嘘の多い異邦人と面倒見の良い諦観者たち

村川

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文月凉太

文化祭 三日目 3

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 点火用のマッチと蝋燭を手に、目立ちにくく風を受けにくい場所まで移動する。人からの死角は、風も凪いでいるものらしい。蝋燭に火を移しながら、文月が小さく笑みを漏らした。
「人気者の友人を持つと気疲れするな」
「え、人気とかないけど、ごめん……?」
 文月が手にした蝋燭を傾ける。風除けの缶の中に、ぽたりぽたりと透き通った蝋が落ちた。数滴落とした所で、蝋燭をそっと立たせる。これで専用の器具がなくとも蝋燭が立つという。アウトドア系の知恵だ。
 ゆらゆらと揺れる炎が、下から文月の顔を照らす。不安定な光源は、表情を読み取りにくくする。氷川は手持ち花火を文月に手渡した。すすきと呼ばれる、火薬を紙で巻いた花火の余った紙縒りこよりを千切り取り、文月はそっと火を移した。吹き出す火の粉が周囲を明るく照らす。化学の実験のように色を変える炎を見ながら、文月がいや、と言葉を濁した。
「おまえのせいじゃない。ただ、まあ……友人の人気に嫉妬してるのか、人気のある友人に嫉妬してるのかが問題でな」
 炎が消える。用を為さなくなった棒きれを蝋燭の側に置いて、文月はルーティンワークめいた動作で次に火を付けた。氷川も思い出したように、花火に火を付ける。白、黄、緑、橙と色を変えながら火花がほとばしる。美しい光景だが、それを見る文月の表情は硬い。氷川は軽く眉を寄せて、火の消えた残骸を他の物と一緒に並べる。そして僅かに迷って、手にしたすすきを線香花火に持ち替えた。隣にしゃがんだ文月にも花火を渡してから、そっと紙縒りの先を火に近づける。火か移ると、火薬や紙が燃えながらゆっくりと丸まり、やがて控えめに火花を生み始める。次第に激しくなるスパークを横目に、文月も紙縒りを火にかざした。ぱちぱちと闇に散る火花に、氷川は目を細めた。
「それってどっちも同じじゃないの。それに、昨日の今日だからちょっと声かけてくれる人もいるけど、今だけだよ」
「同じじゃない」
 文月の手にした線香花火から、丸まったばかりの玉が落下した。咲き損ねた火薬が、土の上で燃え尽きる。釣られたように、氷川の線香花火も断末魔のような火の粉を散らしながら落ちる。もう少しで、完全に消えるまで保ったのに。
 視線を上げると、文月は次の花火を握りしめて顔をしかめていた。目をまたたいた氷川から目をそらし、ぐしゃりと前髪を掻き乱す。
「自分がこんなに心が狭いと思っていなかった」
「文月くん?」
「氷川」
 名前を呼んで、文月が線香花火を二本掴んだ。持ち手が潰れてしまったものを脇に置いて、一本を氷川に差し出す。そして端的に告げた。
「競争しよう」
 脈絡のない提案に、氷川は首を傾げる。線香花火で競争といえば、同時に火を付け、どちらが長く火を落とさずにいられるかを競うものだろう。幼い頃は家族や紗織とやったから、そこに疑問はない。ただ、嫉妬云々の話から何故そうなるのかが掴めない。
「いいけど、どうして?」
「おまえが勝ったら話す」
「文月くんが勝ったら?」
「ひとつ、頼みを聞いてくれ」
「そんなの、競争なんてしなくても聞くよ。まあ、でも、そう言うならやろうか」
 言いながら、紙縒りを軽くしごく。文月は火薬の上辺りをひねって、紙縒りをつまみ持った。
「じゃあ……」
 せいの、と文月の声を合図に、火を移す。炎がちろりと紙縒りの先をかすめて、火薬が燃え始める。火を噴きながら玉を造り、火花が散り始める。氷川のものよりも文月が手にした線香花火のほうが玉が小さく、火花の散り方が大人しい。ああこれは負けるなと、冷静に考える余裕があった。
 周囲を照らす火花が大人しくなり、途切れがちになり、火が絶える。数秒後、文月が手にした線香花火も消えた。
「……落とさなかったな」
「そうだね。でも、文月くんの勝ちかな。長持ちしたから」
 二本の紙縒りを既に消費した花火の燃え残りと一緒に置いてから、氷川は文月に向き直った。
「それで、頼みって?」
 問うと、彼は迷うように視線を巡らせる。目をそらしたまま、唇を震わせた。一度開き、ちらりと舐めて閉じる。それから深呼吸をして、低く告げた。
「教えてくれないか」
「……何を」
「俺は、おまえにとってどういう存在だ」
「どう、って」
 不明瞭な表現に、氷川は眉をひそめる。表情も見えない薄闇の中で、文月が苦しげに呼吸を繰り返す気配を感じる。しばし沈黙を挟んで紡がれた声は、呼気の多い掠れたものだった。
「特別な人間になりたいんだ」
 氷川は目を丸くして、口元を手で覆った。そんなもの、とっくに特別だ。けれど、昨日の今日でそんな風に言われるなんて、思ってもいなかった。
「特別、って」
「分かってるだろ。言わせるな」
 文月が片手を伸ばす。てのひらを上に氷川を待つ、その手を見つめて、氷川は息を呑んだ。
 文月の言う通り、意味合いなら察することが出来る。奇妙なほどに近い距離を、当たり前に受け入れている自分自身を含めて。だが、踏み止まる理性もまた、お互いに持ち合わせていると思っていた。この希求は正常ではないと、そう判断できる常識も。
 ええと、と視線をさまよわせ、逃げ道を探す。卑怯だと自覚していることはなんの免罪符にもならないが、雰囲気に流されるのは避けたかった。特別。その単語に逸る胸を抑えて、要点をずらす。
「さっきの人たちなら、別に、文月くんのほうがずっと大事だよ。俺はそこまで洋楽ファンでもないから、集まってくれるのも今だけでしょ」
「そのことじゃない。いや……それも少しはあるんだろうが」
 曖昧なことを言って、文月が首を撫でる。
 彼の頬が、火を移したように朱に染まっている。氷川の頬も、花火や蝋燭のせいではなく熱かった。今が夜で良かった。昼間ならば誤魔化しようがない。
「今日の……古川さんと言ったか。彼女を見ていたら、耐えられなくなった」
 文月が苦く告げた内容が意外で、氷川は眉をひそめて首を捻った。古川と文月は、初対面とは思えないほど親しげに話していて、むしろ氷川のほうが複雑な心境になったというのに。
「紗織ちゃんはただの幼馴染みだよ」
「そう思っているのはおまえだけ、あるいは当人達だけかもしれない」
「まさか、そんな……」
 突拍子のない文月の発言に、失笑が漏れる。紗織が氷川に特別な好意を寄せている可能性は皆無だ。お互いに姉弟のようなものなのだ。ましてや氷川の、あるいは古川の両親がそんなつもりでいるとは思えない。笑い飛ばした氷川にも、文月は真剣な表情を崩さない。
「納得いかないなら他の女性でもいい。おまえの隣に誰か可愛らしい女性が立つ未来を、俺は祝福できない。狭量さに自分でも呆れるが」
 潜めた声は炙られたように掠れていた。見つめる瞳が濡れて、蝋燭の光で揺らぐ。氷川は無意識に喉を鳴らした。
 耳が熱い。喉が苦しい。心臓が急ぎすぎて死にそうだ。こんなにも欲しいと、お互いにそう思っているのに、拒む理由がどこにあるのか。常識などという建前で、感情を殺すのか。悪魔のような囁きが、理性を溶かして、氷川の腕を持ち上げさせる。敗北を受け入れる勝負師のように、氷川は大きく息を吐き、文月の手に自分の指を重ねた。燃えるように熱いのは、炎や火花の熱気のせいではないだろう。
「そんなの、俺だって同じだよ」
 ほとんど声帯を使わない、喘ぐような声に、文月が目を見開いた。直後、ぐいと手を引かれて、倒れこんだ氷川を文月は抱き留めた。耳殻に震える吐息が触れる。
「悪い」
「うん」
「好きなんだ」
「うん」
「俺が、好きだろ」
「……うん」
 未来のない恋情は、人を不幸にしかしないだろう。それでも、この熱情と衝動に抗する力を氷川は持ち合わせていなかった。火薬の匂いが残るシャツに額をすりつけ、目を瞑った。文月の手が優しく背を撫でる。いつも氷川の背を押し、励まし、手を引いてくれた温かな体温。それに気付いた時、すべてが腑に落ちた。
 氷川はずっと文月に助けられてきた。何も持たず、誰も知らない世界で、最初の味方を人は盲信する。だからこれはインプリンティングのようなものだろうし、文月にとっても世話の焼ける同級生は珍しく、何か錯覚でも起こしたのかもしれない。だがそれがなんだというのか。感情なんて全ては錯覚と思い込みだし、不確実だからこそ人は心というものの扱いに躍起になる。きっかけがどうあれ氷川の身体も心も文月を求めている。それ以上に必要なものは何もない。
 花火と炎の作る光の影で、氷川は文月の耳元に唇を寄せた。
「部屋、行こう」
 囁くと、文月は喉を鳴らして頷いた。

 蝋燭や残った花火、燃え残ったゴミなどを始末して、寮に戻る。まだ皆後夜祭に参加しているのか、生徒の姿はほとんどない。氷川は少しだけ早足で、自室へ向かう。文月がついてきていることを確かめて、解錠した。部屋に入り、照明を灯す。ひとり部屋で良かったとここまで強く思ったのは初めてだ。
 背後で扉が閉じて、施錠の音がした。
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