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第三章 ヨミ、天然記念物級の天然と庭いじりをする

(四)

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「あそこは愁くんの庭だから、愁くんのしたいようにすればいいと思いますよ。あ、そうだ。ねえ愁くん、うちの母さんがまたご飯食べにおいでって言ってたから、暇なときに来てくださいね」
「お邪魔してもいいんですか?」
「もちろん、大歓迎です。母さんも父さんも喜ぶと思う。ほら、わたしお酒弱いから。飲める相手がほしいみたいで。愁くんお酒強いでしょ」

 愁はあどけない外見のくせに酒に強い。どれだけ飲んでも顔色を変えずに、にこにこしている。ヨミの両親はそんな愁のことをとても気に入っていた。彼が飲みに来るときは、たいていヨミだけ先に寝てしまう。彼らの酒飲みがいつまで続いているか、知る由はない。

「わかりました。ではお言葉に甘えて、近いうちにお邪魔しますね」
「……それ、絶対に来ない返事じゃないですか」

 ヨミが笑うと、愁も笑った。そんなことないですよ、と首を振られる。

「ひとりでご飯食べるのは寂しいので、呼んでもらえると嬉しいんです」
「それならよかった。いつでも来てください。遠慮しなくていいから」
「はい」

 そうと決まれば、買い物に出かけている父と母に「愁くん、ご飯に誘ったからよろしく」とスマホで送った。即効で「りょうかい!」とふたりから返事が来たものだから思わず笑ってしまう。

「愛されてますね、愁くん」
「え?」
「父さんも母さんも、嬉しそうですよ」

 車が一時停止したタイミングでスマホの画面を見せれば、愁は照れくさそうに微笑んだ。

 車は隣街に入って、ホームセンターの駐車場に停まった。車をおりて園芸コーナーに向かうと、土の匂いがむっと鼻を襲う。ホームセンターには独特の香りがある。土と金属が混ざったような匂い。ヨミは昔からこの匂いを嗅ぐと楽しくなる。創作意欲がかきたてられるというか。とにかく、ワクワクするのだ。

 楽しさのまま、ヨミは愁を振り返った。

「さて、愁くん。なにを植えましょう。よりどりみどりですよ!」

 愁はゆっくり店内を見渡す。低木から観葉植物、野菜、花、たくさんある。それらをじっと見つめて、困ったように笑った。

「たくさんありますね」
「そうですね」
「なにがいいかな」
「愁くんのお好きなものを」
「うーん……」

 そうだなあ、と愁はつぶやく。なかなか答えが出ない。のんびり屋さんだから。

 彼は保護すべき天然記念物。進む道を整えてあげるのも、きっとヨミの仕事だ。とはいえ、ヨミの考えを押しつけてはいけない。愁に選択の余地を与えつつ、道を示してあげられるアドバイスをするべきだ。……難しいな、それ。

 ヨミも店内を見渡して、目についた種を指さした。

「ちょうどわたし、ベランダ菜園をやってみようかなあと思っていたんです。野菜育てるのもいいんじゃないですか? 食費が浮きそうだし、お得感ありますよね」

 やってみようかと思うだけで、まだなにもしていないヨミだったが。ヨミの重い腰が上がるのはいつなのか、それはヨミにもわからない。このまま腰が上がらないに賭けた方が当たるかもしれない。

 愁にいいアドバイスを、と思ったけれど、結局自分のしたいことを伝えていることには目をつぶる。

 愁は思わずといった様子で笑った。

「てっきり花をおすすめされるのかと思いました。野菜ですか」
「あ」

 はっとする。

「そうですよね。ごめんなさい、かわいげなくて」

 いの一番に野菜をおすすめしてしまうのは、いかがなものか。去年妹が作っていた庭にはかわいらしい花がたくさんあったのに。情けなくてため息をこぼす。

 双子なのに、なんだこの差は。こんなんだから妹は愁みたいな優しい男性と結婚できて、ヨミは未だに彼氏がいないのかもしれない。あ、ちょっと傷ついた。

「なんかわたし、女子力低いですね」
「いえいえ、そんなことは。家庭菜園も立派な女子力だと思いますよ」
「どちらかといえば主婦力じゃないですか?」

 きっと愁だって、花を買いに来たはずなのだ。

「やっぱり女子力を高めて、お花を見に行きましょう」
「僕、男なんですが」
「まあまあ、そこは気にせず。ほら、あっちだと思いますよ、お花のコーナー。行ってみま、うっ」

 突然、ヨミの手首を愁が握った。
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