【完結】親の罪で売られた娼夫が、硬派な特務中尉と『自由恋愛』に至るまで

かおる

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「こんばんは、旦那様。……今夜も相部屋になさいますか?」


 ロゼルの呼びかけに黙って頷いた背の高い男は、宿屋の主の太った分厚い手に金貨を落とした。
 ホールに伸びた階段をゆっくり降りてきたロゼルの、細い裸足の足首に付いた鈴が小さく鳴る。
 男の腕をとり、また上ってゆけば、シャランシャランと優雅な音が響いた。
 濃い橙色の灯りのランプでは、『旦那様』のフードの奥の顔は照らすことが出来ない。重いブーツを引き摺ることもなく、精緻な足取りでロゼルについていく男の目を見ることが出来るのはロゼル――鈴枷のついた、美しい娼夫一人だけだ。


「おいでになって。『私』のお部屋は空いていますから」


 決まり文句を告げて、まるで女のような丈の長いローブドレスをなびかせる。二階の廊下を二人で進み、重い木と鉄の扉を閉じれば、そこからは『泊まり客二人の自由な空間』。

 男がフード付きのマントを脱いだ。まず黒の短髪が顕になり、次に深緑の瞳がロゼルを見つめる。
 筋肉が詰まった身体つき、頭ひとつよりもっと差のある身長。
 傷の多い大きな手がロゼルの白い顔を掴み、上を向かせる。
 思わず体に震えが走る。


「……ロゼル」


 彼の声は、その瞳の色よりもっと深い。
 深くて、重くて、ロゼルの身体から自由を奪ってしまうのだ。
 醒めた色の唇を怖々と開いて、ロゼルが声を出した。先程までの艶めいた客取りの芝居とは似ても似つかない、恐れを成した震え声で。


「……ジェダイト、さん」


 ジェダイトと呼ばれた男の眼差しが眇められた。腕のいい彫刻師が戦功を立てた将軍の像を彫るならきっとこうなるだろう、そう思わせる顔立ちに不機嫌な表情が乗るのはなんとも恐ろしい。
 一方で、神話に伝わる花の森の精を国一番の画家が描けば彼になる――そう評されたロゼルのかんばせが恐れおののいても、ただ可憐なだけだ。

 ジェダイトの精悍な顔がロゼルに近付けられた。
 薄い耳に唇が寄せられ、ビロードの質感の声が直接鼓膜に届けられる。
 肩を竦めてそれを受け止めるロゼルはこの後のことを思って涙目だった。

 自分と彼は、今夜もまた――。
 

「……今夜こそ、まともに『演じて』くれるんだろうな?」

「は、いっ……今夜も、よろしくお願いします……」



【親の罪で売られた娼夫が
 硬派な特務中尉と『自由恋愛』に至るまで】



 この『巡礼者の宿ドムス・クレド』には、ロゼルのような長期滞在者が常に複数人いる。

 『彼ら』は宿の外には出られない。足に鈴枷を付けられて、宿屋の主人に飼われている。

 外向きには『長逗留の客』として扱われるのだが、実際のところ彼らが何者なのか、裏街の誰もが知っていた。

 彼らは男相手の商売をする『娼夫』なのだ。

 教典によって同性愛が罪となるこの国で、男に抱かれるために生きている者たち――日陰の中の日陰者。
 それがロゼルだった。



 
「――あっ、あっ……!旦那様、ああ、そんな……」

 シャン。シャン。
 ロゼルを縛る鈴の音が一定のリズムで響いている。
 同じ速さでベッドフレームが軋む音もして、更にはロゼルのあげるため息のような声も薄暗い部屋に落ちていく。

 ベッド上ではジェダイトがロゼルに覆い被さり、腰を揺らしていた。互いの下半身が隠れるようシーツが被せてあるが、その場面は誰であっても性行為をしているようにしか見えないだろう。

 ただ、仰向けに寝かされて膝を割り開かれたロゼルの顔色はちっとも変わっていなかった。
 声をあげてみるもののやはり控えめになってしまい、気まずそうに視線を横に逸らす。ジェダイトの顔を見るのが恐ろしいのだ。


「……やる気はあるのか?」


 まるで口付けするかのように顔を寄せるジェダイトが、苦々しい顔でロゼルを窘めた。ロゼルもわかっている。自分がとても下手なことは分かっているのだが、これが限界なのだ。
 教義に反することなく「している」ふりだなんて、ロゼルにはハードルが高すぎる。

 慣れない喘ぎ声はどこから出せばいいのか、なんと口にすればいいのかよく分からない。動き方も知らず、ジェダイトの言うがままの姿勢をとるしかない。
 結果、脚の間にジェダイトの腰を――着衣のままの身体を割り込ませ、柔軟体操のようにゆすられるのをしばらく繰り返していた。


「あります。……ちゃんと、してみせますから」

「ではもっと真実らしく声を出せ。君の声は、俺の証拠作りのために周りに聞かせなければならないんだぞ」

「わ、わかって――ん、ぐっ……」


 下腹部を軽く押される。「苦しいほどに責められている」ような反応を狙ったジェダイトは時折こうして手を加えた。なるべく逆らわず、身体の反応に任せることにしているロゼルは、ン、ン、と微かな唸りを鼻から漏らした。
 これが本当に愛し合う営みだとしたら、男側は自信を失いかねない。ロゼルの反応はそれほどに弱々しい。


「こんな処女のような男だとはな……、はぁ」

「あなたがっ……初物を求めた、んでしょう」

「女くらいは抱いていると思っていた」


 溜息を吐かれて反論しても、それ以上何も言えなくなった。性行為の経験がひとつもないのは確かだし、初日の晩にそれはバレてしまっている。
 鈴の音のペースが早くなった。こうなると、終わりに向けて更なる演技を求められる。
 視線だけで促された。そんな色の目で見ないで欲しい――恐怖で更に喉が固まる。


「やっ……あ……!あ……!」





 この宿は当然非合法の闇商売だ。経営している側も悪ければ、身を売る娼夫も、客も、摘発されれば罪に問われる。
 しかし宿側だけは、あからさまな言い訳をたてて「客同士の自由な恋愛による行為でした」と言い張れば、その間に逃げることが出来るのだ。

 そんな汚れた場所に、ジェダイトはまったく似つかわしくない男だった。

 恵まれた体格に彫像のような顔は勿論、冷徹にも思えるそっけない口調。カモフラージュのために上だけ脱いだ身体の至る所にある古傷。
 彼はルーメニア神教の教義違反者を取り締まる特務局員だ。階級は中尉だと言っていた。この若さで、おそらく優秀な男。
 それが今や、他国のお忍び貴族のような上質な衣服を纏い、二つあるベッドの大きい方に寝転んでいる。

 ロゼルはオマケのような小さなベッドに座りながら言った。


「……順調に進んでいるのですか?その……捜査は」

「君に明かすことは出来ない。そのつもりもない」

「失礼しました……」

「君の『更なる協力』を期待している」

「……はい……」


 これは『優秀』だ。いつ有事があってもいいように外出着で仮眠をとろうとしているあたりからも窺える。

 ロゼルはジェダイトの協力者だった。

 正体を明かされた時には命の覚悟をした。断ったら口封じは免れないだろうに、先にタネ明かしをしてきた彼を恨む気持ちもある。

 それでもロゼルは受けた。
 ジェダイトを『非合法売春宿に、目当ての娼夫を買うため通う遊び人』に仕立てる作戦を。


「今日はあの主人に疑いの色が見て取れたが、君はなにかまずいことでも言ったんじゃないだろうな。昼間の行動を報告してくれ」

「そんな、僕はなにも……!……あ」

「なんだ」

「……ベッドが綺麗すぎる、もっと……乱れた奉仕をしないと飽きられるぞ、とは言われましたけど」

「まったく……」


 宿の「建前」上、ジェダイトがここ以外の宿を取ることはない。今は外国からの旅人だと偽っているので当然長く居座ることになる。
 こうして相部屋で過ごす夜ももう四回目。
 ベッドメイクをする下働きから報告を受けた主人は、客を他に取られないようロゼルにきつく言い含めていた。何せ、ジェダイトはロゼルの初めての客なのだ。


「シーツをもっと、こう、雑に置けばいいのですか?何かしたように見えるかな……」

「無知だな。それでも娼夫なのか」

「だって、それ以外にどうすれば……」

「このベッドには汗の匂いも、体液の名残りもない。工作するなら布の乱れ程度では不完全だ」


 ロゼルは性行為のリアルな名残りを想像して顔を赤らめたが、ジェダイトは平然としている。彼はいつもこうだ。不埒な話題なのに顔色ひとつ変えはしない。さっきまでの『芝居』だって、いつもそうだった。


「来い」


 本来、客と二人で使うことを想定された大きなベッドに呼びつけられた。言葉と眼差しだけで、命令するように、切れ味鋭く。

 怯えながらもそれには逆らえない。
 ロゼルだって、納得ずくでこの作戦に協力している――それ以外にこの日陰者が日の下に出る術はない。

 ゆっくりとベッドに上がった。
 痩せた身体が乗っても揺るぎもしない。
 「あの時」から伸びっぱなしのロゼルの髪は肩に付くほどになっていて、練り絹のような質感で、毛先には身体の震えが伝わっていた。

 ジェダイトが、哀れな細身を引き寄せた。手首をしっかり掴まれている。


「以前言った通り、俺は教典に反することはしない。君も『まだ反してはいない・・・・・・・・・』。
 ……挿入が無ければ神は大抵のことをお許しくださっているそうだ。グレーな店はそうしている」

「では、なにを……、あっ!?あ、やだ、やめてぇ……!」


 大きくて骨ばった手が、男を誘う薄着のロゼルの股座をまさぐった。
 下着など付けさせてもらえない。布一枚程度に守られたその場所は、脚を閉じようとしても簡単に抵抗を遮られて明かされてしまう。
 ローブのたっぷりした布をたくしあげると、僅かに身体よりも色濃くなったその部分がランプの下に晒された。
 ジェダイトは伸し掛るようにして、身体を使いロゼルを拘束している。羞恥にぱっと顔が赤くなり、隠そうと伸ばした両手とも頭の上で一纏めにされてしまう。


「君の体液を使わせてもらう。……丁度いいな、これで少しは演技も上手くなるだろう」


 なんて残酷なことを言うのか。明日からもこの偽りの、罪と抜け穴の綱渡りをするために、ジェダイトはロゼルの力無い陽物に手をかけた。


「あ……ぅ……」


 滑りが悪いといって、サイドテーブルの小瓶から陽物に直接油を垂らす。冷たくて震えるが、お構いなしに手が上下していく。
 くちゅくちゅと粘っこい音が聞こえてきて、頬がジンと痺れるような心地がした。男としてなにかのスイッチが入ったのを感じる。性欲の薄いロゼルだったが、さすがにこの感覚は覚えがあった。
 頭がかくんと力無く落とされて、抵抗よりは腰のゆらめきでベッドが僅かに揺れる。ジェダイトの顔は見ることが出来ない。
 低くて、それでもさっきより熱が乗ったぼんやりした喘ぎが溢れてくる。


「ぁ、ぁ……」

「もっと声を。責められた娼夫の芝居をしろ。俺が君に、夢中になっていると思わせろ」

「あ……ぁ、はあっ、んぁ、あ……っ」


 恥ずかしい。
 いやだ。
 人に見せたこともない自慰のような行為を、どうしてこの人に。
 しかし大きくて器用な手は、ロゼルの先端を爪の短い指先でぐりぐりと抉ってくるので喉が絞られたような声が出てしまう。


「んぅ!んッ、ン、だめ、だめジェダイト、さ……っ」

「上手くなってきた」

「あぁっ……っさ、先のとこ、擦るの……!なんでそんな、こするの、やだ……!やだっ、だめ、しないで!」


 過敏な場所をしつこく弄られると口からは拒否の言葉が飛び出てしまう。
 実際は違った。
 むりやり感度を押し上げられるようで、気持ちよくて、放ちたくて、腰が振れてしまうからだめだった。


「だ……め、あっ、もう、だめ、だめです……っ!」

「何がだめなんだ」

「イくから、イく、出そ……っ、……はぁ、ぁ、ん」

「馬鹿なことを」


 頭の芯が熱くて、身を任せる手は力強い。
 ここは売春宿。
 自分は売られた娼夫。
 密着する体温はこの三日で慣れてきていて、ジェダイトは――。


「君をイかせるためにやっているんだろ」


 ジェダイトは、ビロードの声でロゼルを促した。


「ん、ィ、イく……ッ!!」


 腰を突き出すようにしながら、ぎゅっと力が入った筋肉に押し出されて精が飛び出した。
 シーツに散っていく白い欲の残滓。これがあれば、宿の主人は満足だろう。

 ぐったり脱力した身体が解放される。
 二人が楽に休めるサイズのベッドで、ジェダイトはそのままロゼルの横で眠るようだ。
 ロゼルも靄がかかったような思考のまま、話をする気にもなれず目を閉じる。

 二人は初めてひとつのベッドで眠った。
 神と国に背くより、隣の男に吐精させられたことが、ロゼルにとってよほど致命的な夜だった。




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