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あったかシチューと龍神さま

(十八)

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 穂乃花、雪斗、龍神の三人で、柔らかい灯りに照らされた台所に並ぶ。

「俺が作るから、ふたりは休んでくれていいのに」
「んー、でも龍神さまが興味津々みたいだから、一緒に作りましょうよ」
「そう? じゃあ、鍋出してくれる?」

 雪斗は言いながら、玉ねぎをくし切りに、じゃがいも、にんじん、鶏肉を一口大に切っていく。とんとんとん、とまな板の上で小気味いい音が鳴った。雪斗の立てる迷いのない音が、穂乃花は好きだ。龍神は穂乃花に教えられながら棚を開けて、鍋をコンロにかける。鶏肉から投入して、はい、と木べらを手渡した。

「龍神さま、焦がさないように混ぜてくださいね」

 龍神は木べらを両手で握り、おそるおそる鍋の中をかき混ぜ始めた。初めて親の手伝いをする子どもみたいだ。神様だし、実際お手伝いなんてしたことはないのかもしれない。

 鶏肉に火が通ったのを見て、雪斗が残りの具材も鍋に加える。一通り炒めると火を止めて、薄力粉を入れ、また火にもどす。

「穂乃花さん、冷蔵庫から」
「もう出してありまーす」
「さすが」
「いえい」

 穂乃花が先回りして用意しておいたコンソメ、牛乳、水を、雪斗が目分量で注いでいく。全ては雪斗の匙加減。穂乃花は大人しく眺めているだけだ。雪斗の指は、魔法の指。安心して任せておけばいい。

「なんだか、不思議だね。俺にも隣人さんが視えるなんて」

 ふいに、雪斗がしみじみと言った。

「さっき神さまに頭突きしてた人が、なに言ってるんですか」
「あれは、だって……仕方ないでしょ」

 雪斗はちょっと膨れて、洗い物を始める。雪斗の伏せた目に前髪がかかるのを見て、穂乃花は口を開いた。

「今日、求婚されたんです。龍神さまに」
「――え?」

 雪斗の手が止まった。じゃばじゃばと水が無遠慮に流れ続ける。「水道代」と穂乃花は水を止めた。

「雪斗さん、変な顔。……あ、龍神さま、鍋焦げそう!」

 ぽこぽこと煮立つ鍋から不穏な臭いがして、慌てて木べらを受け取って引っかきまわす。ここで焦げたら大変だ。

「端と底から焦げていくので、気をつけてくださいね。はい、ファイト!」

 もう一度木べらを託すと、龍神は真面目な顔で頷いた。穂乃花は洗い物のために袖をまくって、「はーい、どいて」と未だ固まっている雪斗の身体を押しのけた。

「……え、穂乃花さん、求婚って」

 ようやく雪斗が上擦った声を発する。

「求婚は求婚ですよ。結婚を申しこまれました。すごくないですか、神様からの求婚ですよ。拭いてください」

 洗ったまな板を雪斗にパス。呆気に取られながらも、雪斗は日ごろの習性からちゃんと受け取って拭きあげていく。

「お断りしましたけどね、もちろん」
「……そっか」

 雪斗はゆっくり目を瞬いてから、もう一度「そっか」と笑った。それが心底ほっとした様子だったから、穂乃花もおかしくなって微笑んだ。
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