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第三章 ヨミ、天然記念物級の天然と庭いじりをする

(三)

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「はい。よろしくお願いします」

 軽自動車の助手席に乗り込む。黄色くて、ころっとした車。愁は運転席に座った。ヨミは助手席が慣れなくて落ち着かない。この車の助手席には、いつだって妹が座っていた。

 それにしても。

「あつい」
「今日はとくに気温が高いそうです。この車、冷房効くのがちょっと遅くて、しばらく我慢させてしまうかもしれません。ごめんなさい」

 心底申し訳なさそうに言って、愁はハンドルを握った。車は田んぼ道を走り出す。愁の運転はのんびりしている。

 途中で自転車に乗って駆けていく小学生のなっちゃんに遭遇した。こちらに気づくと手を振ってくれる。そのかわいさに、すこしだけ暑さから救われた気がしたけれど、やっぱり暑いものは暑い。

 そうそう、自転車といえば。

「この前、納屋に押し込められていた自転車を出してみたんです。中学生のときから使ってた自転車。もう埃がすごくって。タイヤもぺこぺこになってたから、自転車屋さんに預けてきました」
「へえ。自転車ですか。地球に優しくていいですね。さすがヨミさん」
「いえいえ。わたしが車の免許持ってないってだけの話なんですけどね」
「あれ、持ってませんでしたっけ?」
「ないですよ。だからほら、バスを使うんです」

 田舎で車がないと不便だ。どれくらい不便かって、スーパーに行くのも困難なくらい。家から歩いていこうとすると四十分はかかる。幸いにもヨミの家の近くにはバスの停留所があるから、まだマシだけど。

「自転車、新しいものを買おうとは思わなかったんですか?」
「なんだか愛着湧いちゃって、捨てられないんです。ボロボロになって引退せざるを得なくなるまでは、あの子を使いたいかなって思って」

 愁は納得したようにうなずいて微笑んだ。

「ヨミさんらしいですね」
「そうですか?」
「はい」

 ヨミらしいというのがどういうものなのかヨミにはわからないけれど、そういうことは自分自身より他人の方が気づきやすいのかもしれない。だからきっと、今の発言はヨミらしかったのだろう。

 ……もしかして、貧乏性がヨミらしさなのだろうか。それはちょっと嫌だなあ。

 ふるふると首を振って、浮かんだ考えを打ち消した。

「愁くん。庭づくりだけど、プランター栽培はどうですか? そっちの方が簡単だって、ナミが言ってた」

 愁は「そうですか、ナミさんが」と前を見たまま笑顔を深める。

「うん、そうしましょう。いいと思います」
「……わたしが言っておいてなんですけど、もっとこう、愁くんがこうしたいって思っていたことはないんですか?」

 あまりにもあっさり意見が通って、ヨミは不安になる。妹夫婦の家とはいえ、ヨミが手出ししていいものか。それでも愁は曖昧に笑うだけだった。

「うーん、こうしたいって希望はとくにないんです。とにかく庭があのままなのは駄目だなあと思っただけなので。だから綺麗になればなんでもいいんです。ああ、でも」

 すこしだけ寂しそうな顔になって、

「新しい庭にしたいなとは……、思うかな」

 ぽつりと付け足した横顔を、ヨミは見る。日焼けなんてしたことがなさそうな綺麗な顔だ。

「前と同じじゃ嫌なんですか?」
「せっかく僕が手を加えるんですから、違った庭にするのも面白いんじゃないかと思うんです。駄目、でしょうか?」

 おずおずと訊かれて、ヨミは首を振った。寂しいとは思うけれど、それも愁の選択だろう。
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