あやかし古民家暮らし-ゆるっとカップル、田舎で生きなおしてみる-

橘花やよい

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野原のマフィンと親指少女

(十一)

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 音が大きくなるにつれ、景色が見慣れたものへと変わっていく気がした。鈴の音は、いつだって穂乃花を導いてくれるのだ。

「あ、親指ちゃん、見て」

 木立の中に、ぽつんと社が見えた。電話ボックスサイズの社。お供え物のサンドイッチはなくなっていたけれど、たしかに龍神の社だ。穂乃花は小走りになって家の表に回った。人の姿を見つけると、ぱっと笑って手を振る。

「雪斗さんーっ!」
「あ、穂乃花さん。お帰り」

 玄関の前で、雪斗が目を細めた。ちりりん、と彼の手首で鈴が鳴る。

「遅いから心配したよ。大丈夫?」
「ただいまです。ちょっと隣人トラブルはありましたけど、問題なし。楽しかったですよ」
「それはなにより……、あんまり危ないことしちゃ駄目だよ」
「はーい」
「本当に分かってる?」

 まったくもう、と頭を撫でられる。ちょっと強めの力で、髪の毛がくしゃくしゃになった。雪斗の動きにあわせて涼やかな音色がまた鳴った。親指少女が不思議そうに鈴を見つめている。

 桜の彫られた小さな鈴。

「この鈴ね、昔、隣人さんからもらったの。人の世の鈴じゃないから、世界を渡っても音が聞こえるみたい。いつも、助けてくれるんだ。さて、そんなことより!」

 穂乃花は、たっぷりと赤い実が入っている籠を持ち上げた。

「雪斗さん。これだけ実があったら、お菓子いっぱい作れますよね?」
「わ、たくさんあるね。親指ちゃんとふたりで摘んできたの?」
「はい。雪斗さんのおいしいお菓子を食べるために」

 雪斗は仕方ないなあと呟いた。その表情はまんざらでもなさそうだ。自分の作ったお菓子や料理を人に食べてもらうのが、雪斗の趣味みたいなものだった。

「分かった。今から作ろうか。穂乃花さんも手伝ってね」

 雪斗は腕まくりして、やる気十分だ。のぞく腕は細くてちょっと頼りないけれど。もう一度穂乃花の頭を撫でて、玄関の中に入っていく。

「親指ちゃんも、一緒にお菓子作っていく?」

 籠の中で赤い実に埋もれて、わずかに迷ったあと、こくりと少女が頷いた。

*****

 摘んだばかりの実をボウルに入れて、ざぶざぶ洗う。ザルに上げて水をきったら、キッチンペーパーの上へ。親指少女がキッチンペーパーの上を歩き回りながら実を撫でて、水分を取っていく。その間に、雪斗はバターと砂糖を混ぜてクリーム状に。穂乃花は薄力粉と卵を混ぜる。

「親指ちゃんと、仲直りできたみたいでよかったよ」

 穂乃花のボウルを受け取って、雪斗が言った。慣れた手つきで二つのボウルの中身をあわせていく。

「……あ!」

 穂乃花は思い出して声を上げた。まだ、雪斗にお礼を言っていない。すっかり忘れていた。

「雪斗さんのプリンがなかったら、仲直りできなかったです。ありがとうございました」
「ああ。穂乃花さんが、プリン! って叫ぶ声、家の中まで聞こえてたよ」
「え、そんな大声でした? 親指ちゃんにも変な目で見られたんですよね……、忘れてください」
「えー、どうしようかなあ」

 くすくす笑う雪斗は、ときどき意地悪だ。
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