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4.再会
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朝の住宅街。
4月の朝はまだ少しひんやりと肌に心地よく、遠くには、種類はわからないけれど、鳥の鳴き声が聞こえる。
そんな中、千秋は1人、10年ぶりに戻ってきた実家の門扉の前で段ボール五箱と一緒に立ちつくしていた。
……どうしようかな。
まず思いつく一つ目の案は、この場で箱の中身をバラして少しずつ運ぶこと。
第二案は……
『もうこれはこのまましばらく外に置いとくって言うのはどう?』
耳元でアホな自分がいきなり近所迷惑な第二案を囁いてきた。
(いやいやいや…それでなくても怪しい家に怪しい仕事してる息子が帰ってきたって言うのに、いきなり玄関に段ボール箱五つも投げ出してたんじゃ第一印象が悪すぎる……)
首を振ってアホな思考を振り切り、第一案を決行するべく段ボール箱を閉じるガムテープに手を伸ばそうとした、
その時だった。
「……もしかして、なんか困ってます?」
突然の声に、千秋はぴくりと肩を揺らす。
顔を上げると、通りの向こうにひとりの少年が立っていた。
ダボっとしたパーカーに黒のスポーツパンツ、足元は履き込まれたバスケットシューズ。年は17.8…高校生くらいだろうか。背丈は千秋ともそう変わらない。
千秋の方がまだ少しだけ大きいような気もするが、こんなものは誤差のうちだろう。
だいたい見たか、あの靴の大きさを。
あの足が、まだまだこれから彼がたけのこのように空に向けて背を伸ばすだろう未来をはっきりと予兆しているではないか。
背中にはスポーツブランドの黒いリュックを背負っていて、そこにいい塩梅に使い込まれたバスケットボールをぶら下げている。
茶色に染めた髪は後ろだけ少し刈り上げられていて、すっきりとした耳元には小さなフープピアスがさりげなく光る。
…正直いってそんなビジュアルを持つ彼は、学生時代の千秋が最も苦手としていたタイプの人間だった。
明るくて、不真面目なのに生徒からも先生からも謎の人望があって、同じような仲間と共に声を張り、人生を謳歌しているこの世の主人公。
若い頃、何一つ思い通りにいかない人生にクサクサと過ごしていた千秋にとって彼らはあまりに眩しすぎて近づき難い存在だった。
…が、学生ではなくなった今、そんな風に思い切り「男の子」でいられる今を楽しんでいる彼の姿はむしろ好感的に見えたのが自分でも不思議だった。
羨ましいな、とさえ思う。
「困……」
思えば、千秋の人生には常に困りごとが隣にいた。家の中でも、学校でも、恋愛でも、音楽の世界でも、何一つ思い通りに行ったことなどない。
「困ってます?」と聞かれて、「困ってます」と素直に答えられる性格だったらもっと人生は楽だったのかもしれない…などと言うことを咄嗟に思ったかどうかはわからないけれど、とにかく千秋が答えにまごついていると、少年は門扉の外側に積まれた段ボール箱をチラリとみて、
「これ、運べばいいんすよね」と、一言言うと、よっ、という軽い掛け声とともに一番上の段ボール箱を軽々と持ち上げた。
『困ってます』と、はっきり口に出しては言えないくせに、きっと自分の目線は思い切り困った色を纏わせて段ボールタワーに向けられていたんだろう。
恥ずかしい。
そんな情けない自分の前で、少年は涼しい顔で段ボール箱を抱えている。
大丈夫?
それ、左に傾かない…?
一瞬不安になるが、さっきあんなに千秋を手こずらせた段ボール箱は、今は少年の腕の中でじっとおとなしく手懐けられている。
肘まで捲り上げたパーカーの袖から覗く腕は、スポーツをやっているのかがっしりと逞しく、箱を持ち上げるとしっかりとした筋肉が腕の筋に沿って綺麗な影を作っている。この腕にはあんな箱を持ち上げるくらいはきっとなんて事ないんだろう。
「どこに運びます?」
「え、あ、中に……」
思わず見惚れてしまっていた千秋は、少年の声にハッとして、慌てて玄関の方を指差した。
そんな千秋の返答に
「え?中?」
と声を上げる少年。
「え?中…」
その反応に、千秋もそれと同じように返す。
少年は、その時初めて千秋の顔をしっかりと見た。
そしてすぐに目を大きく見開き
「秋兄……?」と、千秋を呼ぶ。
なつかしい響きに、ふっ、と、千秋の脳内に10年前の風景が蘇った。
そう、あの頃は、母の手によって今は雑草まみれの門扉の周りにも色とりどりの花が植えられていたっけ。
そんなペチュニアを、
ゼラニウムを、
ペゴニアを…
多彩な電子音を放ちながら7色に光るプラスチックの剣を使って笑顔で薙ぎ払っていく少年と、それを玄関ポーチに腰掛けて、ただハラハラと見ている臙脂色の学生服を着た自分の姿が映画のフラッシュバックのように鮮明に蘇る。
今、目の前に広がる簡素な段ボール箱と黒い鋳鉄の門扉だけの寂れた風景に、途端に鮮やかな色がついた気がして、思わず息を呑んだ。
4月の朝はまだ少しひんやりと肌に心地よく、遠くには、種類はわからないけれど、鳥の鳴き声が聞こえる。
そんな中、千秋は1人、10年ぶりに戻ってきた実家の門扉の前で段ボール五箱と一緒に立ちつくしていた。
……どうしようかな。
まず思いつく一つ目の案は、この場で箱の中身をバラして少しずつ運ぶこと。
第二案は……
『もうこれはこのまましばらく外に置いとくって言うのはどう?』
耳元でアホな自分がいきなり近所迷惑な第二案を囁いてきた。
(いやいやいや…それでなくても怪しい家に怪しい仕事してる息子が帰ってきたって言うのに、いきなり玄関に段ボール箱五つも投げ出してたんじゃ第一印象が悪すぎる……)
首を振ってアホな思考を振り切り、第一案を決行するべく段ボール箱を閉じるガムテープに手を伸ばそうとした、
その時だった。
「……もしかして、なんか困ってます?」
突然の声に、千秋はぴくりと肩を揺らす。
顔を上げると、通りの向こうにひとりの少年が立っていた。
ダボっとしたパーカーに黒のスポーツパンツ、足元は履き込まれたバスケットシューズ。年は17.8…高校生くらいだろうか。背丈は千秋ともそう変わらない。
千秋の方がまだ少しだけ大きいような気もするが、こんなものは誤差のうちだろう。
だいたい見たか、あの靴の大きさを。
あの足が、まだまだこれから彼がたけのこのように空に向けて背を伸ばすだろう未来をはっきりと予兆しているではないか。
背中にはスポーツブランドの黒いリュックを背負っていて、そこにいい塩梅に使い込まれたバスケットボールをぶら下げている。
茶色に染めた髪は後ろだけ少し刈り上げられていて、すっきりとした耳元には小さなフープピアスがさりげなく光る。
…正直いってそんなビジュアルを持つ彼は、学生時代の千秋が最も苦手としていたタイプの人間だった。
明るくて、不真面目なのに生徒からも先生からも謎の人望があって、同じような仲間と共に声を張り、人生を謳歌しているこの世の主人公。
若い頃、何一つ思い通りにいかない人生にクサクサと過ごしていた千秋にとって彼らはあまりに眩しすぎて近づき難い存在だった。
…が、学生ではなくなった今、そんな風に思い切り「男の子」でいられる今を楽しんでいる彼の姿はむしろ好感的に見えたのが自分でも不思議だった。
羨ましいな、とさえ思う。
「困……」
思えば、千秋の人生には常に困りごとが隣にいた。家の中でも、学校でも、恋愛でも、音楽の世界でも、何一つ思い通りに行ったことなどない。
「困ってます?」と聞かれて、「困ってます」と素直に答えられる性格だったらもっと人生は楽だったのかもしれない…などと言うことを咄嗟に思ったかどうかはわからないけれど、とにかく千秋が答えにまごついていると、少年は門扉の外側に積まれた段ボール箱をチラリとみて、
「これ、運べばいいんすよね」と、一言言うと、よっ、という軽い掛け声とともに一番上の段ボール箱を軽々と持ち上げた。
『困ってます』と、はっきり口に出しては言えないくせに、きっと自分の目線は思い切り困った色を纏わせて段ボールタワーに向けられていたんだろう。
恥ずかしい。
そんな情けない自分の前で、少年は涼しい顔で段ボール箱を抱えている。
大丈夫?
それ、左に傾かない…?
一瞬不安になるが、さっきあんなに千秋を手こずらせた段ボール箱は、今は少年の腕の中でじっとおとなしく手懐けられている。
肘まで捲り上げたパーカーの袖から覗く腕は、スポーツをやっているのかがっしりと逞しく、箱を持ち上げるとしっかりとした筋肉が腕の筋に沿って綺麗な影を作っている。この腕にはあんな箱を持ち上げるくらいはきっとなんて事ないんだろう。
「どこに運びます?」
「え、あ、中に……」
思わず見惚れてしまっていた千秋は、少年の声にハッとして、慌てて玄関の方を指差した。
そんな千秋の返答に
「え?中?」
と声を上げる少年。
「え?中…」
その反応に、千秋もそれと同じように返す。
少年は、その時初めて千秋の顔をしっかりと見た。
そしてすぐに目を大きく見開き
「秋兄……?」と、千秋を呼ぶ。
なつかしい響きに、ふっ、と、千秋の脳内に10年前の風景が蘇った。
そう、あの頃は、母の手によって今は雑草まみれの門扉の周りにも色とりどりの花が植えられていたっけ。
そんなペチュニアを、
ゼラニウムを、
ペゴニアを…
多彩な電子音を放ちながら7色に光るプラスチックの剣を使って笑顔で薙ぎ払っていく少年と、それを玄関ポーチに腰掛けて、ただハラハラと見ている臙脂色の学生服を着た自分の姿が映画のフラッシュバックのように鮮明に蘇る。
今、目の前に広がる簡素な段ボール箱と黒い鋳鉄の門扉だけの寂れた風景に、途端に鮮やかな色がついた気がして、思わず息を呑んだ。
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