嘘の多い異邦人と面倒見の良い諦観者たち

村川

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橘祐也

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「モンブランが……え、俺ですか?」
「うん、じゃあモンブラン買ってこう。三種類にするより、同じもの三つのが喧嘩しなくていいっしょ」
 言いながら、江上が抹茶モンブランを三つカゴに入れた。それから飲料の陳列棚に向かい、スポーツ飲料を四本入れる。
「さ、行こう」
「俺まで買っていただく理由ないですよ」
 軽い足取りでレジへ向かう江上に慌てて、氷川は財布を取り出す。先程の居酒屋でも奢られてしまった上に、これはさすがに申し訳ない。レジにカゴを置いた江上が振り返り、困った顔をしてしまっているだろう氷川に笑いかけた。
「悪いと思うなら、絆されてよ――スプーン三つ、モンブランと水は別の袋でお願いします」
「それとこれとは話が別です」
 電子マネーで会計を済ませ、江上が軽いほうの袋を氷川に差し出す。素直に受け取りつつ、氷川は顔をしかめた。睨み付けても江上は少しも堪えた様子はなく、先に進んで扉を開く。入店時と同じく扉を押さえて待っているから、追いかけないわけにもいかず、氷川は仕方なしにその背中を追いかけた。袋を揺らさないように気をつけながら。
 明るい店外から外へ出ると、周囲の暗さに目がびっくりする。おそらく彼の本来の歩調よりは随分ゆっくりと歩きながら、江上が機嫌良く笑った。
「まあ、俺は悪い男だと思われてるみたいだし? 恩に着せるくらいでちょうどいいかなって」
「ケーキと夕食くらいじゃ懐柔されてあげられませんよ」
「意外と高いね。落とし甲斐がある」
 江上が唇の端を上げる。彼も案外、酔っているのかもしれない。氷川の憎まれ口にも寛容に応じてくれる彼は、なんだか兄のようで話しやすかった。この人と、親しくなりたい。自分からそんな風に考えるのはいつ以来だろうかと考えながら、上着のポケットを探った。
「江上さん」
 うん、と彼が視線を下げる。目線を上げて、氷川はスマートフォンを差し出した。
「連絡先、交換させてください」
「それは、オッケーだと取っていい?」
「よく考えさせてください、ってことです」
「だと思った」
 くすくすと笑って、江上が足を止める。赤外線通信で連絡先を送り合って、氷川はスマートフォンを覗き込んだ。
「江上智宏さん……ですね。改めてよろしくお願いします」
「こちらこそ。ま、いつでも連絡して。これでもいくつか年上だから、悩み相談くらいはできるよ。勉強は教えられないけど」
 自信たっぷりに宣言されて、氷川は笑みを漏らした。
「はい。ありがとうございます」
 手にした袋を気にして、軽く会釈する。江上が楽しそうに氷川の肩を軽く叩いた。
 駅前で酔っ払いと介抱者たちと合流し、帰る人々を見送ってから、バス停に向かう。さほど待たされずにバスに乗れ、門限を案じることなく帰寮できた。
「そうだ、戸田くん、橘くんの部屋知ってるかな。これ、江上さんからお土産なんだけど、持って行ってくれない?」
 寮の玄関で袋を差し出すと、レジ袋を覗き込んだ戸田が首を傾げた。
「いいけど、三つあるよ。一個は氷川くんのじゃないの?」
 そう言って、戸田がワンセット取り出して渡してくれる。気付かなければ、よく働いた橘への労いということで、そのまま持っていって貰おうかと考えていたのだが、そうもいかないようだ。
「そうだね、ありがとう。それと、改めて今日はありがとうね」
「ううん、こちらこそ、だよ。ライブできて楽しかったし、氷川くんと一緒にやれて本当に光栄だった。またやろうね」
 社交辞令なのか本心か分からない笑顔で、戸田が氷川の目を覗き込む。氷川は唇だけで微笑み、曖昧に頷いた。
「うん。じゃあ、また、教室で」
「ん、おやすみ!」
「おやすみなさい」
 エレベーターの中で戸田と別れ、デザートを片手に部屋に戻る。祭の余韻か、一階の共有部分は夜の遅い時間の割に多くの生徒がいたが、さすがに氷川の部屋があるフロアは普段通りに静まり返っていた。自室に戻り、奢って貰ってしまったモンブランとスプーンを机に置いた。上着を脱ぎ、ノートパソコンを起動させて椅子に座る。
 ずっと騒がしい場所にいたせいだろうか、静寂が耳に痛い。
 イヤホンを用意して検索サイトを呼び出した。橘に訊ねるまでもない。彼らのバンド名は以前、聞いていた。トレモロ、ラストライブ、その二つの単語で動画を検索すると、すぐに二時間半の映像が弾き出された。氷川はためらいなくそのアドレスにアクセスする。
 トレモロ――振動やゆらぎを意味する単語を、地震災害で痛手を被った彼らが用いた理由は分からない。
 記録映像の言葉通り、アングルの切り替えもない映像の中で、幕が上がる。画面に視線を向けたまま、かぱりとモンブランの蓋を開いた。スプーンを差し込み、甘味を味わう。行儀が悪いが、時間が経つ毎にぬるくなってしまうので仕方がない。画面を見つめたまま、黙々とスプーンを動かした。
 歪んだギター。少し不安定なドラム。歌うようなベース。甘く掠れた声で歌うボーカル。
 タルトを噛み砕くと、口の中でじゃり、と音が鳴った。金髪で化粧をし、派手な衣装に身を包んで佐竹と寄り添う橘は、氷川の知る彼とはまるで別人のようだった。
 片足は踝丈、もう片足はホットパンツ丈で編み上げという奇怪な衣装の江上がセンターに躍り出て、陶酔したようにギターを奏でる。
 上手かみてに移動した橘に絡みついた佐竹が、橘の晒された肩に顔を埋めた。腹も太腿も大胆に晒した黒のボンデージを纏い、足を擦りつけるように橘に寄り掛かる佐竹は、確かに妖艶の一言に尽きる。マイクスタンドに縋り、長身の江上にしなだれかかり、百六十五センチほどの痩身を揺らめかせる姿には、どちらかといえば女性的な、それも﨟長ろうたけた美女とでも表現したくなるような雰囲気があった。話していた時はただ優しげで陽気そうな青年だった佐竹なのに、画面上の彼にはそんな気配の欠片もない。艶めかしく気怠げ、そして嗜虐的で威圧感すらある、中性的な人物がそこにいた。
 氷川は絶対に、こうはなれない。
 望まれてもいないだろう。しかし、視察に来た女性たちはこの佐竹と氷川を比較していたのだ。画面の佐竹に眼光鋭く睨め付けられて、背筋がぞくりとする。
 動画のことを知らなくて良かった。知って、見ていたら、足が竦んでステージに出られなかっただろう。心底そう思って、氷川は大きく息を吐き出した。
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