嘘の多い異邦人と面倒見の良い諦観者たち

村川

文字の大きさ
123 / 190
野分彩斗

予餞会 1:ステージ

しおりを挟む
 予餞会は二月の第一土曜日に設定されている。在校生も関わるため、時間設定は午後から夕方まで、場所は講堂だ。
 提出された演目リストと沼田の友人からの希望を参考に選曲をし、メニューを決めた後は毎日橘たちと相談と練習を重ねた。生徒会の面々は昼休みや朝の時間も使って準備に追われていたらしい。結果として野分と会って話す時間は全く作れなかったが、冷静に話ができる自信もなかったので丁度良かったとも言える。
 予餞会当日は生憎の雨だったが、屋内のイベントなので天候には左右されない。卒業生らはそれなりに楽しみにしているようで、前のバンドのステージも熱気が伝わってきたし、現在、転換時間に披露されているダンス部の発表も盛り上がっているようだ。しかし、と氷川は嘆息した。
「髪がうねる……」
 セットし甲斐のない癖毛を撫で付けながら、クラスメイトで軽音部員の戸田が作業しているのを覗き込む。使い回しのドラムセットを調整しながら、戸田は顔をしかめた。
「でも湿度高い方が声出すには都合いいでしょ。こっちは鳴りが悪くて最悪。ただでさえ普段通りじゃないセッティングだってのに」
「柔らかい音になるだけだから大丈夫だよ。それに戸田くんはいつでもリズム感完璧だし」
 目の下に隈を作った橘が、睡眠不足と疲労がピークを過ぎたが故のハイテンションで確約する。彼のギターは持ち込みだ。ワイヤレスは駄目だと言われたせいで、シールドが床を這っている。その床も、普段通りではなく黒い養生シートに覆われ、カラフルな色のバミリテープがあちこちに貼られてあり、準備にかなり手間がかかっているのがわかる。実際それがないとセンターの位置が分からず、マイクスタンドを動かした際などに困ることになるので、必要なものではある。色が多いのは演劇部などいくつもの団体がそれぞれ必要な位置に目印をつけているからだ。
 裏方を務める平沢がステージに顔を出した。
「あと五分切りましたけど準備できましたか」
「俺は平気」
「こっちも問題ない」
 軽音部員の棚橋と倉本が口々に答える。平沢はドラムセットに近付いてきた。
「氷川先輩と橘先輩は?」
「俺はいける。氷川くんもいいでしょ」
「うん。戸田くんは?」
「セッティングはまあ、なんとか。音はもうしょうがないね」
 スティックをくるりと回して戸田が諦めたように言う。意味合いを正しく読み取り、平沢は腕時計で時刻を確かめた。繊細な電子機器に影響を与えないよう、携帯電話やスマートフォンは電源を切ってあって使えない。
「あと二分少々ですね。立ち位置についてください。脇からですけど、楽しみに見てますから」
「うん、諸々よろしくね」
「はい」
 可愛い後輩に手を振って、マイクスタンドの前に立つ。目を伏せて深呼吸をすると、意識が透き通るような心地になった。自然と背筋が伸び、声を出すのに最適な身体の状態になる。
 進行役の野分の声が聞こえても、今だけは動揺しない。あるのは静かな高揚だけだ。
 入りの際に顔を合わせた野分は、橘同様とても疲弊し、しかし気力に満ちた様子だった。楽しみにしてるから、自然体で頑張れ。激励の言葉が胸に甦る。梳くように撫でられた髪を指先で撫で、目を開いた。
 照明が絞られ、幕が左右へ開いた。

 持ち時間の都合上、四曲が限界だった。リクエストを貰った曲を三曲目にし、テンポが良くて明るい曲を立て続けに演奏する。テーマは感謝、応援、希望の三つだ。歌いながらフロアを見回す。オーケストラピット部分をスタンディングエリアにしてあるため、座席はまばらに空き、ステージ前に人が集まっている。その三列目に谷口と岡部がいた。生方と沼田は最前列にいて、しかも沼田は最前のセンターひとつ上手かみて側にいる。ということは、センター中央にいて上機嫌の生徒が件のリクエストをくれた人だろうか。
 氷川は僅かに迷い、間奏のタイミングでステージの端に膝をついた。目線を合わせると、その生徒は興奮で赤い頬を更に朱に染め、氷川に手を伸ばした。その手に軽く触れる。彼は笑顔になると、身をよじってステージに手をつき、乗り上げた。
「え、ちょっと」
「氷川くんありがとう! すっごい嬉しい、この曲聴きたかったんだ」
 氷川を引っ張り上げて抱きつき、背をぱしぱしと叩く。少し悩んだ後、氷川は橘に助けを求めた。彼は上手から掛けてくると、その先輩の腕をつついて耳元に口を寄せる。
「サビまで煽って、そのあと戻れます? ダイブしないで、普通に」
「え、駄目?」
「多分慣れてないと思うんで危ないです」
 フロアの様子を見た橘が軽く首を振る。ダイブは禁止ですと言い渡されているし、怪我でもしたら大事になる。言われた最上級生は素直にわかったと頷き、ステージのふちぎりぎりに立つ。氷川はマイクスタンドを斜めに引き寄せた。
 ひとしきりフロアを扇動して、彼は下に飛び降りる。倒れこむようにダイブすることなく、普通に下りてくれたことに安堵して、予定通りにメニューを消化した。最後の一音が消える前に、マイクを掴む。
「ありがとうございます……先輩方の門出が幸多いものであることを祈っています。お世話になりました」
 転入生の氷川は、最上級生とはほとんど交流がなかった。それでも、世話になったのは谷口たちだけではないはずだ。寮の同フロアの人たちとは、いつの間にか顔見知りとして挨拶を交わすようになっていた。詮索せずに受け入れてくれた。だから、この学校から逃げ出したくなったりしなかった。
 ぱらぱらと拍手が起きる。谷口や、沼田や、先程の最上級生が笑顔で手を叩いてくれているのを見つけると、胸が締め付けられる様な気がした。
 ギターをラックに置いた橘が氷川の隣に歩み寄り、オフマイクでありがとうございましたと叫ぶ。いつの間にか戸田と倉本と棚橋まで横一列に並んでいて、自然と揃って頭を下げた。そしてそのまま幕が引かれる。
 ステージの照明が絞られ、周囲が薄暗くなる。なんとか済んだ安堵感で大きく息を吐いた氷川は、唐突に前後からかかった圧力に低いうめき声を上げた。
「な、ちょっと」
「最高だった! 気持ちよかったね!」
「やっぱり氷川くんの声いいなあ、全然盛り上がってたし本当よかった」
 後ろから戸田、前から橘の声がする。サンドウィッチの具材よろしく圧迫されて、棚橋に手を伸ばしたが、彼は彼で倉本と感動を分かち合うのに忙しいようで助けてくれない。
「苦しい、ってば!」
 橘の肩を押して引き剥がし、腹に絡みつく戸田の腕を叩く。
「撤収しないと次の人たちの迷惑になるよ、行こう」
「はいはい、相変わらずクールだなあ」
 ようやく離れた戸田が、使ったスティックを回収しにドラムセットに向かう。持ち込んだものを片付けていく楽器隊を尻目に、氷川は一足早く袖に捌けた。裏方や出番を待っている生徒がお疲れさまとか、良かったよとか声を掛けてくれるのに適当に応じていると、不意に腕を掴まれた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

腐男子ですが何か?

みーやん
BL
俺は田中玲央。何処にでもいる一般人。 ただ少し趣味が特殊で男と男がイチャコラしているのをみるのが大好きだってこと以外はね。 そんな俺は中学一年生の頃から密かに企んでいた計画がある。青藍学園。そう全寮制男子校へ入学することだ。しかし定番ながら学費がバカみたい高額だ。そこで特待生を狙うべく勉強に励んだ。 幸いにも俺にはすこぶる頭のいい姉がいたため、中学一年生からの成績は常にトップ。そのまま三年間走り切ったのだ。 そしてついに高校入試の試験。 見事特待生と首席をもぎとったのだ。 「さぁ!ここからが俺の人生の始まりだ! って。え? 首席って…めっちゃ目立つくねぇ?! やっちまったぁ!!」 この作品はごく普通の顔をした一般人に思えた田中玲央が実は隠れ美少年だということを知らずに腐男子を隠しながら学園生活を送る物語である。

学院のモブ役だったはずの青年溺愛物語

紅林
BL
『桜田門学院高等学校』 日本中の超金持ちの子息子女が通うこの学校は東京都内に位置する幼少中高大院までの一貫校だ。しかし学校の規模に見合わず生徒数は一学年300人程の少人数の学院で、他とは少し違う校風の学院でもある。 そんな学院でモブとして役割を果たすはずだった青年の物語

孤独な蝶は仮面を被る

緋影 ナヅキ
BL
   とある街の山の中に建っている、小中高一貫である全寮制男子校、華織学園(かしきのがくえん)─通称:“王道学園”。  全学園生徒の憧れの的である生徒会役員は、全員容姿や頭脳が飛び抜けて良く、運動力や芸術力等の他の能力にも優れていた。また、とても個性豊かであったが、役員仲は比較的良好だった。  さて、そんな生徒会役員のうちの1人である、会計の水無月真琴。  彼は己の本質を隠しながらも、他のメンバーと各々仕事をこなし、極々平穏に、楽しく日々を過ごしていた。  あの日、例の不思議な転入生が来るまでは… ーーーーーーーーー  作者は執筆初心者なので、おかしくなったりするかもしれませんが、温かく見守って(?)くれると嬉しいです。  学生のため、ストック残量状況によっては土曜更新が出来ないことがあるかもしれません。ご了承下さい。  所々シリアス&コメディ(?)風味有り *表紙は、我が妹である あくす(Twitter名) に描いてもらった真琴です。かわいい *多少内容を修正しました。2023/07/05 *お気に入り数200突破!!有難う御座います!2023/08/25 *エブリスタでも投稿し始めました。アルファポリス先行です。2023/03/20

義兄が溺愛してきます

ゆう
BL
桜木恋(16)は交通事故に遭う。 その翌日からだ。 義兄である桜木翔(17)が過保護になったのは。 翔は恋に好意を寄せているのだった。 本人はその事を知るよしもない。 その様子を見ていた友人の凛から告白され、戸惑う恋。 成り行きで惚れさせる宣言をした凛と一週間付き合う(仮)になった。 翔は色々と思う所があり、距離を置こうと彼女(偽)をつくる。 すれ違う思いは交わるのか─────。

悪の策士のうまくいかなかった計画

迷路を跳ぶ狐
BL
いつか必ず返り咲く。それだけを目標に、俺はこの学園に戻ってきた。過去に、破壊と使役の魔法を研究したとして、退学になったこの学園に。 今こそ、復活の時だ。俺を切り捨てた者たちに目に物見せ、研究所を再興する。 そのために、王子と伯爵の息子を利用することを考えた俺は、長く温めた策を決行し、学園に潜り込んだ。 これから俺を陥れた連中を、騙して嵌めて蹂躙するっ! ……はず、だった……のに?? 王子は跪き、俺に向かって言った。 「あなたの破壊の魔法をどうか教えてください。教えるまでこの部屋から出しません」と。 そして、伯爵の息子は俺の手をとって言った。 「ずっと好きだった」と。 …………どうなってるんだ?

すべてを奪われた英雄は、

さいはて旅行社
BL
アスア王国の英雄ザット・ノーレンは仲間たちにすべてを奪われた。 隣国の神聖国グルシアの魔物大量発生でダンジョンに潜りラスボスの魔物も討伐できたが、そこで仲間に裏切られ黒い短剣で刺されてしまう。 それでも生き延びてダンジョンから生還したザット・ノーレンは神聖国グルシアで、王子と呼ばれる少年とその世話役のヴィンセントに出会う。 すべてを奪われた英雄が、自分や仲間だった者、これから出会う人々に向き合っていく物語。

【完結】君を上手に振る方法

社菘
BL
「んー、じゃあ俺と付き合う?」 「………はいっ?」 ひょんなことから、入学して早々距離感バグな見知らぬ先輩にそう言われた。 スクールカーストの上位というより、もはや王座にいるような学園のアイドルは『告白を断る理由が面倒だから、付き合っている人がほしい』のだそう。 お互いに利害が一致していたので、付き合ってみたのだが―― 「……だめだ。僕、先輩のことを本気で……」 偽物の恋人から始まった不思議な関係。 デートはしたことないのに、キスだけが上手くなる。 この関係って、一体なに? 「……宇佐美くん。俺のこと、上手に振ってね」 年下うさぎ顔純粋男子(高1)×精神的優位美人男子(高3)の甘酸っぱくじれったい、少しだけ切ない恋の話。 ✧毎日2回更新中!ボーナスタイムに更新予定✧ ✧お気に入り登録・各話♡・エール📣作者大歓喜します✧

モテる兄貴を持つと……(三人称改訂版)

夏目碧央
BL
 兄、海斗(かいと)と同じ高校に入学した城崎岳斗(きのさきやまと)は、兄がモテるがゆえに様々な苦難に遭う。だが、カッコよくて優しい兄を実は自慢に思っている。兄は弟が大好きで、少々過保護気味。  ある日、岳斗は両親の血液型と自分の血液型がおかしい事に気づく。海斗は「覚えてないのか?」と驚いた様子。岳斗は何を忘れているのか?一体どんな秘密が?

処理中です...