43 / 53
第五章 ヨミ、大喧嘩?する
(一)
しおりを挟む
人の恋には口出しできない、とヨミは思う。
恋愛は一対一で行う真剣勝負だ。相手の心をつかむ心理戦、ダイエットを頑張る肉体戦、相手の好みを探る情報戦――。総合勝負。それを行うのは、自分と相手。第三者が介入する余地はない。燃え上がっている本人たちになにを言ったって、虫の羽音程度の扱いをされること請け合いだ。だからヨミは口を挟まない。というか挟めない。
『熱愛発覚!』
テレビに大きく映し出された文字。一部の人の土曜日の朝という平穏を脅かしているであろう四文字だ。SNSでもトレンド入りしていた。女子ウケ抜群のアイドルが、人知れず既婚者になっていたらしい。大変だなあと、ヨミはなんとなしにため息をつく。
芸能人の熱愛報道、はたまた不倫報道、その他もろもろ。いったいなんのために一般人に知らされるのだろう。
スキャンダルが出たら、ファンは悲しむ。人を悲しませる情報なら、そっと隠してあげればいいのではないか。もっと楽しい話題を提供してほしい。それに芸能人といえども、彼らは人間だ。熱愛も不倫も、プライベートなことなのだから好き勝手にやらせてあげればいいのに――、いや不倫は好き勝手にされては困るけれど、まあ困るのはヨミではなくて当人たちなのだから、やっぱり当人たちだけで解決すればいい。第三者が口出ししてどうなるものでもない。
「よっこいしょ。お母さん出かけてくるー」
「はいはい。ミイラにならないように気をつけて」
「なったらピラミッド建ててください」
「庭サイズの小さいやつならね」
「それでいいよ」
鞄を持って庭に出ると、自転車にまたがった。納屋から数年ぶりに引っ張り出して、自転車屋に預けていたものだ。つい先日、修理が終わってヨミのもとに帰ってきた。懐かしの相棒。
「よいしょ」
ペダルを踏み込む。
――なんか、かけ声多いな。
暑いからだろう。気合いを入れないと動けないのだ。歳をとるとかけ声が増えるらしいが、これは暑いからなのであって、それ以上の意味はない。そういうことにしておく。
自転車は滑らかに走り出す。修理が完璧だ。さすが自転車屋さん。
楽しくなってきたヨミは夏の青春ソングを口ずさむ。風がすばやく駆け抜ける。田んぼ道をずーっと走る。空は青い。雲は白い。相棒(自転車)も絶好調。そりゃあ楽しいに決まっている。いつもより楽々と雑貨屋兼コーヒー屋にたどり着いた。
「水樹さん、こんにちは。生きてますか……あ、死んでますね」
ヨミがプレハブ小屋に入ると、カウンターに突っ伏している女性の姿があった。もちろん、ここの店主である水樹だ。ヨミが近づいても、ぴくりとも動かない。ちょっと心配になる。
「水樹さん? 大丈夫ですか」
とんとんと肩を叩けば、水樹はやっと首を動かして、突っ伏したままヨミを見上げた。ヨミは驚いて目を瞬く。
「わあ、すごい顔ですよ。ゾンビみたいです」
「――入水してくる」
「へ」
「川に、入水してくる」
「待て待て」
思わず敬語が抜けてしまったじゃないか。
水樹はふらりと亡霊のように立ち上がって外に出ていく。いつもとは違う水樹の姿にあっけにとられたヨミは動けなかった。だっていつもの水樹は傍若無人で、ゴーイングマイウェイで、一本のたしかな芯を持つ人だ。今は水に浸したトイレットペーパーの芯くらいのへろへろ加減。
はっとして追いかける。
「ちょっと水樹さん!」
水樹はヨミの声なんて聞こえていないように、山に向かう。ヨミもため息をこぼしてから、その後ろを歩き始めた。
やっぱり熱愛報道なんてするものじゃない。入水しようとするファンが生まれてしまったじゃないか。どう責任を取ってくれるんだ、報道陣。
そう。なにを隠そう、世間の注目を浴びている熱愛報道のアイドルが、水樹の愛する推しなのである。
以前水樹に教えてもらった彼女の推しだと気付いたから、心配になって来てみたのだった。案の定、水樹は平常心を欠いている。
水樹はふらふらと山をのぼっていく。月見神社のある小さな山だ。ヨミは徒歩でのぼるのが数年ぶりで、わあ、懐かしいと周囲を見渡した。この前は沙希さんの車で月見神社まで行ったが、車と徒歩では雰囲気が変わる。徒歩だと山の空気が直接伝わるのだ。
緑色の空気が濃い。そして、蝉の声も大きい。ヨミは懐かしさと恐怖の二つの感情で過食気味だ。
水樹の歩みは頼りないながらも、迷うことなく進んでいく。
恋愛は一対一で行う真剣勝負だ。相手の心をつかむ心理戦、ダイエットを頑張る肉体戦、相手の好みを探る情報戦――。総合勝負。それを行うのは、自分と相手。第三者が介入する余地はない。燃え上がっている本人たちになにを言ったって、虫の羽音程度の扱いをされること請け合いだ。だからヨミは口を挟まない。というか挟めない。
『熱愛発覚!』
テレビに大きく映し出された文字。一部の人の土曜日の朝という平穏を脅かしているであろう四文字だ。SNSでもトレンド入りしていた。女子ウケ抜群のアイドルが、人知れず既婚者になっていたらしい。大変だなあと、ヨミはなんとなしにため息をつく。
芸能人の熱愛報道、はたまた不倫報道、その他もろもろ。いったいなんのために一般人に知らされるのだろう。
スキャンダルが出たら、ファンは悲しむ。人を悲しませる情報なら、そっと隠してあげればいいのではないか。もっと楽しい話題を提供してほしい。それに芸能人といえども、彼らは人間だ。熱愛も不倫も、プライベートなことなのだから好き勝手にやらせてあげればいいのに――、いや不倫は好き勝手にされては困るけれど、まあ困るのはヨミではなくて当人たちなのだから、やっぱり当人たちだけで解決すればいい。第三者が口出ししてどうなるものでもない。
「よっこいしょ。お母さん出かけてくるー」
「はいはい。ミイラにならないように気をつけて」
「なったらピラミッド建ててください」
「庭サイズの小さいやつならね」
「それでいいよ」
鞄を持って庭に出ると、自転車にまたがった。納屋から数年ぶりに引っ張り出して、自転車屋に預けていたものだ。つい先日、修理が終わってヨミのもとに帰ってきた。懐かしの相棒。
「よいしょ」
ペダルを踏み込む。
――なんか、かけ声多いな。
暑いからだろう。気合いを入れないと動けないのだ。歳をとるとかけ声が増えるらしいが、これは暑いからなのであって、それ以上の意味はない。そういうことにしておく。
自転車は滑らかに走り出す。修理が完璧だ。さすが自転車屋さん。
楽しくなってきたヨミは夏の青春ソングを口ずさむ。風がすばやく駆け抜ける。田んぼ道をずーっと走る。空は青い。雲は白い。相棒(自転車)も絶好調。そりゃあ楽しいに決まっている。いつもより楽々と雑貨屋兼コーヒー屋にたどり着いた。
「水樹さん、こんにちは。生きてますか……あ、死んでますね」
ヨミがプレハブ小屋に入ると、カウンターに突っ伏している女性の姿があった。もちろん、ここの店主である水樹だ。ヨミが近づいても、ぴくりとも動かない。ちょっと心配になる。
「水樹さん? 大丈夫ですか」
とんとんと肩を叩けば、水樹はやっと首を動かして、突っ伏したままヨミを見上げた。ヨミは驚いて目を瞬く。
「わあ、すごい顔ですよ。ゾンビみたいです」
「――入水してくる」
「へ」
「川に、入水してくる」
「待て待て」
思わず敬語が抜けてしまったじゃないか。
水樹はふらりと亡霊のように立ち上がって外に出ていく。いつもとは違う水樹の姿にあっけにとられたヨミは動けなかった。だっていつもの水樹は傍若無人で、ゴーイングマイウェイで、一本のたしかな芯を持つ人だ。今は水に浸したトイレットペーパーの芯くらいのへろへろ加減。
はっとして追いかける。
「ちょっと水樹さん!」
水樹はヨミの声なんて聞こえていないように、山に向かう。ヨミもため息をこぼしてから、その後ろを歩き始めた。
やっぱり熱愛報道なんてするものじゃない。入水しようとするファンが生まれてしまったじゃないか。どう責任を取ってくれるんだ、報道陣。
そう。なにを隠そう、世間の注目を浴びている熱愛報道のアイドルが、水樹の愛する推しなのである。
以前水樹に教えてもらった彼女の推しだと気付いたから、心配になって来てみたのだった。案の定、水樹は平常心を欠いている。
水樹はふらふらと山をのぼっていく。月見神社のある小さな山だ。ヨミは徒歩でのぼるのが数年ぶりで、わあ、懐かしいと周囲を見渡した。この前は沙希さんの車で月見神社まで行ったが、車と徒歩では雰囲気が変わる。徒歩だと山の空気が直接伝わるのだ。
緑色の空気が濃い。そして、蝉の声も大きい。ヨミは懐かしさと恐怖の二つの感情で過食気味だ。
水樹の歩みは頼りないながらも、迷うことなく進んでいく。
0
あなたにおすすめの小説
妻からの手紙~18年の後悔を添えて~
Mio
ファンタジー
妻から手紙が来た。
妻が死んで18年目の今日。
息子の誕生日。
「お誕生日おめでとう、ルカ!愛してるわ。エミリア・シェラード」
息子は…17年前に死んだ。
手紙はもう一通あった。
俺はその手紙を読んで、一生分の後悔をした。
------------------------------
里帰りをしていたら離婚届が送られてきたので今から様子を見に行ってきます
結城芙由奈@コミカライズ連載中
恋愛
<離婚届?納得いかないので今から内密に帰ります>
政略結婚で2年もの間「白い結婚」を続ける最中、妹の出産祝いで里帰りしていると突然届いた離婚届。あまりに理不尽で到底受け入れられないので内緒で帰ってみた結果・・・?
※「カクヨム」「小説家になろう」にも投稿しています
(完結)醜くなった花嫁の末路「どうぞ、お笑いください。元旦那様」
音爽(ネソウ)
ファンタジー
容姿が気に入らないと白い結婚を強いられた妻。
本邸から追い出されはしなかったが、夫は離れに愛人を囲い顔さえ見せない。
しかし、3年と待たず離縁が決定する事態に。そして元夫の家は……。
*6月18日HOTランキング入りしました、ありがとうございます。
愛された側妃と、愛されなかった正妃
編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。
夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。
連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。
正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。
※カクヨムさんにも掲載中
※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります
※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。
わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...
MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。
ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。
さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか?
【完結】捨て去られた王妃は王宮で働く
ここ
ファンタジー
たしかに私は王妃になった。
5歳の頃に婚約が決まり、逃げようがなかった。完全なる政略結婚。
夫である国王陛下は、ハーレムで浮かれている。政務は王妃が行っていいらしい。私は仕事は得意だ。家臣たちが追いつけないほど、理解が早く、正確らしい。家臣たちは、王妃がいないと困るようになった。何とかしなければ…
靴屋の娘と三人のお兄様
こじまき
恋愛
靴屋の看板娘だったデイジーは、母親の再婚によってホークボロー伯爵令嬢になった。ホークボロー伯爵家の三兄弟、長男でいかにも堅物な軍人のアレン、次男でほとんど喋らない魔法使いのイーライ、三男でチャラい画家のカラバスはいずれ劣らぬキラッキラのイケメン揃い。平民出身のにわか伯爵令嬢とお兄様たちとのひとつ屋根の下生活。何も起こらないはずがない!?
※小説家になろうにも投稿しています。
お飾りの妻として嫁いだけど、不要な妻は出ていきます
菻莅❝りんり❞
ファンタジー
貴族らしい貴族の両親に、売られるように愛人を本邸に住まわせている其なりの爵位のある貴族に嫁いだ。
嫁ぎ先で私は、お飾りの妻として別棟に押し込まれ、使用人も付けてもらえず、初夜もなし。
「居なくていいなら、出ていこう」
この先結婚はできなくなるけど、このまま一生涯過ごすよりまし
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる