく疎外感を覚えて、氷川は溜息を飲み込み、箸を動かした。
「そうならないように後任を選定して、引継と資料制作と基盤作りをすればいい。今から準備すれば、頼られるのはせいぜい夏までで済む」
「半年か……長いな。しかも本当に片がつく保証もないときた」
「去年のうちに引き受けてくれれば、今頃は楽になってただろうな。で、どうよ」
「今の話の中に、返事が変わる要素があったか?」
手振りで促す野分に、文月が軽く首を横に振る。一顧だにしない態度はいっそ清々しいほどだ。だろうなと呟き、野分は氷川に視線を向けた。
「じゃあ氷川は?」
「俺、が何?」
唐突に矛先が向き、慌てて汁椀を置く。味噌汁の水面が嵐のように波打った。野分が楽しげに目を細める。
「氷川も意外と向いてるかなとは思ってるよ。文月ほど分かりやすく面倒見良いタイプじゃないけど、見た目より責任感もあるし親切だし真面目だし、書類仕事も上手いしな。渉外だってできなくはないだろ。うん、発起人は氷川でもいいな」
指折り数えて賞賛されて、頬が一気に熱を持つ。文月が乱暴に箸を置いた。
「こいつも外部受験組だぞ。半年経ったとはいえ転入生に何させようとしてるんだ」
庇うような文月の言葉を無視して、野分は静かに氷川に視線を注ぐ。外国人のような、ヘイゼルの完璧なアーモンドアイに見つめられると、腹の底までもを見透かされているような落ち着かない気分になった。
「老人福祉施設の訪問は、氷川には楽しい経験じゃあなかったよな、でも、求められてたことも分かるだろ?」
「そうだね」
怒鳴りつけられたけれど、それが例外であるのは理解している。児童福祉施設も、高齢者福祉施設も、スタッフも施設の利用者も、特別な技術も何もないただの高校生の訪問を歓迎してくれた。頷いた氷川に、野分が優しく微笑んだ。
「人間は人の役に立ちたいと思う生き物なんだよ、少なくとも進化した社会的な人間はな。氷川もそうだろ、助けられる相手は助けたいし、期待には応えたい、誰だってそう思う。それが自然だ。俺たち役員を助けて、施設の期待に応える力があるのに、それを無為にするのは勿体ないと思わない?」
野分の声は甘く優しく鼓膜をくすぐる。人をその気にさせるのが上手い人物だ。こんな風にそそのかされたら、うかうかと書類にサインしてしまいかねない。氷川は苦笑いを作って首を傾げた。
「力になりたいのは山々だけど、俺には荷が勝ちすぎてるよ」
「そうか? 適役だろ。この間の文化祭で結構顔も売れてるしな」
「即席のコピーバンドが?」
「それもある。あとは声かけた時の対応が優しくて丁寧でいいんだと。知らなかった?」
愉快そうに訊ねられても、心当たりはない。アンケートの集計はまだだが、評判になるほど集客があったとは思えないし、声を掛けられた回数もさして多くない。目で伺うと、文月が面白くなさそうに口を曲げた。知っていて黙っていたのか、今知って気分が悪いのかは読み取れないが、機嫌が良くないことだけは分かった。野分が喉の奥で笑みを漏らす。
「広告塔にも発起人にも適任だと思うし、自惚れてるようだけど俺は自分の見る目に自信があるんだ。氷川は人に親切な、公正な奴だよ。考えてみてくれないか」
「……でも」
「文月を説得してくれるんならそれでもいいし、他にもっと良い奴がいるってんなら推薦してくれれば検討する。一番いいのは文月と氷川が二人で引き受けてくれることだけどな」
それだけ言うと、野分は席を立った。騒がせて悪かったと付け加え、ろくに食べていない料理が載ったトレイを手に立ち上がる。場所を移るつもりらしい。その背中を見送って、氷川は隣の席に視線を流した。彼は疲れたように嘆息し、こめかみに手を当てる。
「話は食べ終わってからにしよう」
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