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潜入編
27.図書館の一室(二)
しおりを挟む「そろそろお昼に……」
ステラが腰を上げかけた瞬間、レオナルドが片手を軽く上げて制した。
「ここで食べよう」
「えっ……いえ、そんな……」
「もう用意してある。断っても無駄だ」
にこやかな笑顔を崩さず、レオナルドは引かなかった。ステラは観念し、小さくため息をつく。
「……わかりました。ですが、準備なんて――」
その言葉を遮るように、執務室の扉が開いた。やる気のない足取りで入ってきたのはユリウスだった。両手には丁寧に盛り付けられた二人分の昼食。
「……っ!」
ステラは慌てて立ち上がる。
「ユリウス様……まさか、わたしの分まで……」
「こういうことは侍女にやらせてください、殿下」
呆れを隠さず、ユリウスはレオナルドに視線を向けた。ステラは慌てて頭を下げる。
「す、すみません……」
「謝るのは殿下のほうですよ」
「……ああ、それは後で考えておこう」
レオナルドは終始にこやかだ。テーブルに置かれた昼食は、メイドの食堂で出るものとは比べ物にならないほど豪華だった。しかも、デザートには――
「……いちご?」
ステラが目を瞬かせると、レオナルドは得意げに微笑んだ。
「皇宮内で育てているんだ。いつでも食べられる。いいだろう?」
そのとき、別のトレイを手にユリウスが再び入ってきた。新しい飲み物をレオナルドの前に置きながら、深いため息をつく。
「その“いつでもいちご”と“新図書館”のせいで、私まで休みなしで働く羽目になったんですがね」
「……どういうことですか?」
思わずステラが尋ねると、ユリウスは眉をひそめたまま答えた。
「殿下の独断で図書館といちご農園を作ったのです。それが原因で皇帝陛下から処分を受けまして」
「処分……?」
「仕事量を倍にされました。殿下の休みがないということは、つまり私の休みもない、ということです」
ステラは目を丸くする。そんな彼女の横で、レオナルドはまるで他人事のように微笑んでいた。
「殿下……フリードリヒ皇帝陛下や、アレクシス殿下、皇后陛下はどのような方々なのですか?」
昼食の後、ステラは恐る恐る問いかけた。けれどレオナルドは少し間を置き、曖昧に微笑むだけだった。
「……そうだな。言葉で説明するより、これを見たほうが早いかもしれない」
レオナルドが差し出したのは、皇族についてまとめられた分厚い本だった。ステラはページをめくる。そこにはフリードリヒ皇帝の偉大な政策、皇后セラフィーナの慈悲深い逸話、アレクシスの優れた外交の功績――
「……殿下のことが、まったく……」
どこを探してもレオナルドの名は出てこなかった。先ほどの本もそうだが、レオナルド殿下に関する記述は目にしていない。
「ユリウス、あれを」
レオナルドが声をかけると、ユリウスは静かに頷き、一冊の分厚い冊子を持ってきた。装丁は質素だが、中身はびっしりと書き込まれている。
「これは……?」
「俺がこの地位に就いてから、ユリウスが残してきた活動記録だ」
ステラはめくった瞬間、息を呑んだ。さっきの本に書かれていた“皇帝たちの功績”――それらの全てが、実はレオナルドの手によるものだった。
(……じゃあ……お姉様を苦しめたのは……)
今まで胸の奥で固めてきた決意が、少しだけ揺らいだ気がした。姉の死の真相をレオナルド一人に結びつけるのは早計なのかもしれない。もっと皇族について、真実を知る必要がある――そう思った。
ページをめくると、皇帝、皇后、そしてアレクシスの肖像画が目に入った。特にアレクシスの穏やかな笑みを湛えた顔に、ステラは自然と視線を止めていた。
(……お姉様の手紙に書いてあった……“まるで王子様のような方だった”……)
気づけば、その言葉とアレクシスの顔が重なって見えていた。
「……アレクシスのような男が、タイプなのか?」
不意にレオナルドの声が落ちてきた。ステラははっとして顔を上げる。
「わ、わたしは……違います」
その言葉は即答だった。冗談のつもりで聞いたレオナルドは、ステラの真剣な表情を見て言葉を失った。彼女の目はまっすぐで、揺らぎひとつなかった。
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