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文月凉太
生徒会長の依頼 3
しおりを挟む野分――というよりも一年生執行部員の平沢と山井の仕事は完璧だった。週明けの月曜日の放課後に生徒会室を訪れると、来年度の部長と副部長候補だといって二人の高等科一年生を紹介された。二人とも確かに真面目そうで、面倒見が良さそうで、人当たりの良い生徒だった。組織のことに関しては、当面は四人で話し合って動くことになる。方針の確認から、生徒会からの仕事の引継についてなど、大きな事から細々としたことまで詰め終わる頃には、すっかり日が落ちて辺りは真っ暗になってしまっていた。
親睦のためにと揃って食事を済ませた後、思い出したように野分に呼び止められた。
「文月、氷川、今回は引き受けてくれて助かった。感謝してる」
既に人の少なくなった食堂の一角で、野分が丁寧に頭を下げる。氷川は慌てて姿勢を戻させた。
「俺も文月くんもそんなに真面目に世のため人のためってやることにしたわけじゃないし、野分くんに頭まで下げて貰うことじゃないよ」
「……謙虚だな」
「そういうことにして貰ってもいいけど……コーヒー一杯だけ付き合わない?」
そういえば彼に聞きたいことがあった。誘うと、野分は迷いもせずに頷いた。
「奢るよ。適当に座っててくれ」
「俺も行く。氷川は席を取っておいてくれ」
何を思ったか文月が同行に手を挙げる。席など確保する必要もないほど空いているので、野分と話でもあるのかもしれない。氷川は了承を示して、適当に卓を確保した。
文月がしかめ面で話しかけ、野分が笑顔で応じている。気易い様子を眺めて、氷川は息を吐いた。羨ましいと感じてしまうのは、浅ましいことだろうか。
ほどなく二人が戻ってくる。コーヒー三杯にしては大きなトレイを持っていると思ったら、デザートが載っていた。トレイをテーブルの中央におろし、文月が氷川の隣に座る。野分は向かい側に腰を下ろした。
「おかえり、ありがとう」
「コーヒーを紙コップにする代わりに、廃棄間近のデザートを貰ってきた。好きなのをどうぞ」
本来は食券式だというのにどんな抜け道を使ったのか、野分は自慢げに口角を上げる。使い捨てカップに入ったクリームブリュレが二つに、栗の渋皮煮が乗った抹茶色のモンブラン、南瓜のタルトに、アップルパイが二切れ。夕食をきちんと摂ったのに、こう並べられるとつい空腹を覚えてしまう。氷川は野分をちらりと伺い、卓上に視線を落とした。
「モンブランもらっていい?」
「もちろん、他は?」
「……じゃあ、残ったやつを、食べられそうだったら」
遠慮なくケーキとコーヒーを手元に取り、本来はテイクアウト用のプラスチックスプーンの包装を破る。
廃棄予定というが、これらは従業員が引き取っているらしい。だが、値段がつかない意味では確かにロス品ではあるので、言葉は廃棄という表現になる。そんなどうでもいいような雑談でコーヒーを半分に減らし、少々乾燥したモンブランを消費した。野分がクリームブリュレ、文月がアップルパイを引き取っていて、気を遣ってくれているのが一目瞭然で心苦しい。
「もうひとつは?」
「ここで南瓜のタルトをもらったら我儘が過ぎるかなって考えてるところ」
「面倒事を押し付けた詫びになるなら、いくらでも我儘くらい言って貰って構わないけど」
「それなら予算をもう少し融通しろ」
「散々断ってくれた奴にはそこまでしたくない」
文月の要請を、野分が軽く手を振って退ける。その点は元よりカツカツだったし、今後の活動状況次第で次年度以降に持ち越しだろう。
氷川はぬるいコーヒーをひとくち飲んで、カップを置いた。
「でもずっと文月くんを勧誘してたわけじゃないんだよね? 俺はこの間まで、そんな話があることも知らなかったし」
「ああ、押しても引いても駄目だったからな、もう諦めてた」
「それならどうして、今になってまた言ってきたんだ」
指先をペーパーで拭きながら、文月が野分に尋ねる。野分は軽く首を傾げ、氷川の前に南瓜のタルトを押した。
「先が見えたから、かね」
「どういう意味?」
タルトを前に視線だけで文月を確かめると、手振りで促された。いいというなら貰ってしまおうと、手元に引き寄せる。
「半年間仕事してきて、残りのもう半年で何ができるかってことだよ。文化祭は片付いたとはいえ、まだまだ仕事はあるけどな、学内だけでも予餞会に卒業式にクラスマッチに、年度が明けたら入学式に歓迎会、体育祭も待ってる。でもそういう行事ってルーティンなんだよ、無難にできりゃそれでいい。忙しいし楽じゃないけど、それだけだ。そうやってお定まりの行事だけこなして、懸案事項のリストを申し送りするのが仕事なんてつまんないだろ」
「苦労が好きなのか、変わってるな」
文月が呆れた表情でクリームブリュレのカップに手を伸ばす。野分が目を細めた。
「変態呼ばわりはするなよ、別に面倒な思いをしたいわけじゃない。後のことを考えてるだけだ。俺が残してやれることが何かあるのか、あるとすればそれは何か」
「そのひとつが、ボランティア活動の切り離しだったんだね」
「手を上げてくれる奴がいれば、だけどな。設立に携わってもいいって奴は多くない。形になった組織を引き受けるのと、基礎から作るのはわけが違う。おまえたちが受けてくれたのはラッキーだった」
「運だけか?」
「何度も言ってるだろ、感謝もしてるさ。でも、そっちはどうして引き受けてくれたんだ? それこそ苦労するのは目に見えてただろ」
野分は楽しげに訊き、ワックスペーパーで挟んだアップルパイをかじる。細かい破片が僅かにテーブルを汚した。文月が布巾を押し付け、端的に応じる。
「氷川がやるって言うから、付き合いで」
平淡な声の返答に、野分が大仰に目を見張った。
「え……ガチで骨抜きなの?」
「面倒見の良さが発揮されてるだけだよ……」
多分、という保険を飲み込み、氷川はゆるく首を横に振る。野分は引いた様子でもなく、しかし面白がるというには少々硬い表情で、ぎこちなくコーヒーを飲んだ。
「なら、氷川はどうして?」
「俺は……んー、苦労してみたかったら、かもね。義務ではないことを頑張るって経験をしとくのも悪くないでしょう」
しなくてもいいことに躍起になるのは、学生の特権だ。幸い、受験勉強に本腰を入れるまでにはまだ間がある。青いと笑われそうだが、要するにそういうことで、慈善ではなく自己満足だ。
「青春か」
「有り体に言えば。いや、もちろん、関わった以上はちゃんとやることはやるよ」
失笑した野分に、取り繕うように言葉を重ねる。彼は分かっていると鷹揚に応じた。
「ただ、ちょっと意外。そういうイメージじゃなかったし」
「だろうね」
実際、氷川はさして親切な人間でも、積極的な性格でもない。そんなことは見ていれば分かるはずなので、言われた所で今更堪えもしない。野分はコーヒーを飲み、首を傾けた。
「どういう風の吹き回しだ、と訊ねるのは失礼かな」
「別に、俺は気にしないけど。橘くんや野分くんに感化されたのかな」
いささか心配そうな文月を一瞥し、無難な部分を切り取って提示するに留める。野分はそれ以上追及することなく、ただ僅かに眉を寄せた。
「俺や、橘?」
「うん、あとは実行委員の人とか、まあ色々だよ」
戸田たちの音楽に対する熱心さ、岩根の絵画に向ける情熱、そして野分の後人に向けた信頼と確信に満ちた温かい眼差し。彼らに接して、熱意というものの持つ力を思い出した。氷川の情熱はずっと、消し去りたい記憶と共に胸の底に沈んでいたから、忘れていたのだ。何かに心を注ぐことが、浮き立つような喜びを伴うことを。この学校に放り込まれなければ、今も忘れたままでいただろう。
恐れることなく進もうと思えたのは、不格好な氷川を友人として迎え入れてくれた人々の――とりわけ、近くで面倒を見てくれた文月のお陰だった。言葉を飲み込み、テーブルの下で文月の手に触れる。彼は少し驚いたようにこちらに視線を向けた。野分が嘆息して、コーヒーを飲み干す。そして呻くように言った。
「色々、ね」
「うん。だから、俺も好きでやることにしたから、あんまり気にしなくていいから」
「そう言って貰えると気が楽だよ」
「だったら形で感謝を示してくれ」
「来年度の予算編成の時は考慮するよう進言するさ」
活動費を寄越せと繰り返した文月を簡単に躱して、野分はそろそろ、とテーブルを片付け始める。もう食堂が閉まる時刻だった。
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