嘘の多い異邦人と面倒見の良い諦観者たち

村川

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文月凉太

文化祭 三日目 2

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 氷川の父の車――シルバーのセダンに乗り込んで帰る人々を、車が見えなくなるまで見送ってから、氷川は大きく息を吐いた。時刻は十五時半。最終日は十六時までなので、あと三十分だ。
「レクサス?」
 隣に並んで見送っていた文月が、確かめるように問う。氷川は首肯した。
「そう。多いよね」
「ここでは、そうだな」
 駐車場に停まった車を見回して、文月が苦笑する。国内外の高級車のロゴマークが並ぶ駐車場は、車を走らせることはもちろん、歩くのにも気を遣う。あちらにメルセデスベンツ、こちらにBMW、ホンダNSX、日産GT-R、そしてレクサス、クラウン、レクサス、ランドクルーザー、レクサス、プリウス。トヨタ自動車の市場シェア率の高さを体感しつつ、二人は駐車場を離れた。
「レクサスいいよな。うちもレクサスが欲しいって、よく父さんが言ってる」
「うちの母さんは、買う前はプリウスでも充分でしょうって言ってたけど、買ったら絶賛してたよ。アフターケアがすっごくいいんだって」
「ああ、高級車のディーラーは接客凄いらしいな。まあ、でも、うちの父さんにはレクサスは似合わないな」
 校舎に戻るのを諦めて、庭園の中のベンチに空席を探す。木立に視界が遮られがちな中心部に、おあつらえ向きに空いた席があった。そこに並んで座って、暮れ方の秋空を見上げる。
「文月くんのお父さん、落ち着いた感じの人だったね。お母さんは格好良かった。うちの親が付き合わせてごめんなさいって、言っておいて」
「付き合わせたのはこっちも同じだろ。氷川のお父さんは真面目そうだったな……仕事が忙しいのか」
「そうだね。休日でもクライアントから呼ばれれば、仕事の相談でもプライベートの付き合いでも関係なく飛び出していくくらいには」
 文月のためらいがちの問いに、突き放すように答える。嫌味にならないように気を遣っても、声には少し、皮肉っぽさが滲んだ気がした。
「それは大変だな……氷川って、兄弟は?」
 どういう気の使い方なのか、文月が話を微妙にずらす。
「いないよ。ひとりっ子。文月くんは長男っぽいね」
「確かに長男ではある、けど、俺もひとりっ子だ」
「そうなの? 絶対弟さんか妹さんがいると思ってた」
 意外さを素直に告げると、文月は軽く眉を上げて、首を傾げた。
「そうか?」
「子供の扱い上手そうだから」
「ああ、それなら従妹がいる」
 軽い調子で告げた氷川に、文月は至極真面目な表情で答える。親戚付き合いの乏しい氷川には、フィクションでしか接する機会のない概念だ。
「イトコさん、女の子、男の子、幾つくらい?」
「小六の女の子。実家が近所だから、家にいた時とか、帰った時とかは遊んだりするな」
「そうなんだ。可愛い?」
「それなりに。でも、おまえの幼馴染みの、古川さん? 彼女のが可愛い」
 平然と言われて、氷川は頬を撫でた。確かに紗織は可愛い顔立ちをしている。若干、問題点もあるものの、性格だって明るくて元気で人好きする。だが、五つ年下の親戚と、同い年の女の子を比較するのはどうなのだろう。考えながら、氷川はええと、と言葉を選んだ。
「本人に言ってあげたら喜んだのに」
「ナンパしたいわけじゃない」
 からかう色を帯びた氷川の台詞に、文月が不服そうに反駁する。氷川は頬を緩めた。
「そっか、良かった」
 文月が弾かれたように氷川を振り向く。探るような眼差しに、笑顔のままで首をかしげた。文月がちらりと、舌を出さずに唇を舐める。
「それは、どういう……」
 問う声をかき消すように、校内放送が大音量で響き渡った。近くにスピーカーがあるのかもしれない。軽やかなジングルに続いて、実行委員会の生徒が来校者と生徒達に注意を促す。
 ――第五十一回如水学院善祥祭は、あと十分で閉会となります。お帰りの際はどなた様もお忘れ物のございませんよう、お気を付けください。なお、落とし物、お忘れ物は高等科一階にござます本部でお預かりいたしております。お心当たりの方はお早めにおいでくださいませ。
 はっとして口を閉じた文月が、放送が終わると同時にぐったりと上体を倒した。大きく息を吐く背中がまるで項垂れているようで、思わず慰めるように撫でてしまう。いつの間にか西の空から橙色が忍び寄りつつある。日が短くなってきたと、改めて実感した。
「そろそろ教室行く? 後夜祭始まるまでに片付け終わらないと、明日も片付けに出てこなきゃいけないんだよね」
 明日、明後日は文化祭の振替休日だが、原状回復が完了しない場合は休日返上で片付けることになる。十八時からの後夜祭までに片付けが終わらない可能性はあまり高くないが、準備にあまり参加できなかった氷川としては片付けくらい手伝いたい。促すと、彼は低く呻いてから身体を起こした。
「……行くか」
「うん」
 先に立ち上がった文月が、まるでエスコートするように手を差し出す。少しだけ迷って、氷川は手を重ねた。

 後夜祭は校庭で花火大会を開くのが、毎年恒例だという。花火師に依頼して打ち上げる他、手持ちの花火は二万本ほど用意した。この数字は実行委員会の準備に関わっていたお陰で覚えたものだ。卒業生や在校生の保護者、関連企業などからの寄付もあり、ちょっとした花火大会程度の華やかさがあるらしい。
 それでも、打ち上げ花火の四十や六十なんて、またたく間に消費してしまう。火薬と煙の匂いが漂う校庭を、氷川と文月は足早に歩いていた。実は先程から、昨日のステージを見た生徒に何度も話しかけられて、盛大に足止めを喰らい続けている。ディックとか、ギャラガーとか、親しげに話しかけて貰えるのは嬉しいが、打ち上げ花火が終わった現在、早く行かないと手持ちの花火もなくなってしまう。
「あ、昨日のオアシスの人!」
 数メートル横からそんな声が聞こえて、氷川と文月は顔を見合わせた。気付かなかった振りをして通りすぎるには、少し大きな声だった。文月が嘆息して、耳の辺りを掻く。
「先に行って、花火取ってくる」
「ごめん。お願いします」
 いい加減付き合いきれない、というほど非情な雰囲気ではない。どちらかといえば諦観の滲む様子で、文月が氷川を置いて手持ち花火の配布場所へ向かう。その背中を見送って、声をかけてきた生徒を視線で探した。ぱたぱたと駆け寄る複数の足音が、氷川のすぐ側で止まる。本当は氷川よりも橘や倉本のほうがステージ慣れしているし、戸田のほうが音楽的な話ができるのだが、どうしても中央に立つボーカルが一番目立つので、声をかけられやすい。九十年代のブリティッシュ・ロックについて熱く語る、その年代には生まれていたかも怪しい少年と適当に会話しつつ、氷川は溜息を飲み込んだ。ブリット・ポップについて熱弁されても、氷川は音楽そのものにそこまでの思い入れも、造詣の深さもないというのに。
 適当に相槌を打っていると、獲物を手にした文月が戻ってきた。
「あ、文月くんおかえり。まだ花火あったんだ、良かった」
 会話の合間にそう声をかけると、彼は頷いてから氷川の話し相手を見、それから背後を振り向いた。
「残り少なかったから、じきに終わるな」
「え、本当? ヤバい、行かなきゃ」
「俺ら行きますね、また!」
 文月の言葉を受けて、少年たちが弾かれたように配布場所へ走っていく。やっと解放されて、氷川は大きく息を吐いた。
「ありがとう」
「別に。端のほうへ行こう。おまえ目立つみたいだし」
 花火の袋を手渡しながら言う文月に、氷川は乾いた笑みをもらした。黒髪黒目で、身長は平均よりやや低めの自分に、目立つ要素がまるでないことはよくわかっていた。
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