28 / 50
潜入編
28.アレクシス殿下(一)
しおりを挟む聖剣祭が近づき、帝都全体が活気に包まれていた。年に一度の大祭。民だけでなく、皇宮内の空気までが浮き立っている。
洗濯場でも、カレンとリサが話に花を咲かせていた。
「やっぱり、今年もアレクシス殿下が優勝かしらねぇ」
「去年なんて、ほとんど無傷だったって言うしね!」
ステラは笑顔で頷きながら会話に合わせる。
「確かに……去年もすごかったですものね」
(――去年のことなんて、実際は知らないけれど)
ステラはすでに聖剣祭について事前に何冊も本を読み込み、知識を仕入れていた。祭りは数日にわたり、騎士たちの剣術試合のほか、舞踏会、祝宴、町の屋台まで盛りだくさんだという。
侍女たちの間でもアレクシスは絶大な人気だった。優しげな微笑、穏やかな物腰、そして誰よりも高い剣の技量。ここにきてようやくアレクシスの名を聞くことになろうとは思ってもみなかった。
「でもさ、アレクシス様が第一王子なのに、どうしてレオナルド様が皇太子なんだろうね」
「そうそう、不思議よね……」
そんな声も少なくなかった。
ステラは仕事終わりの夜、静かな回廊を歩いていた。月が浮かぶ夜空を見上げるのが、いつしか癖になっていた。柔らかな風が髪を揺らす。星がきらめいていた。
――そのときだった。
静寂を破るように、微かに誰かの話し声が聞こえてきた。
(……誰かいる?)
反射的に物陰へと身を潜める。そこに現れたのは――暗がりでもはっきりとわかる、柔らかな金髪の青年とその傍らに控える男――アレクシスだった。
すぐに気づいたステラは、心臓が跳ねる音を抑えながら、そっとその後を追う。2人は王宮の裏手へと向かっていき、やがて古びた壁の一角のレリーフを押すと――音もなく壁が開いた。
(……隠し通路?)
ステラは驚きに目を見開く。
ふたりは迷うことなく中へと入っていった。ステラも息を殺してその隙間から忍び込む。暗がりに目が慣れると、長い石造りの廊下が続いていた。
歩きながら交わされる会話が、はっきりと聞こえる。
「……そろそろ“聖剣祭”の頃だな。いい機会だ。民の心をつかむには絶好だ」
「すでに殿下に心酔している者ばかりです。皇太子の座も、時間の問題かと」
「……あの“名ばかりの皇太子”は、居ても意味がない。先代のご乱心でつけた称号にすぎん。このまま存在するだけで、民が迷うだけだ――“整理”するべきだろう」
ステラの息が止まった。
(――“整理”?)
その言葉に込められた含みの重さは、あまりにも明確だった。
(まさか、レオナルド様を……殺すつもり?)
背筋に冷たいものが走る。祭りに湧く華やかな王宮の裏で、暗く蠢く陰謀。
ステラはこれまでレオナルドのことを疑っていた。けれど今、目の前で見たこの光景は、別の“真実”を指し示していた。
彼女はゆっくりとその場を離れ、音もなく通路の外へと戻っていった。
星空は変わらず輝いている。だがその夜の光は、なぜか冷たく、遠かった。
薄暗い隠し通路をそっと歩いていたステラは、曲がり角に差し掛かったところで足を止めた。――ピタリと、空気が変わる。
アレクシスが立ち止まり、周囲に視線を向けた。
「……誰かいるか?」
鋭い声が通路に響く。ステラは心臓を鷲掴みにされたように息を呑んだ。見つかる。そう思った瞬間だった。
「おや、アレクシス殿下。こんな夜更けにお散歩とは珍しいですね」
通路の奥から響いた声は、ユリウスのものだった。
ステラは、アレクシスが話し声の方へと気を向けたことで、こちらへの警戒が緩んだのを察する。その隙を逃さず、ステラは足音を殺して反対側の抜け道から外へと出た。
夜風が肌に触れたとき、ようやく安堵の息が漏れる。
(……助かった)
急いで自室へ戻ると、カレンはすでに寝る準備をしていた。
「ステラ、どこ行ってたの?」
「……ちょっと散歩に」
「ふうん、夜は冷えるよ。風邪ひかないでね」
心配そうなカレンの声に笑みで返し、ステラはそのまま浴室へ向かった。髪を洗いながら、ステラの頭にはアレクシスの言葉が何度も繰り返されていた。
――“あの名ばかりの皇太子は、不要だ”
(……本当に、アレクシス殿下は……)
表向きの顔は完璧で、誰からも好かれ、次期皇帝と噂される存在。けれどその裏で、弟を「整理する」と口にするような人物だった。
(やっぱり……危険な人なのかもしれない)
湯気の中で、ステラは小さくため息を吐いた。
ベッドに横になると、月明かりが静かにカーテン越しに部屋へと差し込んでいた。その淡い光に包まれると、ふと姉・ルーナのことを思い出す。
(ルーナお姉様……)
明るく、太陽のような存在だった。きらびやかなドレスや宝石が似合い、誰にでも優しく、人から愛された。毎日のように開かれるパーティーでは、中心にいるのがルーナだった。
(わたしとは正反対だったな)
ステラは控えめで、静かな場所を好んでいた。父のそばで記録をまとめ、政治に関する文献を読み、地道な仕事の方が性に合っていた。
それでも――ルーナとは本当によく話した。彼女は何でも話してくれたし、自分も心の内を隠さずに済んだ。たった一人の、大切な家族。
あの夜も――ルーナは満面の笑みで、こう言っていた。
「ねえステラ、聞いて。まるで物語の王子様みたいな方だったの」
「輝くほどの金色の髪で、とても綺麗な瞳で……強くて、優しくて……あんな人、初めてだったの」
(ルーナ姉さん……)
ステラは静かに瞼を閉じた。胸の奥に広がるのは、悲しみよりも――懐かしさ。忘れかけていたぬくもりが、月光とともにステラを包み込んでいた。
0
あなたにおすすめの小説
捨てられた貴族六男、ハズレギフト『家電量販店』で僻地を悠々開拓する。~魔改造し放題の家電を使って、廃れた土地で建国目指します~
荒井竜馬@書籍発売中
ファンタジー
ある日、主人公は前世の記憶を思いだし、自分が転生者であることに気がつく。転生先は、悪役貴族と名高いアストロメア家の六男だった。しかし、メビウスは前世でアニメやラノベに触れていたので、悪役転生した場合の身の振り方を知っていた。『悪役転生ものということは、死ぬ気で努力すれば最強になれるパターンだ!』そう考えて死ぬ気で努力をするが、チート級の力を身につけることができなかった。
それどころか、授かったギフトが『家電量販店』という理解されないギフトだったせいで、一族から追放されてしまい『死地』と呼ばれる場所に捨てられてしまう。
「……普通、十歳の子供をこんな場所に捨てるか?」
『死地』と呼ばれる何もない場所で、メビウスは『家電量販店』のスキルを使って生き延びることを決意する。
しかし、そこでメビウスは自分のギフトが『死地』で生きていくのに適していたことに気がつく。
家電を自在に魔改造して『家電量販店』で過ごしていくうちに、メビウスは周りから天才発明家として扱われ、やがて小国の長として建国を目指すことになるのだった。
メビウスは知るはずがなかった。いずれ、自分が『機械仕掛けの大魔導士』と呼ばれ存在になるなんて。
努力しても最強になれず、追放先に師範も元冒険者メイドもついてこず、領地どころかどの国も管理していない僻地に捨てられる……そんな踏んだり蹴ったりから始まる領地(国家)経営物語。
『ノベマ! 異世界ファンタジー:8位(2025/04/22)』
※別サイトにも掲載しています。
タダ働きなので待遇改善を求めて抗議したら、精霊達から『破壊神』と怖れられています。
渡里あずま
ファンタジー
出来損ないの聖女・アガタ。
しかし、精霊の加護を持つ新たな聖女が現れて、王子から婚約破棄された時――彼女は、前世(現代)の記憶を取り戻した。
「それなら、今までの報酬を払って貰えますか?」
※※※
虐げられていた子が、モフモフしながらやりたいことを探す旅に出る話です。
※重複投稿作品※
表紙の使用画像は、AdobeStockのものです。
過労死コンサル、貧乏貴族に転生す~現代農業知識と魔法で荒地を開拓していたら、いつの間にか世界を救う食糧大国になっていました~
黒崎隼人
ファンタジー
農業コンサルタントとして過労死した杉本健一は、異世界の貧乏貴族ローレンツ家の当主として目覚めた。
待っていたのは、荒れた土地、飢える領民、そして莫大な借金!
チートスキルも戦闘能力もない彼に残された武器は、前世で培った「農業知識」だけだった。
「貴族が土を耕すだと?」と笑われても構わない!
輪作、堆肥、品種改良! 現代知識と異世界の魔法を組み合わせた独自農法で、俺は自らクワを握る「耕作貴族」となる!
元Sランク冒険者のクールなメイドや、義理堅い元騎士を仲間に迎え、荒れ果てた領地を最強の農業大国へと変えていく、異色の領地経営ファンタジー!
【魔女ローゼマリー伝説】~5歳で存在を忘れられた元王女の私だけど、自称美少女天才魔女として世界を救うために冒険したいと思います!~
ハムえっぐ
ファンタジー
かつて魔族が降臨し、7人の英雄によって平和がもたらされた大陸。その一国、ベルガー王国で物語は始まる。
王国の第一王女ローゼマリーは、5歳の誕生日の夜、幸せな時間のさなかに王宮を襲撃され、目の前で両親である国王夫妻を「漆黒の剣を持つ謎の黒髪の女」に殺害される。母が最後の力で放った転移魔法と「魔女ディルを頼れ」という遺言によりローゼマリーは辛くも死地を脱した。
15歳になったローゼは師ディルと別れ、両親の仇である黒髪の女を探し出すため、そして悪政により荒廃しつつある祖国の現状を確かめるため旅立つ。
国境の街ビオレールで冒険者として活動を始めたローゼは、運命的な出会いを果たす。因縁の仇と同じ黒髪と漆黒の剣を持つ少年傭兵リョウ。自由奔放で可愛いが、何か秘密を抱えていそうなエルフの美少女ベレニス。クセの強い仲間たちと共にローゼの新たな人生が動き出す。
これは王女の身分を失った最強天才魔女ローゼが、復讐の誓いを胸に仲間たちとの絆を育みながら、王国の闇や自らの運命に立ち向かう物語。友情、復讐、恋愛、魔法、剣戟、謀略が織りなす、ダークファンタジー英雄譚が、今、幕を開ける。
敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています
藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。
結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。
聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。
侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。
※全11話 2万字程度の話です。
つまらなかった乙女ゲームに転生しちゃったので、サクッと終わらすことにしました
蒼羽咲
ファンタジー
つまらなかった乙女ゲームに転生⁈
絵に惚れ込み、一目惚れキャラのためにハードまで買ったが内容が超つまらなかった残念な乙女ゲームに転生してしまった。
絵は超好みだ。内容はご都合主義の聖女なお花畑主人公。攻略イケメンも顔は良いがちょろい対象ばかり。てこたぁ逆にめちゃくちゃ住み心地のいい場所になるのでは⁈と気づき、テンションが一気に上がる!!
聖女など面倒な事はする気はない!サクッと攻略終わらせてぐーたら生活をGETするぞ!
ご都合主義ならチョロい!と、野望を胸に動き出す!!
+++++
・重複投稿・土曜配信 (たま~に水曜…不定期更新)
喪女なのに狼さんたちに溺愛されています
和泉
恋愛
もふもふの狼がイケメンなんて反則です!
聖女召喚の儀で異世界に呼ばれたのはOL・大学生・高校生の3人。
ズボンを履いていた大学生のヒナは男だと勘違いされ、説明もないまま城を追い出された。
森で怪我をした子供の狼と出会ったヒナは狼族の国へ。私は喪女なのに狼族の王太子、No.1ホストのような武官、真面目な文官が近づいてくるのはなぜ?
ヒナとつがいになりたい狼達の恋愛の行方は?聖女の力で国同士の争いは無くすことができるのか。
中身は80歳のおばあちゃんですが、異世界でイケオジ伯爵に溺愛されています
浅水シマ
ファンタジー
【完結しました】
ーー人生まさかの二週目。しかもお相手は年下イケオジ伯爵!?
激動の時代を生き、八十歳でその生涯を終えた早川百合子。
目を覚ますと、そこは異世界。しかも、彼女は公爵家令嬢“エマ”として新たな人生を歩むことに。
もう恋愛なんて……と思っていた矢先、彼女の前に現れたのは、渋くて穏やかなイケオジ伯爵・セイルだった。
セイルはエマに心から優しく、どこまでも真摯。
戸惑いながらも、エマは少しずつ彼に惹かれていく。
けれど、中身は人生80年分の知識と経験を持つ元おばあちゃん。
「乙女のときめき」にはとっくに卒業したはずなのに――どうしてこの人といると、胸がこんなに苦しいの?
これは、中身おばあちゃん×イケオジ伯爵の、
ちょっと不思議で切ない、恋と家族の物語。
※小説家になろうにも掲載中です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる