嘘の多い異邦人と面倒見の良い諦観者たち

村川

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橘祐也

文化祭の前に 2

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 放課後、戸田と落ち合って生徒会室へ向かった。職権濫用甚だしいが、執行部の生徒が文化祭実行委員会室に出向いている現状、会議室よりも使いやすい部屋ではある。
 五人集まったところで施錠して、橘は携帯音楽端末にスピーカーを繋いだ。
「一応十曲持ってきた。出来れば五曲やりたいけど、無理なら四曲でもいいよ」
「ホワイトボード使う? ノートにする? カウントは正の字でいいよな」
 棚橋が問うのに橘が、あ、と小さく声を漏らした。そしてちらりと氷川を見遣る。
「あのね、できれば氷川くんがやってもいいと思う曲を優先したいんだよね」
「いや、待って、多数決でいいよ」
 全員集めておいて、それはない。驚いて告げると、橘が表情を曇らせた。
「でも……」
「あー、まあ、それならそれでもいいけど、できないフレーズとか奏法は変えさせて貰っていいならさ」
 物言いたげに、しかし迷うように言葉を切る橘に助け船を出すように、棚橋が告げる。戸田がこくりと頷いた。
「僕もそれでいい。サポートだもん、選曲まで口出ししないよ」
「そうだな。勝手に決めてくれていい」
 倉本にまで賛同されて、氷川は頬を撫でる。選曲なんて、任されても困る。どういうラインナップにするべきかも分からないのに。考えながら、一応頷いた。
「とりあえず、聞かせてくれる?」
「じゃあ流すね」
 橘が手際よく機械を操作して、音楽が流れ始めた。
 十曲の内訳は、ロックバラードが二曲、アップテンポの曲が二曲、ミドルテンポのロックが三曲、シャッフル調の曲と、歌謡曲風のものとバラエティに富んでいた。仮唄はラララだが、半数は歌詞も用意されていた。
「完成形のデモが十曲とか、文化祭に用意する数じゃねえだろ。凄えな、橘」
 倉本が感心した風に呟くのに、棚橋と戸田も首肯する。橘が照れたように首筋を撫でた。
「歌詞があるのは、前のバンドで没ったやつなんだよね。音域が合わなければ手入れするから」
「うん……とりあえず、シャッフルのがいいかな」
「ああ、ノリやすいしな」
「それと、アップテンポの二曲目の展開が面白かった」
「そうだね。変拍子で転調が多いけど、対応できると思う」
「ミドルテンポのやつの、一曲目と三曲目。一曲目はボーカルはゆったりしてるけど、ノリやすそうだし、ギターソロが格好良かった。三曲目も疾走感があって、初聞きでも困らなさそうだし。あの、二曲目もいいんだけど、三連符って聞き慣れない人もいるだろうし」
「そうな、日本人はエイトビートが好きだよな」
「これで四曲か……どうする、四曲だけか、それともバラードか歌謡曲調のやつもやるのか」
 小さく頷きながら話を聞いていた倉本が、核心に踏み込む。氷川はちらりと橘に視線を向けた。彼は上機嫌に微笑んで、氷川の視線に気付くと首を傾げた。
「橘くんはどう思う?」
「俺としては、バラードも歌って欲しいな。でも、嫌なら四曲でもいいよ」
「嫌、ではないんだけど」
 叙情的で繊細なロックバラードと、壮大で力強いロックバラード。同じ分類だがまるで性格の異なる二曲は、どちらも良い曲だった。現役高校生の身でこんな曲が書ける橘は天才なのではないかと思う程度には、素晴らしい作品だ。
「どっちも歌詞もないし……」
「氷川くんに歌ってもらいたくて書いたからね。歌ってくれるならすぐに書くよ」
「二曲とも凄くいい曲だとは思うけど、でもさ。ああいうイベントでバラードって盛り下がらない?」
 表現に悩んで、結局直球になった。力量が伴わなければ、バラードは場を白けさせる。自分に酔ったような演奏でもやらかせば、即座に冷めた目で見られることになる。
 氷川の懸念に、棚橋と倉本がああと納得の声を上げた。
「上手くやればいけるだろうけどな」
「氷川くんなら大丈夫だよ」
 考える風に言い止した棚橋に、橘が自信ありげに断言する。氷川は頬を引きつらせた。
「大丈夫じゃないって」
「どうして? 倉本くんも言ったでしょ、上手くやればいけるって。上手くやればいいんだよ。氷川くんなら出来るよ」
「僕もいけると思う。氷川くん、雰囲気作るの上手いよね」
「そうなのか?」
 意外そうに眉を上げ、倉本が氷川を覗き込むように見る。観察する眼差しに、氷川は僅かに目線をずらした。
「買いかぶりだよ」
「こいつら、ぼけっとしてるけど審美眼は確かだよ」
「ぼけっとしてないよ、失礼だな」
 棚橋の評価に、橘が心外そうに言い返す。だが重点はそちらではない。審美眼という表現が正しいかはともかく、橘と戸田の評価に間違いはないということだ。それはつまり、氷川にはバラードでも場を凍り付かせない力量なり、雰囲気なりがあるということだ。実感がわかなくて、そわそわと指が動く。
「えっと、でも……」
「自信ないならやめとけば。自信ないボーカルがもぞもぞ歌うバラードほど寒いもんはない」
「ちょっと、倉本くん」
 咎めるように名前を呼ぶ戸田を一瞥して、倉本が肩をすくめた。そして氷川に鋭い視線を向ける。
「あんたがどれだけ歌えるか、俺は知らない。戸田と橘がどう言ったとしても、あんた自身ができねえと思ってんなら、できやしねえよ」
「倉本、言い過ぎ」
「いや……その通りだと思うから。だから橘くん、悪いけど……」
「まあまあ、待てって」
 棚橋が両手を軽く上げて、宥めるように氷川の発言を遮る。そして愛想の良い笑顔を浮かべて、指を一本立てた。
「戸田と橘じゃ身びいきの甘い評価じゃねえかと思ってるわけだろ。なら、俺と倉本にも氷川の歌聴かせてよ。ぶっちゃけ、誘われてオッケーしたけど、氷川の歌ちゃんと聞いたことないしさ。そんで、これはいけるって思ったらバラードもやろう。どうかな」
「そうだな。駄目そうなら駄目って正直に言ってやるよ」
 倉本が唇をにやりと上げて、悪辣に笑む。その顔を見て、棚橋が軽く眉を上げた。窘めるように名前を呼ぶ。
「倉本。……悪いな氷川、こいつ柄は悪いけど、悪い奴じゃないから」
「うん。でも、さすがにここで歌うのは抵抗あるんだけど……」
 橘が連れてきた人物が、悪い人物であるわけがない。その意味では信頼しているが、音漏れし放題の生徒会室でテストを受けるのは気が進まない。そう告げると、橘が手を上げた。
「それなら、今日の夜から音楽室で練習できるように手配しといたから、そこでどう? 無理矢理ねじ込んだから、夜中になっちゃうけど」
「夜中って?」
「十一時から朝まで。まあ、朝までやる気はないけど」
「本当に夜中だな」
 棚橋が若干引き気味の微笑で言う。夜が早いタイプなのか、深夜番組を楽しみにしているのかは分からない。困ったように眉を下げる橘に、軽く手を振って見せた。
「俺はそれで大丈夫だよ。練習場所確保してくれてありがとう」
「その時間しかなかったんでしょ? 俺もいいよ。ドラム持ち込んじゃっていいよね」
「大丈夫。あと、特別教室棟の通用口を開けるから、上履き持って帰ってね」
 思い出したように告げる橘に、倉本が頷いた。
「わかった。俺も運ぶの手伝う。他の奴に触られねえようにロープ張っとかねえとな」
「なら俺も。その後ちょっと仮眠しよう。ひとまず解散でいいか?」
 棚橋が橘に訊ねる。橘が頷いた。
「うん。俺はここ片付けてから仕事いくね」
「あの、俺も運ぶの手伝ってもいい?」
 既に席を立った戸田達に訊ねると、戸田は足を止めて振り返った後、手を振った。
「三人いれば余裕だから大丈夫だよ。また、夜にね」
 そう告げて、先に扉を潜った倉本と棚橋を追いかけるように出ていく。生徒会室の扉が静かに閉まった。橘がコードを巻き付けたスピーカーをことりと置く。氷川は頬を撫でた。
「フラれちゃった」
「いいじゃん。生徒会のほう手伝ってよ」
 とりなす風に軽く誘われて、氷川は思い出したように頷いた。確かに、そういう話になってはいた。

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