あやかし古民家暮らし-ゆるっとカップル、田舎で生きなおしてみる-

橘花やよい

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あったかシチューと龍神さま

(五)

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「穂乃花さんー、救急箱、持ってきた――って、どうしたの、ずぶぬれ!」

 雪斗が慌てた様子で水をばしゃばしゃさせて対岸から向かってくる。

「いやあ、ちょっと事故が……。あれ、親指ちゃん、一緒に来たの?」
「え?」

 首を傾げる雪斗の肩には、親指少女が乗っていた。こっそりついてきたらしい。龍神を見てその怪我を知ると、丸い瞳をもっと丸めてわたわた慌てはじめた。

「そんなにひどい怪我じゃないから、平気だと思うよ。親指ちゃん落ち着いて……くしゅん!」
「大丈夫?」
「へーきです」

 心配する雪斗を手で制して救急箱を受け取り、消毒液を取り出す。

「神さま、ちょっと痛みますよー。我慢ですからね!」

 神さまに人間の消毒液が効くのかどうかは怪しいが、まあやらないよりいいだろう。えいっと消毒液をかける。また水を被ることになったらと身構えたが、龍神はちょっと身じろぎしただけで大人しい。

「いい子ですねー。今度、お供え物大盛りサービスしますよ」

 穂乃花の言っていることが分かっているのかいないのか、龍神はその瑠璃色の瞳で穂乃花をじっと見ていた。穴が開くほど見つめられている。なにか気に障るようなことをしただろうかと心配になるが、穂乃花は善意百パーセントで行動しているつもりだ。

 ……うん、きっと大丈夫。ただ視える人間が物珍しいとか、それくらいのことだろう。まあちょっと神さまに対して軽い態度を取り過ぎているような気はするけれど。これが穂乃花という人間だから許してほしい。

「そんな見られたら、緊張しますよ」

 苦笑して包帯を巻く。きゅっと結んで、完成。

「これでよし……、っくしょん!」
「もう、穂乃花さんが大丈夫じゃないでしょう。手当できたなら帰るよ。龍神さまも大事だけど、穂乃花さんも大事だからね。龍神さま、怪我しているなら安静にしてくださいね」

 彼には視えないはずの龍神に言って、雪斗は穂乃花の腕を引っ張る。親指少女は雪斗の肩からひょいと飛び降りて龍神に駆けよった。あとは彼女が看病してくれるらしい。

 あ、そうだ。

「親指ちゃん! ちょっとお願いがあるんだけど」

 ふと思い出して言うと、親指少女の黒い瞳が不思議そうに穂乃花を見上げた。

「写真を探すの手伝ってくれない? 雪斗さんの七五三のときの写真。ぜんぜん見つからなくて」

 電話で千代に依頼された写真を何度か探してみたけれど、一向に見つからないのだ。もしかしたら家具の裏や下に落ちているかもしれないし、小さな親指少女なら見つけられるかもしれなかった。

「お駄賃は、雪斗さんのお菓子でどう?」

 少女の目がきらっと光った。こくこくと頷いて、任せて、と言いたげに胸を叩く。

「ありがと。よろしくね」

 穂乃花は雪斗と一緒に対岸にもどった。振り向けば、龍神と目が合う。

「お大事にー!」

 ひらひらと手を振ると、ほんのちょっと龍神の尻尾が揺れる。それが手を振り返すような動作に見えて、穂乃花は微笑みとともに岩の間をくぐり、山道へ。

「神さまを助けたんだから、なにかご褒美もらえそうですねー、っくしゅ。……あ! 雪斗さんのスランプ脱出、お願いすればよかったかも。もどろうかな」

 くるっと後ろを向くと、雪斗がその肩を掴んで止めた。

「俺のことはいいから、帰ってお風呂入って。穂乃花さんってば、無茶ばっかりするんだから。風邪ひかないでね」
「大丈夫ですよー、私、身体丈夫ですもん」

 その翌日、穂乃花は熱を出して雪斗に怒られた。
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