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第四章 ヨミ、癒しの姉を抱きしめたい

(四)

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 そんなつもりじゃない。反抗期はちゃんと高校生のときに終わらせた。今思うと、暴れまくった高校時代だなあと思う。両親も大変だったことだろう。しかし今のヨミは反抗期を終えて大人になっているはずだ。コーヒーだって飲めるようになったし。

 なんだか沙希さんに子ども扱いされたような気がして、ヨミはちょっと唇を尖らせた。でもその仕草こそ子どもっぽいと気づいて、すぐに唇をしまう。危ない危ない。大人の余裕を持たなければ。

「わたしは、母さんも父さんも好きですよ。大切にしたいと思います。赤ちゃんのころは置いておいたとしても、今だって親のすねをかじって生きている身なので、そこは感謝していますし」
「ヨミちゃんはまだ実家暮らしなんだもんね」
「はい」

 母の手料理を食べて、父の稼いできたお金にも頼って生活している。ちょっとはヨミだって家事をしたりお金を家に入れたりしているけれど、ひとり暮らしに比べたら親に甘えて生きていると言っていいだろう。だから感謝はしている。ただ。

「なんだかなあって思うだけです。恩の押し売りをされている、そんな気がして。無理やり売られた恩に対して親孝行しないといけないのは納得いかないなあ、と」
「うーん、そっか、そうだね……。そういう考え方もあるかもしれないね」

 なにを面倒くさいことを、と言われやしないだろうかと内心思っていたヨミは、沙希さんの穏やかな声にほっとした。

 沙希さんはうなずきながら、アイスコーヒーをかき混ぜる。からんころん、と涼やかな音が鳴って、深い色のコーヒーがグラスの中を回る。それから沙希さんは、ゆっくり首をかしげた。

「でもわたしは、子どもが生まれることは親の意思だけじゃないと思うなあ」

 思いのほか、沙希さんは真面目に会話を続けてくれるようだ。

「だってほら、子どもがほしいって思ってもなかなか授からない人たちも、たくさんいるでしょう。だからあれは、親の意思と生まれたいって思う子どもの意思が合わさったものなのかもなあって、わたしは思うかな」
「子どもの意思もですか? なにも考えてなさそうな赤ちゃんなのに」
「そう。わたしたちは赤ちゃんのときのことを覚えていないし、赤ちゃんは話すこともないけど、生きたいっていう欲求は生まれる前からあるんじゃないかなあと思って。だって、おたまじゃくしは必死に泳いで卵にたどり着くわけでしょう。それは子どもの頑張りじゃないかな」

 おたまじゃくし……かわいい。

「うーん、なるほど。そう言われてみれば、そうなのかも」

 ヨミがうんうんと相づちを打てば、沙希さんは意外そうに言う。

「あっさり受け入れるんだね。トーク番組みたいに反論されるかなあと思った」
「しませんよ、そんなこと」

 ヨミは思想家じゃない。お偉い信念を抱いているわけではないのだ。せいぜいが日常のこまごましたことに思いを馳せて口うるさく言ってみる程度。なるほどと思えば、別の考えも受け入れる。

 だいたい、ヨミは討論が苦手なのだ。この世の中に正解がひとつしかないなんてことの方が少ないと思う。みんなそれぞれの意見があって当然。それを否定していては疲れてしまう。

 みんな違ってみんないい、それでいいと思う。

「そういえば、親孝行はあっても、子孝行はないですね」

 ふとヨミは思った。

「子孝行、ここーこー……言いにくいね」
「そうですね。にわとりの鳴き声みたいです。ここーこー」

 ふたりで笑ってアイスコーヒーを飲む。美味しいねえと言う沙希さんに、「家の近所にもコーヒー屋さんができたんですよ」と水樹の店を教えてあげた。水樹が引っ越してきたのは、沙希さんが町を出ていったあとだから。

 多分沙希さんなら、水樹のあしらいもうまい気がする。
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