メイドとして皇宮に潜入したら、皇太子殿下に気に入られました(旧タイトル:ひとつぶの星屑(エトワール))

葉山心愛

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潜入編

28.アレクシス殿下(一)

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聖剣祭が近づき、帝都全体が活気に包まれていた。年に一度の大祭。民だけでなく、皇宮内の空気までが浮き立っている。

洗濯場でも、カレンとリサが話に花を咲かせていた。

「やっぱり、今年もアレクシス殿下が優勝かしらねぇ」
「去年なんて、ほとんど無傷だったって言うしね!」

ステラは笑顔で頷きながら会話に合わせる。

「確かに……去年もすごかったですものね」

(――去年のことなんて、実際は知らないけれど)

ステラはすでに聖剣祭について事前に何冊も本を読み込み、知識を仕入れていた。祭りは数日にわたり、騎士たちの剣術試合のほか、舞踏会、祝宴、町の屋台まで盛りだくさんだという。

侍女たちの間でもアレクシスは絶大な人気だった。優しげな微笑、穏やかな物腰、そして誰よりも高い剣の技量。ここにきてようやくアレクシスの名を聞くことになろうとは思ってもみなかった。

「でもさ、アレクシス様が第一王子なのに、どうしてレオナルド様が皇太子なんだろうね」
「そうそう、不思議よね……」

そんな声も少なくなかった。

ステラは仕事終わりの夜、静かな回廊を歩いていた。月が浮かぶ夜空を見上げるのが、いつしか癖になっていた。柔らかな風が髪を揺らす。星がきらめいていた。

――そのときだった。

静寂を破るように、微かに誰かの話し声が聞こえてきた。

(……誰かいる?)

反射的に物陰へと身を潜める。そこに現れたのは――暗がりでもはっきりとわかる、柔らかな金髪の青年とその傍らに控える男――アレクシスだった。

すぐに気づいたステラは、心臓が跳ねる音を抑えながら、そっとその後を追う。2人は王宮の裏手へと向かっていき、やがて古びた壁の一角のレリーフを押すと――音もなく壁が開いた。

(……隠し通路?)

ステラは驚きに目を見開く。

ふたりは迷うことなく中へと入っていった。ステラも息を殺してその隙間から忍び込む。暗がりに目が慣れると、長い石造りの廊下が続いていた。

歩きながら交わされる会話が、はっきりと聞こえる。

「……そろそろ“聖剣祭”の頃だな。いい機会だ。民の心をつかむには絶好だ」
「すでに殿下に心酔している者ばかりです。皇太子の座も、時間の問題かと」
「……あの“名ばかりの皇太子”は、居ても意味がない。先代のご乱心でつけた称号にすぎん。このまま存在するだけで、民が迷うだけだ――“整理”するべきだろう」

ステラの息が止まった。

(――“整理”?)

その言葉に込められた含みの重さは、あまりにも明確だった。

(まさか、レオナルド様を……殺すつもり?)

背筋に冷たいものが走る。祭りに湧く華やかな王宮の裏で、暗く蠢く陰謀。

ステラはこれまでレオナルドのことを疑っていた。けれど今、目の前で見たこの光景は、別の“真実”を指し示していた。

彼女はゆっくりとその場を離れ、音もなく通路の外へと戻っていった。

星空は変わらず輝いている。だがその夜の光は、なぜか冷たく、遠かった。

薄暗い隠し通路をそっと歩いていたステラは、曲がり角に差し掛かったところで足を止めた。――ピタリと、空気が変わる。

アレクシスが立ち止まり、周囲に視線を向けた。

「……誰かいるか?」

鋭い声が通路に響く。ステラは心臓を鷲掴わしづかみにされたように息を呑んだ。見つかる。そう思った瞬間だった。

「おや、アレクシス殿下。こんな夜更けにお散歩とは珍しいですね」

通路の奥から響いた声は、ユリウスのものだった。

ステラは、アレクシスが話し声の方へと気を向けたことで、こちらへの警戒が緩んだのを察する。その隙を逃さず、ステラは足音を殺して反対側の抜け道から外へと出た。

夜風が肌に触れたとき、ようやく安堵の息が漏れる。

(……助かった)

急いで自室へ戻ると、カレンはすでに寝る準備をしていた。

「ステラ、どこ行ってたの?」
「……ちょっと散歩に」
「ふうん、夜は冷えるよ。風邪ひかないでね」

心配そうなカレンの声に笑みで返し、ステラはそのまま浴室へ向かった。髪を洗いながら、ステラの頭にはアレクシスの言葉が何度も繰り返されていた。

――“あの名ばかりの皇太子は、不要だ”

(……本当に、アレクシス殿下は……)

表向きの顔は完璧で、誰からも好かれ、次期皇帝と噂される存在。けれどその裏で、弟を「整理する」と口にするような人物だった。

(やっぱり……危険な人なのかもしれない)

湯気の中で、ステラは小さくため息を吐いた。

ベッドに横になると、月明かりが静かにカーテン越しに部屋へと差し込んでいた。その淡い光に包まれると、ふと姉・ルーナのことを思い出す。

(ルーナお姉様……)

明るく、太陽のような存在だった。きらびやかなドレスや宝石が似合い、誰にでも優しく、人から愛された。毎日のように開かれるパーティーでは、中心にいるのがルーナだった。

(わたしとは正反対だったな)

ステラは控えめで、静かな場所を好んでいた。父のそばで記録をまとめ、政治に関する文献を読み、地道な仕事の方が性に合っていた。

それでも――ルーナとは本当によく話した。彼女は何でも話してくれたし、自分も心の内を隠さずに済んだ。たった一人の、大切な家族。

あの夜も――ルーナは満面の笑みで、こう言っていた。

「ねえステラ、聞いて。まるで物語の王子様みたいな方だったの」
「輝くほどの金色の髪で、とても綺麗な瞳で……強くて、優しくて……あんな人、初めてだったの」

(ルーナ姉さん……)

ステラは静かに瞼を閉じた。胸の奥に広がるのは、悲しみよりも――懐かしさ。忘れかけていたぬくもりが、月光とともにステラを包み込んでいた。
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