10 / 48
式典の陰
しおりを挟む
煌びやかな大広間に、音楽と人々の笑い声が満ちていた。
年に一度開かれる貴族たちの式典──そこに私は、サフィール先生と並んで足を踏み入れた。
「落ち着きなさいな♡ お嬢様、そんなに肩に力を入れちゃって」
「う、うるさい! こ、これは正式な場なんだから……!」
胸の奥がざわめく。
いつもの男装じゃない。
女の子の格好で、婚約者として先生と並んで歩くのは、どうしてこんなに居心地が悪いんだろう。
⸻
人波の中で、ふと声が響いた。
「──まあ。あなた、サフィールじゃない」
振り向くと、そこには長身の人物が立っていた。
豊かな金髪を結い上げた美しい顔立ち──けれど、声には少し低い響きがある。
女とも男ともつかない、どこか中性的な雰囲気。
「んまぁ♡ 久しぶりねぇ、リオネル」
先生が目を細め、懐かしそうに微笑んだ。
リオネル?
……誰、それ。
⸻
二人は自然に言葉を交わし始めた。
「昔と変わらないわね。相変わらず人を惑わす笑みを浮かべて」
「あら、あなたこそ。今も艶っぽいままじゃないの♡」
笑い合う姿が、妙に親密に見えてしまう。
私は胸の奥がちくりと痛んだ。
まるで私なんか眼中にないみたいに。
──私は婚約者のはずなのに。
「サフィール、昔はよく私を口説いてくれたでしょう?」
「まぁ♡ そんなこともあったかしらねぇ」
さらりと流す先生。
なのに、私は思わず足を踏み鳴らしてしまった。
「……っ! 先生、そろそろ帯出しませんか!」
自分でも驚くくらい尖った声が出る。
⸻
リオネルは面白そうに私を見て、唇を弧にした。
「可愛らしい方ね。あなたが今の婚約者?」
「そ、そうよ! だから……!」
思わず前に出て、言い切る。
その瞬間、先生が目を細めて私を見た。
どこか愉快そうに、そしてほんの少し優しげに。
「ふふ♡ そういうことだから。今は大切なお嬢様と一緒なのよん」
リオネルは肩をすくめ、グラスを掲げる。
「なら、お幸せに」
そう言い残して、群衆の中に消えていった。
⸻
式典の帰り道。
私はずっとむすっとした顔のままだった。
「そんなに睨まないで。しわが増えるわよ♡」
「なっ……誰がっ!」
悔しくて、言葉がうまく出ない。
どうしてこんなにイライラするのか、自分でも分からなかった。
ただひとつ分かったのは──私はサフィール先生の「過去」を知らない。
いや、過去だけじゃ無い。
先生の事を全くわかっていない。
知らない事ばかりだということ。
そしてそれが、どうしようもなく気に食わなかった。
年に一度開かれる貴族たちの式典──そこに私は、サフィール先生と並んで足を踏み入れた。
「落ち着きなさいな♡ お嬢様、そんなに肩に力を入れちゃって」
「う、うるさい! こ、これは正式な場なんだから……!」
胸の奥がざわめく。
いつもの男装じゃない。
女の子の格好で、婚約者として先生と並んで歩くのは、どうしてこんなに居心地が悪いんだろう。
⸻
人波の中で、ふと声が響いた。
「──まあ。あなた、サフィールじゃない」
振り向くと、そこには長身の人物が立っていた。
豊かな金髪を結い上げた美しい顔立ち──けれど、声には少し低い響きがある。
女とも男ともつかない、どこか中性的な雰囲気。
「んまぁ♡ 久しぶりねぇ、リオネル」
先生が目を細め、懐かしそうに微笑んだ。
リオネル?
……誰、それ。
⸻
二人は自然に言葉を交わし始めた。
「昔と変わらないわね。相変わらず人を惑わす笑みを浮かべて」
「あら、あなたこそ。今も艶っぽいままじゃないの♡」
笑い合う姿が、妙に親密に見えてしまう。
私は胸の奥がちくりと痛んだ。
まるで私なんか眼中にないみたいに。
──私は婚約者のはずなのに。
「サフィール、昔はよく私を口説いてくれたでしょう?」
「まぁ♡ そんなこともあったかしらねぇ」
さらりと流す先生。
なのに、私は思わず足を踏み鳴らしてしまった。
「……っ! 先生、そろそろ帯出しませんか!」
自分でも驚くくらい尖った声が出る。
⸻
リオネルは面白そうに私を見て、唇を弧にした。
「可愛らしい方ね。あなたが今の婚約者?」
「そ、そうよ! だから……!」
思わず前に出て、言い切る。
その瞬間、先生が目を細めて私を見た。
どこか愉快そうに、そしてほんの少し優しげに。
「ふふ♡ そういうことだから。今は大切なお嬢様と一緒なのよん」
リオネルは肩をすくめ、グラスを掲げる。
「なら、お幸せに」
そう言い残して、群衆の中に消えていった。
⸻
式典の帰り道。
私はずっとむすっとした顔のままだった。
「そんなに睨まないで。しわが増えるわよ♡」
「なっ……誰がっ!」
悔しくて、言葉がうまく出ない。
どうしてこんなにイライラするのか、自分でも分からなかった。
ただひとつ分かったのは──私はサフィール先生の「過去」を知らない。
いや、過去だけじゃ無い。
先生の事を全くわかっていない。
知らない事ばかりだということ。
そしてそれが、どうしようもなく気に食わなかった。
1
あなたにおすすめの小説
次期国王様の寵愛を受けるいじめられっこの私と没落していくいじめっこの貴族令嬢
さら
恋愛
名門公爵家の娘・レティシアは、幼い頃から“地味で鈍くさい”と同級生たちに嘲られ、社交界では笑い者にされてきた。中でも、侯爵令嬢セリーヌによる陰湿ないじめは日常茶飯事。誰も彼女を助けず、婚約の話も破談となり、レティシアは「無能な令嬢」として居場所を失っていく。
しかし、そんな彼女に運命の転機が訪れた。
王立学園での舞踏会の夜、次期国王アレクシス殿下が突然、レティシアの手を取り――「君が、私の隣にふさわしい」と告げたのだ。
戸惑う彼女をよそに、殿下は一途な想いを示し続け、やがてレティシアは“王妃教育”を受けながら、自らの力で未来を切り開いていく。いじめられっこだった少女は、人々の声に耳を傾け、改革を導く“知恵ある王妃”へと成長していくのだった。
一方、他人を見下し続けてきたセリーヌは、過去の行いが明るみに出て家の地位を失い、婚約者にも見放されて没落していく――。
【12月末日公開終了】有能女官の赴任先は辺境伯領
たぬきち25番
恋愛
辺境伯領の当主が他界。代わりに領主になったのは元騎士団の隊長ギルベルト(26)
ずっと騎士団に在籍して領のことなど右も左もわからない。
そのため新しい辺境伯様は帳簿も書類も不備ばかり。しかも辺境伯領は王国の端なので修正も大変。
そこで仕事を終わらせるために、腕っぷしに定評のあるギリギリ貴族の男爵出身の女官ライラ(18)が辺境伯領に出向くことになった。
だがそこでライラを待っていたのは、元騎士とは思えないほどつかみどころのない辺境伯様と、前辺境伯夫妻の忘れ形見の3人のこどもたち(14歳男子、9歳男子、6歳女子)だった。
仕事のわからない辺境伯を助けながら、こどもたちの生活を助けたり、魔物を倒したり!?
そしていつしか、ライラと辺境伯やこどもたちとの関係が変わっていく……
※お待たせしました。
※他サイト様にも掲載中
つまらなかった乙女ゲームに転生しちゃったので、サクッと終わらすことにしました
蒼羽咲
ファンタジー
つまらなかった乙女ゲームに転生⁈
絵に惚れ込み、一目惚れキャラのためにハードまで買ったが内容が超つまらなかった残念な乙女ゲームに転生してしまった。
絵は超好みだ。内容はご都合主義の聖女なお花畑主人公。攻略イケメンも顔は良いがちょろい対象ばかり。てこたぁ逆にめちゃくちゃ住み心地のいい場所になるのでは⁈と気づき、テンションが一気に上がる!!
聖女など面倒な事はする気はない!サクッと攻略終わらせてぐーたら生活をGETするぞ!
ご都合主義ならチョロい!と、野望を胸に動き出す!!
+++++
・重複投稿・土曜配信 (たま~に水曜…不定期更新)
病弱な彼女は、外科医の先生に静かに愛されています 〜穏やかな執着に、逃げ場はない〜
来栖れいな
恋愛
――穏やかな微笑みの裏に、逃げられない愛があった。
望んでいたわけじゃない。
けれど、逃げられなかった。
生まれつき弱い心臓を抱える彼女に、政略結婚の話が持ち上がった。
親が決めた未来なんて、受け入れられるはずがない。
無表情な彼の穏やかさが、余計に腹立たしかった。
それでも――彼だけは違った。
優しさの奥に、私の知らない熱を隠していた。
形式だけのはずだった関係は、少しずつ形を変えていく。
これは束縛? それとも、本当の愛?
穏やかな外科医に包まれていく、静かで深い恋の物語。
※この物語はフィクションです。
登場する人物・団体・名称・出来事などはすべて架空であり、実在のものとは一切関係ありません。
愛しているなら拘束してほしい
守 秀斗
恋愛
会社員の美夜本理奈子(24才)。ある日、仕事が終わって会社の玄関まで行くと大雨が降っている。びしょ濡れになるのが嫌なので、地下の狭い通路を使って、隣の駅ビルまで行くことにした。すると、途中の部屋でいかがわしい行為をしている二人の男女を見てしまうのだが……。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
【完結・おまけ追加】期間限定の妻は夫にとろっとろに蕩けさせられて大変困惑しております
紬あおい
恋愛
病弱な妹リリスの代わりに嫁いだミルゼは、夫のラディアスと期間限定の夫婦となる。
二年後にはリリスと交代しなければならない。
そんなミルゼを閨で蕩かすラディアス。
普段も優しい良き夫に困惑を隠せないミルゼだった…
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる