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あったかシチューと龍神さま
(八)
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水音がした。ちゃぷんちゃぷん、と水が揺れている。聞こえるのはその音と、時折する葉擦れのかすかな音だけだった。ゆっくり目を開く。
「温泉?」
穂乃花は着ていたパジャマごと、露天風呂につかっていた。周りは岩に囲まれていて、誘拐犯の龍神の姿はない。よくは分からないが、とりあえず。
「あったかーい――……」
一本、浴場のとなりに大きな木が見えた。紅に染まった葉が浴場の上に重なり、散った葉が落ちる些細な音すら聞こえてきそうだった。もうもうと湯気が立ち昇る温泉につかって、穂乃花は考える。
これはどういう状況だろうか。龍神に誘拐され、寒さから意識が飛んで――。
「ぜんぜん、分からない」
私、死んでないよね。大丈夫、足はある。心臓も動いている。極楽気分ではあるが、まだ死んでいないはず。むしろ、なんだかいつもより調子がいい。ぺたぺた自分の身体を触って、生きていることを確認し、お湯から立ち上がる。
脱衣所に続く戸を見つけた。奥に立派な瓦屋根が見えて、温泉旅館みたいだなと思いながら、戸を開ける。
「うわっ!」
目の前に女性が立っていた。
叫んだ穂乃花の腕を取り、ぐいぐい引っ張る。
「待って待って、なんなんですか! あなた、誰!」
ぐるんと振り返った女性は、顔に能面をつけていた。細い目に、ほんの少し唇の上がった女性の面。着ているのは平安貴族のお姫様のような着物だった。十二単というものだろう。黒く長い髪がさらりと揺れて、指先は透き通るように白い。お面を外したら美少女かもしれない。
推定美少女の容姿のわりに、女性は力強く穂乃花の服を掴んで引っ張った。襟元やボタンを触って、おやおや、と首を傾げる。
「脱げってこと?」
こくこく頷かれる。彼女が指さした先には、白い着物があった。着替えをさせようとしているらしい。しかし洋服の構造が分からなくて脱がせられない、と。
どのみち濡れたままでは困るし、穂乃花はわけが分からないままパジャマを脱いだ。女性がすかさずタオルで拭って、着物を着せていく。袖の長い真っ白の着物だ。化粧まで施されて成人式を思い出す。
能面女性は着付けが終わると、穂乃花の手を取って、奥の戸を開けて進んでいく。もうどうにでもなれ、と大人しく従った。
黒光りする柱と床の続く廊下。紅葉の絵が描かれた襖がずっと続いている。ふと、襖絵の紅葉が一枚はらりと散った。思わず二度見してしまったが、見間違いではなさそうだ。また一枚散った。
女性は迷いなく進んで、やがてひとつの襖を開いた。鯛のお造り、茶碗蒸し、天ぷら、煮物、すまし汁……、会社の忘年会並みの量のご馳走がどーんと穂乃花を待ち構えていた。女性が穂乃花を座らせ、お櫃から茶碗にご飯を盛る。ずいっと差し出された。
「……どうも」
一応受け取ったが、なんだか狐につままれた気分だ。狐といえば、雪斗はどうしているだろう。まだ狐に添い寝されているのだろうか。思い出したら腹が立ってきた。
「温泉?」
穂乃花は着ていたパジャマごと、露天風呂につかっていた。周りは岩に囲まれていて、誘拐犯の龍神の姿はない。よくは分からないが、とりあえず。
「あったかーい――……」
一本、浴場のとなりに大きな木が見えた。紅に染まった葉が浴場の上に重なり、散った葉が落ちる些細な音すら聞こえてきそうだった。もうもうと湯気が立ち昇る温泉につかって、穂乃花は考える。
これはどういう状況だろうか。龍神に誘拐され、寒さから意識が飛んで――。
「ぜんぜん、分からない」
私、死んでないよね。大丈夫、足はある。心臓も動いている。極楽気分ではあるが、まだ死んでいないはず。むしろ、なんだかいつもより調子がいい。ぺたぺた自分の身体を触って、生きていることを確認し、お湯から立ち上がる。
脱衣所に続く戸を見つけた。奥に立派な瓦屋根が見えて、温泉旅館みたいだなと思いながら、戸を開ける。
「うわっ!」
目の前に女性が立っていた。
叫んだ穂乃花の腕を取り、ぐいぐい引っ張る。
「待って待って、なんなんですか! あなた、誰!」
ぐるんと振り返った女性は、顔に能面をつけていた。細い目に、ほんの少し唇の上がった女性の面。着ているのは平安貴族のお姫様のような着物だった。十二単というものだろう。黒く長い髪がさらりと揺れて、指先は透き通るように白い。お面を外したら美少女かもしれない。
推定美少女の容姿のわりに、女性は力強く穂乃花の服を掴んで引っ張った。襟元やボタンを触って、おやおや、と首を傾げる。
「脱げってこと?」
こくこく頷かれる。彼女が指さした先には、白い着物があった。着替えをさせようとしているらしい。しかし洋服の構造が分からなくて脱がせられない、と。
どのみち濡れたままでは困るし、穂乃花はわけが分からないままパジャマを脱いだ。女性がすかさずタオルで拭って、着物を着せていく。袖の長い真っ白の着物だ。化粧まで施されて成人式を思い出す。
能面女性は着付けが終わると、穂乃花の手を取って、奥の戸を開けて進んでいく。もうどうにでもなれ、と大人しく従った。
黒光りする柱と床の続く廊下。紅葉の絵が描かれた襖がずっと続いている。ふと、襖絵の紅葉が一枚はらりと散った。思わず二度見してしまったが、見間違いではなさそうだ。また一枚散った。
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「……どうも」
一応受け取ったが、なんだか狐につままれた気分だ。狐といえば、雪斗はどうしているだろう。まだ狐に添い寝されているのだろうか。思い出したら腹が立ってきた。
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