嘘の多い異邦人と面倒見の良い諦観者たち

村川

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文月凉太

生徒会長の依頼 4

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 一人部屋に戻り、日課の課題に取りかかるか先に湯浴みを済ませるか考えていると、スマートフォンが電話の着信を報せた。画面を覗くと、つい先程まで一緒にいた人物の名が表示されている。何か忘れた事でもあっただろうかと考えながら、液晶に触れた。
「はい、氷川ですけど、どうかしたの、文月くん」
 送話口に控えめな声を落とす。耳に近づけた受話口からも、抑えた声が聞こえてきた。
『今日はろくに話せなかったから』
「それは文月くんが野分くんにばっかり喧嘩売ってたせいだよ……」
 皆仲良くしようなどと子供のようなことを言うつもりは無いし、空気が悪くなるようなものでもなかったが――端的に表現して、氷川はあまり楽しい気分ではなかった。声に滲ませた感情を敏感に読み取ったのか、文月が電話の向こうで小さく笑う。
『何、嫉妬?』
「知らない」
『悪かった、拗ねるな。あまり簡単にてのひらを返したと思われたくなくて、ついな』
 気に病んだ気配もなく、文月が軽く告げる。見栄は確かに必要だ。過度の虚飾は愚かしいが、多少の意地と見栄は立ち居振る舞いに自信を持たせる。つま先立ちで背伸びをし、無理をしてはじめて得られるものもある。つまるところポーズというもので、今回の場合にそれが必要だったかは氷川には判断が難しいが、文月の自尊心の保ち方に関して口を出すのも野暮だ。
 そう、とだけ相槌を打つ。文月はそうそう、と思い出したように言葉を繋いだ。
『恩を売っておくんじゃなかったのか?』
「んー、ありがとうとか言われると居心地悪くてね、向いてないなあって思っちゃって」
『やはり感謝されるのは苦手か』
「気付いてた?」
『だろうな、という程度には。謙虚なのは美徳ではあるが』
 半端に言葉を切って、文月が息を吐く。その先は言われなくても分かっていた。何度か言われた。正当な評価は素直に受け取れ。賞賛や謝意を固辞するな。だが氷川にはどうにも過分な評価に思えるし、感謝されるほどのことが出来ているとも思えない。
 謙遜も過ぎれば嫌味になるとも、何度も言われた。氷川自身、たとえば父に、公認会計士資格など一年も本気で勉強すれば取れるのだからさして難しいものでもないなど言われたら、誰もがあなたと同じ能力を有しているわけではないんですよと、腹膨るる心地になるだろう。
 それでもやはり今回の一件ばかりは居心地が悪くなってしまう。氷川はまだ仕事を引き受けただけだ。受けたからには努力するが、上手くいく保証はない。
「なんとかなってから、ありがとうって言って貰えたら、素直に受け取るように努力できるかもね」
『俺はその控えめな部分も嫌いじゃないが……損だぞ』
「性分だよ」
 咎めるというほど強い口調ではなく、柔らかくたしなめる文月に簡潔に答える。無論、性格というものもある程度は軌道修正できるとも知っている。自己暗示をかけて考え方を望む方向にねじ曲げていき、社会に適応した人格を作るのも、自然ではなくともよくあることだ。だがそうして上手く取り繕った所で、本質は易々とは変容しない。
 氷川の性質などとうに把握済みだろう文月は諦めたように、知ってる、と囁いた。


 物事はそうそう調子よく進みはしない。それは予想していたが、実感するとやはり気疲れしてしまうものだ。
「なかなか集まらないね」
 放課後、校内の食堂の一角で、集まった数枚の入部届を前に、氷川は溜息を吐いた。部活の最小構成人数である五人は即日集まったが、そこからの伸びが弱く、二週間ほど過ぎた現時点でもまだ十人ほどにしかなっていない。それも高等科二年生を含めてなので、来年度きちんと活動できる人数は五人もいない。それでもなんとか顧問と部室は調達したものの、中枢四人で部室でたむろするよりはお茶が出るほいがいいと、食堂に集まることが多かった。
「たまの参加なら良くても、組織に属して毎月となると二の足を踏むんだろう」
 枚数を数え、文月が冷めた声で評する。
「その気持ちは俺も分かるけどね……」
 部活動として切り離せば、今まで生徒会執行部が一手に引き受けていた運営部分も担うことになる。せいぜい月に二回、説明と当日に顔を出せば良いという状態ではなくなる。端的かつ悪意を持った表現をするならば、他者のお膳立てで手軽に慈善活動気分を味わうような、気軽で無責任な参加の仕方ではなくなる。自ら計画を立て、先方と相談し、他部と連携するための折衝などもしなければならなくなる。日々の忙しさや、引き受けるリスクや手間を考えれば、参加してもいいと名乗りを上げる者が少なくなってしまうのは仕方のないことだった。文月もそれらを勘案し、面倒だからの一言下に切り捨てていたのだから。
 楽ではないし、人も集まらない。それでも確かにこの改革は必要だったと、そう信じなければ早々に心が折れてしまう。実際問題として、生徒会室に保管されていた両福祉施設からの要請――非公式のお願いを見てしまえば、今やらなくても遠からず手を着けねばならないものだったと納得させられてしまったので、モチベーションだけは維持できていた。
「多分、地道な声掛けだけじゃ駄目なんだよね。もっと大きなマーケティングを考えないと」
「マーケティングですか」
 次期部長の清水が鸚鵡返しに繰り返す。氷川と文月の向かいに並んで座る下級生二人のうち、背丈のあるほうが清水で、その隣に座る小柄なほうが次期副部長の依田だ。二人とも内部進学の高等科一年D組で、生徒会執行部の面々とも中等科の頃から交流があるらしい。氷川自身、呼ばれてボランティアに参加した時に二人とも見た記憶がある。言葉遣いや物腰が丁寧で、感じの良い生徒たちだ。
「時間をとって紹介してとは言わないけど、きちんと全校生徒に告知して募集してもいいんじゃない? ここの生徒なら大抵ちゃんとしてるし」
「そう、ですね……一応は動かせそうですし。ですが告知と言っても、もちろんプリントを配るとか、校内放送で呼びかけるとかは可能ですけど、それで集まるかは未知数ですよ」
「同感です。組織が新しくなるってことは、今までの活動実績が頼りにならなくなるってことですからね、活動の方向性を鑑みると、それなりに熱意がないと参加まで踏み切らないでしょうし、その熱意がある人はもう入部してくれてるんじゃないでしょうか」
 口々に反論された氷川は、そっと笑ってコーヒーを飲んだ。清水と依田の意見も尤もだし、こうして忌憚なく意見を述べてくれるところが頼もしくて好ましい。しかし、否定ばかりでは話し合いにはならない。氷川はコーヒーマグを置いた。
「じゃあ、どうしたらいい部員が集まるかな?」
 努めて柔らかく誘導すると、二人は揃って口を閉じた。文月がゆっくりとお茶を飲む。彼は様子を見ることにしたらしい。次の声は第三の方角から落とされた。
「プレゼンテーションの助けが必要かな?」
 楽しそうな声に顔を上げる。どこかで見た記憶のある、真面目そうな雰囲気の生徒が卓を覗き込んでいた。ネクタイの色からして、最上級生のようだ。文月が息を呑む。
「羽積さん、こんにちは」
 そう頭を下げる文月に倣って会釈したものの、やはり相手が誰か分からない。文月の知り合いだろうかと伺い見上げると、羽積が笑みを漏らした。
「うん、どうも。お邪魔しても?」
「もちろんです、どうぞ」
「なら遠慮なく」
 隣の席から椅子を引っ張ってきて、空いていた一辺に腰を下ろす。次いで隣のテーブルから飲み物のカップを移し、静かに腰を下ろした。そしてテーブルの面々を順に見て、口元に笑みを浮かべる。
「新設部の子たちが食堂で会議してるって聞いてね、覗きに来たんだ。もう引退した身だから記事は書いてないけど、まあ情報収集みたいな」
「……新聞部の……?」
 氷川が問うのに、羽積が軽く頷く。
「前部長の羽積だ、転入生くん。話すのは二度目だったね」
 特に嫌味という風でもなく言われて、血の気が引く思いがした。目上の相手と会話したことを忘れるのはさすがに失礼が過ぎる。新聞部の羽積、新聞部の羽積と記憶を探って、転入当初の出来事を思い出した。担任に勧められていくつかの部活を覗いた時に、確かに新聞部に訪れた。そうだ、あの時に部室にいたのが、前部長の羽積だ。その際に文月から聞いたことも思い出した。羽積は校内では有名人で、何でも知っているし、秘密にしていることまで把握しているとまで言われている、と。彼ならば突然現われても不思議はない。
「ええ、改めまして、新設の地域交流部の副部長を名乗らせていただいています、氷川です」
 忘れていたことを誤魔化そうと笑顔を作ったものの、レスポンスのインターバルで悟られているに違いない。非礼を追及することなく、羽積は鷹揚に頷く。文月と清水と依田も順々に改めての自己紹介をしてから、当初の話に戻した。
「それで羽積さん、プレゼンテーションの助け、というのは?」
 四人を代表して、現時点で部長の肩書きを持つ文月が問いかける。羽積はゆったりとカップを口に運び、卓に戻してから両手を組んだ。
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