嘘の多い異邦人と面倒見の良い諦観者たち

村川

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野分彩斗

勉強会 3

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 野分のリクエストはブラック微糖。指定されなくても、好みのメーカーは分かっている。氷川も甘いものが欲しい気分になり、同じメーカーの微糖とカフェオレを購入した。熱い缶を手に部屋に戻ると、野分は退屈そうにテキストをめくっていた。部屋着然とした格好だった谷口とは異なり、野分はシンプルだがすっきりしたデザインのセーター、ボトムもデニムと、リラックスした取り合わせではあるもののだらけた雰囲気はない。寮内で過ごしているというのに気を抜いていないのかと、今更ながら感じた。
「ただいま。お待たせ」
 机に缶を置いて、椅子に腰掛ける。彼は本を閉じて脇に置いた。
「遅かったな。売り切れてた?」
「谷口先輩と会って、ちょっと話し込んじゃった」
 指先を温めるように缶を握り込んだ野分が、僅かに目を見張った。
「へえ、偶然もあるもんだ。上手くやってるか? あの人ちょっと変わってるだろ」
「気に掛けて貰ってるよ。確かにちょっと、うん、テンションの上がるポイントが面白い人だね」
「頭は文句なしにいいんだけどな……子供みたいな所があって」
 苦笑した野分が缶を開く。目を伏せてコーヒー飲料を飲む横顔は感情が読み取りづらいが、声音が困惑を示していた。
「苦手なの?」
「頼りになるし、面白い人だ。学校一の秀才は伊達じゃない」
 プロフィールを読み上げるような声と言葉は、感情を隠さない。苦手だが、苦手とは言いたくない。そんな思考が透けて見えて、氷川はこみ上げる笑いを噛み殺した。
「俺は嫌いじゃないよ、お兄ちゃんって感じもしないけどね。それで野分くん、魔神へのお願い事は決まった?」
「願い事が三つなのはディズニー版だな。まあ、頼みを増やせなんて定番の不粋は言わない」
 缶を机に置くと、小さく硬質な音が響いた。野分が身体を傾けて、氷川の顔を覗き込む。彼の虹彩は日本人にしては明るい淡褐色だ。透き通るような色合いは、何故か見る者を不安にさせる。見慣れない色合いだからだろうか。
「一つ。冬休みになったら買い物に付き合え」
「そんなの、言われれば、時間があればいつでも付き合うのに」
「それは普通に遊びに行く時だろ。この場合は、俺の買い物に氷川は文句言わずに付き合うって事だ」
「なるほど。それから?」
 荷物持ちだなと判断して、次を促す。野分が本当に分かっているのかと問うように目を細めた。しかしそれ以上確認を重ねることはせず、話を進める。
「一つ。さっき逃したチャンスだ。おまえから俺に頼みたいことを考えて欲しい」
「それ、お願いなの?」
「直球で表現して欲しいか?」
「それがお願い事に計上されるなら」
「じゃあ駄目だな」
 遠回しに探るような氷川の言葉を、野分がばっさりと切り捨てる。氷川は逃れるように視線を外した。息を吐き、酸素を減らした分だけ抑えた声で告げる。
「野分くんに、聞きたいことならあるよ」
「別会計で聞こう。なんだ?」
「……俺に、本当に、監査の仕事が務まると考えて任命したのかどうか」
 噛んで含めるように告げる。音にしたことで、さざ波のように不安が身体を覆った。心臓が嫌な感じにざわつく。彼は一呼吸分の間を空けて、低い声で訊いた。
「迷惑だったか」
「そうじゃないけど……谷口先輩は、野分くんの鑑定眼は確かだって言ってた。俺もそう思う。でも」
「信じられない?」
「正直言うと、野分くんがそういう態度だから自信がない」
 野分の手がするりと氷川の頬を撫でる。彼は笑みを漏らした。それは怒りも疲れも孕まず、しかし困ったような雰囲気だった。
「欲目があるって?」
「分からない。だから不安なんだよ。確かに俺は簿記はできるよ。でもそんな知識がなくたって出納帳くらいは読めるでしょう」
「そうだな。でも、それなりに数がある書類を黙々と確認して、正しく処理することは誰にでもできることじゃない。俺は氷川なら適任だと思った。どこの部にも委員会にも肩入れせず、真面目にこなしてくれそうで、俺がちゃんと話ができるやつはおまえくらいだった」
 野分の言葉は、探せば他にも適任者はいただろうことを否定しない。丁度良かった。乱雑に言い換えればそんなところだ。言われた内容を考えている氷川の気を引くように、野分が頬に置いたままの指を滑らせる。求められるまま、落としていた視線を上げた。彼はわずかに瞼を降ろし、見通すように氷川を覗き込む。
「俺が大丈夫だって言ったって、氷川の心配は解消されない。違うか」
 氷川はゆっくりと二度、目をまたたいた。
 確かにそうだ。野分の主観が狂っている可能性を懸念しているならば、彼がどれだけ言葉を尽くした所で不安は消えない。だから彼は欲目の可能性を否定しない。それでも否定して欲しかった。正しく評価していると言って欲しかったのだ。そんな弱さを指摘された気がして、氷川は顔をしかめた。するりと親指で下唇を撫でられて、無意識に噛んでいた唇を開く。
「ごめん」
「いや、不安になるのは普通のことだし、俺もアフターケアができてなかった。悪かった」
 距離を取り戻した野分が眉尻を下げる。離れた温もりに、背筋が震えた。それを隠すように、手を振ってみせる。
「俺こそ、引き受けといてぐだぐだ言ってごめんね。えっと、じゃあ二つ目は俺の宿題って事で、三つ目は?」
「ああ、三つ目な」
 強引に話を切り替えると、野分はそれだけ繰り返して言葉を切った。首を傾げた氷川に、彼はてのひらを上に左手を開く。
「考えたけど、思いつかなかった。保留で」
「頼みたいことなんていくらでもあるんじゃなかった?」
「まあな。でも、困らせるようなお願いはできない」
 肩をすくめて、野分が思わせぶりな視線を寄越す。たとえばなんだと訊ねるかをしばし考え、氷川は追及を止めた。聞くだけで困るようなことを言われたら対応できない。
 黙って缶コーヒーを開き、口を付ける。ぬるく甘い液体が喉に絡みつくようで、眉を寄せる。やはりブラックにしておくべきだった。そう考えつつ、野分に机を示した。休憩にしては長く時間を取りすぎた。
「じゃあそっちも保留って事で、再開しよう。今日中に終わらせるからね」

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