あやかし古民家暮らし-ゆるっとカップル、田舎で生きなおしてみる-

橘花やよい

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大きなお鍋と迷子のアリス

(六)

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「私、探しに行ってきますね! ちゃんと連れ帰りますから、朱里さんたちには心配しないように、いい感じに伝えてください。……あ、親指ちゃん!」

 ちょうどよく、てててっと親指少女が通りかかる。まだ籠の中には赤い実がない。これから摘みにいくところなのだろう。おかっぱ頭が、なにと傾いだ。

「この家によく来てる狐のこと知ってる? 居場所が分かるなら、案内してほしいんだけど」

 親指少女は、んー、とすこし考えてから、こくりと頷いた。頼りになる友人だ。

「親指ちゃんが案内してくれるみたいです。行ってきますね」

 穂乃花は上着に袖を通して、親指少女を肩に乗せると玄関に向かう。雪斗が外までついてきた。いつにもまして頼りない顔になった雪斗が「穂乃花さん」と呼ぶ。

「その、狐さん? 穂乃花さんもよく知らない隣人さんなんでしょ? 危なくない? 俺になにかできることは」
「平気ですよ。そんなに心配しないで」

 穂乃花は苦笑した。きっと大丈夫、という予感はある。だって雪斗が、あの狐に添い寝を許しているのだ。彼が安眠するくらいだから、悪い隣人ではないだろう。それを説明すると長くなりそうだから言わないけど。

「すぐに優ちゃん連れて帰ってきます。親指ちゃんもいるんだから大丈夫。朱里さんたちのこと、お願いしますね」
「……分かった。無茶しちゃ駄目だよ」

 手伝いたいのに手伝えることがない、もやもやを抱えていそうな雪斗の手首を指さした。視えない雪斗に穂乃花の付き添いは頼めないけれど、お願いできることならある。ちりりん、とブレスレットの鈴が鳴った。

「鈴、ちゃんとつけて、待っててください。じゃあ、行ってきます」

 いろいろ言いたいことを飲み込んだような「行ってらっしゃい」の声に頷き、穂乃花は家を出て、裏手にある龍神の祠を通り過ぎる。

「雪斗さん、心配性だよね」

 親指少女は同意するように笑いながら、穂乃花を導いた。親指少女も怖がる様子はないし、やっぱり狐は悪い隣人ではないだろう。いくらか気持ちも楽になりながら、山を歩く。草むらでがさごそと音が鳴った。白い耳がのぞいて、そのあとぴょんっとピンク色の目も見えた。野うさぎだ。

「親指ちゃんには、いつも道案内してもらってるなあ。赤い実を採りに行ったときと、龍神さまの屋敷と、今。ありがとうね」

 親指少女は、本当にねと肩をすくめた。

「狐のところまで、まだかかりそう?」

 あたりに満ちた空気は、すっかり透明だ。この空気はもう隣人たちの世界だと思うが、親指少女はまだまだ穂乃花を歩かせる。そのとき。

「あ!」

 小さな狐が視界に飛び込んできた。家に訪れるあの狐とは違う。もっと小さくて、山の中ならどこにでもいそうな狐だ。でも瞳に野生とは違う色が宿るのがちらりと見えた。ただの狐というわけでもなさそうだ。

「ちょっと、そこの狐さん!」

 穂乃花は一歩、足を踏み出した。
 その足が、沈んだ。

「――えっ⁉」

 どこまでも続く真っ暗闇の穴が、足元に広がっていた。まるで谷底に落ちているような。どこまでも底がないような――。
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