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桜餅と花の精
(九)
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「さあさ、startしますよ。朱里の出張和菓子教室ー!」
いえーい、と朱里がブイサインを作る。場所は千代の家の台所。和菓子教室の生徒は穂乃花と雪斗。先生はもちろん、朱里だ。ハーフ美女は割烹着も似合ってしまう。ちなみに和真は店番で不参加、と本人から残念そうに連絡があった。優は友だちの家に遊びに行っているらしい。
「ごめんね、無理言って。材料代と授業代、あとでちゃんと請求してね」
「はーい。ちょっとは友情割引しておきますね。ありがたーく思ってください!」
朱里がぱちん、とウインクした。
「でもお花見にあう和菓子が作りたいなんて、なんでまた? まだ秋ですよ? それに穂乃花さん、桜苦手だったでしょ」
「苦手じゃないよ。私が、一方的に逃げてただけ。……作りながら話すね」
雰囲気を察したのか、了解ですと朱里が神妙に言って、和菓子作りが始まった。
ボウルに白玉粉を入れて水を入れながら混ぜていく。混ぜるのは穂乃花が、水を加えるのは雪斗が買って出た。水はちょっとずつ、とふたりでちびちび作業していく。次に薄力粉と砂糖を加えて、粉っぽさがなくなるまで混ぜる。
その間に、穂乃花は過去を話した。おしゃべり好きな朱里なのに、口を挟まず黙って聞いていた。
「――桜のあの子は、私のこと心配してくれていたのにって、ずっと思ってたんだ。でも子どもだった私は、そういうことに気づけなくて。謝らなきゃと思っていたけど、どうしても向き合うのが怖かったから、この歳まで逃げてきちゃった」
昔話をしながら生地をぐるぐる混ぜていると、段々と滑らかになってきた。
「桜ちゃんとは、昔よく一緒にお菓子食べたんだ。だから、せっかくなら自分で作って持っていこうかなって。桜ちゃん、和菓子好きだったから」
「心をほぐすのは、おいしいものだからね。手作りなら、気持ちも伝わるよ、きっと」
雪斗が優しく笑った。
そうだといいな、と穂乃花も思った。
「和菓子作りなら、朱里さんを頼れるから安心だったし。……よし、これくらいでいいかな? 次は――って、どうしたの」
指示を仰ごうと顔を上げて、ぎょっとした。朱里が涙目になって唇をかみしめていた。わなわなと手を震わせている。
「穂乃花さん……、あたし、嬉しいです……!」
「え、なにが?」
「そんな風に頼ってもらえることが、です!」
「うわっ、ちょっと、こぼれる!」
抱きついてくる朱里をなんとかかわす。ボウルの中で生地がたぷんと揺れた。危ない。
「穂乃花さん! めっちゃおいしい、very very deliciousなの、作りましょうねっ。あたし、めちゃくちゃ応援するから!」
「……朱里さん、ティッシュいる?」
「Please!」
どうぞ、とティッシュを渡す。子どものように鼻をかむ朱里に、雪斗と一緒になって笑ってしまった。
「朱里さん、優ちゃんのこと守ってあげてね。私みたいな状況には、なってほしくないし。視えないものを怖いって言う人は、たくさんいると思うから。気をつけてあげて」
「……はい」
ぐすん、と朱里は涙声だったが頷いた。
「ううう、はいこれ、生地に色付けしてくださいね」
いまだぐずぐずしている朱里から食用色素を受け取り、生地に垂らす。薄紅色に染まった生地はそのまま三十分寝かせるらしい。待っている間、雪斗は洗い物をして、穂乃花は餡の用意をする。朱里がお店から持ってきてくれたこし餡を小さく丸め、それも終われば、フライパンに生地を丸く落として伸ばし、一枚ずつ焼いていく。
「Be careful. 焼き色はつけないように。きれいな色が台無しになっちゃいますからね」
仕上げに餡を生地の真ん中に乗せて、優しく包んだ。
「はい、完成! 関東風の桜餅です! 同じ桜餅って名前なのに、関東と関西ではぜんぜん違うんですよ」
「そうだっけ?」
「関東は小麦粉を混ぜた生地、関西はもち米が原材料の道明寺粉の生地なんです。岐阜はjapanの真ん中にあるからかどっちつかずですけど、関西風が優勢かなあ」
「でも今回は関東風なんだね」
「だって、お家にある小麦粉でできるから、そっちのほうが楽でしょ? 材料そろえなくていいし。てなわけで、穂乃花さん上出来、素敵! Good job!」
朱里は褒めて伸ばすタイプらしい。満面の笑顔で言われて、悪い気はしない。
出来立ての桜餅を見て、深呼吸した。
「……うん、頑張れそう。ありがとう、朱里さん」
「いえいえー。行ってらっしゃい、穂乃花さん。あたしが教えた和菓子があれば百人力ですよ」
にっこり笑顔の朱里のとなりで、雪斗も微笑む。
「行ってらっしゃい。ちゃんと待ってるからね」
うん、と穂乃花は頷いた。本当に、力がわいてくるから不思議だ。
「行ってきます!」
いえーい、と朱里がブイサインを作る。場所は千代の家の台所。和菓子教室の生徒は穂乃花と雪斗。先生はもちろん、朱里だ。ハーフ美女は割烹着も似合ってしまう。ちなみに和真は店番で不参加、と本人から残念そうに連絡があった。優は友だちの家に遊びに行っているらしい。
「ごめんね、無理言って。材料代と授業代、あとでちゃんと請求してね」
「はーい。ちょっとは友情割引しておきますね。ありがたーく思ってください!」
朱里がぱちん、とウインクした。
「でもお花見にあう和菓子が作りたいなんて、なんでまた? まだ秋ですよ? それに穂乃花さん、桜苦手だったでしょ」
「苦手じゃないよ。私が、一方的に逃げてただけ。……作りながら話すね」
雰囲気を察したのか、了解ですと朱里が神妙に言って、和菓子作りが始まった。
ボウルに白玉粉を入れて水を入れながら混ぜていく。混ぜるのは穂乃花が、水を加えるのは雪斗が買って出た。水はちょっとずつ、とふたりでちびちび作業していく。次に薄力粉と砂糖を加えて、粉っぽさがなくなるまで混ぜる。
その間に、穂乃花は過去を話した。おしゃべり好きな朱里なのに、口を挟まず黙って聞いていた。
「――桜のあの子は、私のこと心配してくれていたのにって、ずっと思ってたんだ。でも子どもだった私は、そういうことに気づけなくて。謝らなきゃと思っていたけど、どうしても向き合うのが怖かったから、この歳まで逃げてきちゃった」
昔話をしながら生地をぐるぐる混ぜていると、段々と滑らかになってきた。
「桜ちゃんとは、昔よく一緒にお菓子食べたんだ。だから、せっかくなら自分で作って持っていこうかなって。桜ちゃん、和菓子好きだったから」
「心をほぐすのは、おいしいものだからね。手作りなら、気持ちも伝わるよ、きっと」
雪斗が優しく笑った。
そうだといいな、と穂乃花も思った。
「和菓子作りなら、朱里さんを頼れるから安心だったし。……よし、これくらいでいいかな? 次は――って、どうしたの」
指示を仰ごうと顔を上げて、ぎょっとした。朱里が涙目になって唇をかみしめていた。わなわなと手を震わせている。
「穂乃花さん……、あたし、嬉しいです……!」
「え、なにが?」
「そんな風に頼ってもらえることが、です!」
「うわっ、ちょっと、こぼれる!」
抱きついてくる朱里をなんとかかわす。ボウルの中で生地がたぷんと揺れた。危ない。
「穂乃花さん! めっちゃおいしい、very very deliciousなの、作りましょうねっ。あたし、めちゃくちゃ応援するから!」
「……朱里さん、ティッシュいる?」
「Please!」
どうぞ、とティッシュを渡す。子どものように鼻をかむ朱里に、雪斗と一緒になって笑ってしまった。
「朱里さん、優ちゃんのこと守ってあげてね。私みたいな状況には、なってほしくないし。視えないものを怖いって言う人は、たくさんいると思うから。気をつけてあげて」
「……はい」
ぐすん、と朱里は涙声だったが頷いた。
「ううう、はいこれ、生地に色付けしてくださいね」
いまだぐずぐずしている朱里から食用色素を受け取り、生地に垂らす。薄紅色に染まった生地はそのまま三十分寝かせるらしい。待っている間、雪斗は洗い物をして、穂乃花は餡の用意をする。朱里がお店から持ってきてくれたこし餡を小さく丸め、それも終われば、フライパンに生地を丸く落として伸ばし、一枚ずつ焼いていく。
「Be careful. 焼き色はつけないように。きれいな色が台無しになっちゃいますからね」
仕上げに餡を生地の真ん中に乗せて、優しく包んだ。
「はい、完成! 関東風の桜餅です! 同じ桜餅って名前なのに、関東と関西ではぜんぜん違うんですよ」
「そうだっけ?」
「関東は小麦粉を混ぜた生地、関西はもち米が原材料の道明寺粉の生地なんです。岐阜はjapanの真ん中にあるからかどっちつかずですけど、関西風が優勢かなあ」
「でも今回は関東風なんだね」
「だって、お家にある小麦粉でできるから、そっちのほうが楽でしょ? 材料そろえなくていいし。てなわけで、穂乃花さん上出来、素敵! Good job!」
朱里は褒めて伸ばすタイプらしい。満面の笑顔で言われて、悪い気はしない。
出来立ての桜餅を見て、深呼吸した。
「……うん、頑張れそう。ありがとう、朱里さん」
「いえいえー。行ってらっしゃい、穂乃花さん。あたしが教えた和菓子があれば百人力ですよ」
にっこり笑顔の朱里のとなりで、雪斗も微笑む。
「行ってらっしゃい。ちゃんと待ってるからね」
うん、と穂乃花は頷いた。本当に、力がわいてくるから不思議だ。
「行ってきます!」
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