嘘の多い異邦人と面倒見の良い諦観者たち

村川

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文月凉太

生徒会長の依頼 5:新聞部の助力

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「我が新聞部の宣伝力は、こと校内においては何よりも高い、という話だよ」
「確かに。誰でも遠方の見知らぬ土地の住民が犯罪被害を受けた話よりも、身近な知人の口喧嘩に強く関心を抱くものですね。では、新聞部で宣伝の記事を書いていただけるんですか?」
「全戸配布用の号外くらい作ってもいい」
「全戸配布? 千部以上じゃないですか、うちにはそんな余裕はありませんよ」
 在校生徒全員のポストに投函すれば、簡単に四桁に乗ってしまう。常には一部百円と、枚数のわりに法外な値段で頒布している新聞部が、と驚いたのは一瞬で、すぐに費用はこちら持ちのはずだと考え直す。文月が再三要請していた通り、新設部のこちらは予算的余裕はまるでない。とんでもないと首を横に振ると、羽積がおかしそうに目を細めた。
「そっちに出せなんて言ってないよ、うちは活動費に余裕があるし、なんなら寄付してもいい」
「大変有り難いお申し出ですが、そちらのメリットがまるでないのでは?」
「あるよ、悪徳新聞部もたまには善行に励むことがあるって宣伝できるし、月に二回活動してくれるなら、月に二回、記事の枠が埋まる。うちで活動誌を出せれば実績になるし、まあ先行投資かな」
「そうですか……文月くん、どう思う? 俺はとてもありがたいお申し出だと思うけど」
 咄嗟に自分の裁量で返答しそうになり、文月に意向を確かめる。下級生二人は静かに動向を見守り、羽積は興味深そうにこちらを見ていた。
 他校の新聞部や新聞委員会がどのような形式で活動しているかは知らないが、如水の新聞部は外部に印刷を頼んでいる。そのため当然、学内のコピー機や複合機で印刷するようなわけにはいかない。常は何部刷って何円かかっているかは知らないが、部数が多くない分、安くもないだろう。
「協力してもらえれば助かるのは確かだけど……全て持ち出しでお願いするのは気が引けるな」
「じゃあ折半にさせていただくとかは?」
「そうだな……羽積さん。お言葉に甘えて号外の作成をお願いしますが、印刷費は折半にしませんか」
 文月の提案に、羽積は首を傾げた。
「どうして? 甘えるならお金のことも甘えてくれちゃっていいのに。それとも、大きな貸し借りになると警戒してるかな」
 見透かした風に問われて、文月がこちらに視線を寄越す。氷川は溜息を腹に押し戻した。
「あまり頼り切りになるのも申し訳ないですし、新入部員集めには毎年、苦労することになるでしょう。新聞部のご厚意がなければ集まらないのでは組織として成り立ちません。今回のみにしろ、あるいは来年度もお願いすることになるにしろ、働いていただくには正当な対価が必要です」
 それだけ言って、氷川はぬるいコーヒーを飲む。羽積は指先でゆっくり唇を撫でた。
「継続するならタダだとまずい、か。先を見てるね。分かった、今回は初回限定半額セールということにしよう。ただ、君たちも分かってる通り俺は一応、部長を譲った身でね、正式な交渉と契約は現部長としてもらうことになる。口を挟んでおいて悪いけど、俺に出来るのは紹介と推薦と、それから実際に誌面を作ることだけだ。改めて部長と話して貰えるかな」
「ええ……ですが羽積さんは、その部長さんから依頼されて偵察にいらしたんですよね。既に先程の提案も部内で通っているのでは?」
 決定権が自分にあるような言い方からして、既定路線だったのではないか、そう訊ねると、羽積が目を見張った。
「面倒な子が交渉役やってるんだね、これは本当に引き抜くべきだった……んー、既定路線というか、この件に関しては、いわば“全権を委任”されてる感じかな。面白くなりそうなら記事にできるし、苦労してるならある程度は協力したい、というのが部長の意向」
「わかりました。金銭が動くならきちんとお話しする必要もあるでしょうし、後で正式に協力を依頼することにします。その際はご協力お願いします」
 文月が丁寧に頭を下げるのに倣って、氷川も清水と依田も礼をする。着地点が見えたところで、場は雑談に流れた。依田が空になったカップを集めて、飲み物のコーナーに向かう。卓を離れる口実を失った氷川は、そっと背から力を抜いて息を吐いた。
 交渉役などとんでもない。氷川は自分がどうも、他者と相対すると嫌味っぽくなってしまうことを自覚しているので、できることなら交渉の場では置物にでもなっていたいと願っている。しかし促されたり、迂闊に口を挟んだりして、目標を達成できずにいるだけだ。自省する氷川を尻目に、彼らはのんびりと会話を楽しんでいる。戻ってきた依田が、それぞれの飲み物を配して席に戻った。
「三年生の方々はもう部活は引退していると思っていました」
 清水が意外そうに言うのに、羽積は軽く頷いて応じる。
「大抵はそうだね」
「でも、羽積さんは部員として活動しているんですか?」
「まさか。今回はちょっと、興味もあったし、手も空いてたしで、仕事を貰ってきただけ」
「ボランティア活動に関心が?」
 文月が意外そうに訊ねる。お茶を舐めるように飲んで、羽積が微笑んだ。否定だと一目で分かる表情だ。
「興味があったのは君たちだ。いったいどんな子たちが、苦労ばっかりの仕事を引き受けたのかなって」
「別に善意ばかりでやろうと決めたわけではないですよ」
「そんな聖人君子だとまでは思ってなかったけど、何、完全な善意でなければ善行とは言えない、なんて完璧主義なこと言っちゃう?」
「いいえ、そこまでは。偽善的だと、多少は思わなくもないですが」
 文月の返答に、氷川は口元をカップで隠して視線を横に向けた。彼は氷川に口説き落とされた立場だが、どう取り繕っても人に言うには粗が多くなりそうな動機なので、誤魔化すことにしたらしい。
 文月に善意がないとは言わない。面倒だと退ける程度には気乗りしない様子だったものの、引き込んだ後は充分以上に仕事をしている。人数が足りないままでもどうにか来月から動けるようにと手配していた。
 額面通りに受け取ったのか、清水が偽善、と呟く。依田が思案するように目を伏せた。羽積が軽く肩をすくめてみせる。
「相手が求めて、こっちがしたことを喜んでくれるなら、その動機がどこにあっても関係ないと思うけどね。君たちだって、うちの思惑がどうでも、協力そのものは助かるって算段したわけでしょう」
「それは、確かに」
「人なんて大概そんなもんだよ。心からの善意、ってのもあるかもしれないけどね、大抵の場合は計算が働く。助けておいたら都合が良いとか、見捨てたら心が痛むとか。ただ不思議と……良心は本能なんじゃないかと思える時も、なくはないんだけど」
「と、言うと」
「多少採算が合わなくても、なんとかしようって思うことってあるでしょう。特にこの相手を助けても自分の利益にはならないけど、でも助けようとか。どうしてそう考えるんだと思う? 君たちだって、本当に実績にしたかったらこんな学内の部活じゃなくて、ちゃんとした団体に属するなり設立するなりしたほうが点数が稼げるのに、どうして生徒会を助けるほうを選んだの? 野分や神森や平沢の実家が使えるからじゃないだろ」
 淡々とした語り口は滑らかで、抑揚もないのに歌うようだ。こちらの返答を待たず、飲み物で喉を潤した羽積が話を続ける。
「人が他人に親切にしようと思うのは、自分の属する社会が道徳的な社会であることを望むからで、それは何故かと言えば結局は自分が生き延びやすいから、という論がある。感謝されたりで承認欲求が満たされるって理由もある。人が人の役に立ちたいと願うのは、人間が社会的な生き物だからだよ。そして、それは誰もがそうだ」
「羽積さんも、ということですか」
「少しくらい誰かの役に立ってみたって悪くないと、今更ながらに思ってね。道筋をつけてやったって損はしないし……何か遺して行きたいって、欲がね」
 目を伏せて、羽積がカップを持ち上げる。ここまでの長広舌が清水の質問への答えだったと、ようやく理解できた。駆け引きに慣れた人物なのか、素直に話すのは苦手らしい。氷川とて、親しい間柄の相手でなければ、今しか出来なさそうだし助けになれそうだったから、などという本音は何重にも包み込んでぼかした答え方をするだろう。だから、眩ますように話を拡げた羽積の心境も理解できた。
「羽積さんは充分、功績を残しておいででしょう。暴かれた秘密は数知れず、と噂で聞きましたが」
 文月の皮肉なのか冗談なのか掴みづらい台詞に、氷川はこみ上げた笑いを噛み殺した。羽積が咳払いする。
「事実無根も良いところだ。本人に了解を取らずに記事を作ったことは一度もないし、そもそもうちはゴシップは扱ってないよ」
「……俺は転入に際して、新聞で紹介されるとは伺っていませんでしたが」
「それは先生方に許可を取ったし、君の詳しい事情に関しては記事にしてないでしょう」
「ご存知なんですか?」
 咄嗟に訊ねた声は、自分でも感じるくらい緊張していた。これでは文月や清水たちにまで何か隠し事があるとばれてしまうと分かっているのに、眉間に皺が寄ってしまう。
 氷川がどこから、どのような事情で転入したかは、知られるわけにはいかなかった。氷川の事情もあるが、学校側も公にはしたくないと考えているはずだ。明言されていないものの、転入の際の雰囲気からして、この特例的な措置を広く知らしめるつもりがないのは明白だった。
 動揺する氷川に、羽積が困ったように微笑みかけ、両手を上向きに軽く拡げた。
「目と耳は多いものでね。広めるべきこととそうじゃないことの区別くらいはつくつもりだよ。紹介記事はあれだよ、変に伏せるより必要なことだけは広く知らしめたほうが、色々と楽になるかなって善意も全くなかったわけでもないんだよ」
「……ええ。お気遣いには感謝します」
 ふわふわと手を上下させながら羽積が取り繕うように言う。その内容は確かに正論でもあり、氷川は諦めたように頷いた。文月が気遣わしげに氷川の軽く腕を叩き、話を強引に戻そうとする。一年生二人は不思議そうにそれぞれのカップで口を塞いでいた。
「それはそれとして……ゴシップではなく、発表前の情報や確定前の人事をすっぱ抜いてくれたでしょう。お陰で学級長を押し付けられましたからね。あれは暴くと表現していいですよね」
 あからさまな皮肉を向けられた羽積が、ぱちりとまたたきをして目を細めた。つい一拍前とは打って変わって強かそうに唇の端を上げる。
「それはご愁傷様。だけど結果として、悪くなかったみたいだけど?」
「結果論ですよ、それは」
 綺麗に笑顔を作った羽積に、文月が顔をしかめて返す。何をどこまで察しているか見当がつかないところが怖い人だ。文月と羽積と氷川の三人だけならば、空惚けて探りを入れても良いが、この場で下手につついて藪から蛇が出てきても困る。
 氷川は半端にぬるくなった苦いコーヒーをすすり、静かにマグを置いた。ここは場を畳んでしまうのが賢明だろう。
「過去はどうあれ、今回は先回りして来ていただけて助かりました。ありがとうございます」
 氷川の意図を正しく組んで、文月が深呼吸をして背筋を伸ばす。
「そうですね、お世話になります、よろしくお願いします」
 丁寧に頭を下げる文月に倣って、清水と依田も礼をする。羽積は一座を見回し、やりにくそうに目を眇めた。
「良い物を作るように努力するよ」
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