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潜入編
31.聖剣祭(二)
しおりを挟むユリウスの報告を受けた瞬間、レオナルドの眉間に深いしわが刻まれた。
「……誰だ、その貴族は」
低く抑えた声に、怒気がにじむ。
「ディートハルト・エッセン伯爵です」
ユリウスが淡々と答えると、レオナルドの目が鋭く光った。
「ロイクをすぐに戻せ。護衛を付けずに置くなど——」
「殿下」
ユリウスが言葉を遮る。
「見回りの騎士は多いに越したことはありません。今は皇都全体の安全を優先すべきです」
数秒の沈黙ののち、レオナルドは小さく息を吐き、椅子にもたれた。
「……わかった。だが——」
その視線には、何かを思案する色があった。ユリウスはその表情を見て、嫌な予感を覚える。
翌日、聖剣祭二日目。朝から皇都は、昨日以上の熱気に包まれていた。
カレンとリサと並んで歩くステラの左頬は、まだ赤く腫れている。事情を聞いたカレンは、怒りを隠そうともせず、拳をぎゅっと握っていた。
「……あんな貴族、許せない」
大人しいリサも、静かにだが怒りを滲ませる。
医務室で薬を塗ってもらったとはいえ、腫れが引くには時間がかかる。それでもステラは、せっかくの祭りを楽しもうと決めていた。カレンの明るい声が、その決意を後押しする。
見慣れない店が並び、通りには笑い声と音楽があふれている。——友達と過ごすのって、こんな感じなのか。一瞬、自分が潜入していることを忘れそうになる。
演劇の人だかりを見つけたカレンが、「ちょっと見よう!」と声を上げ、三人は立ち止まった。役者の動きに視線を向けていたその時——ステラの腕を、冷たい感触がつかんだ。
フードを深くかぶった男が、彼女を引き寄せる。
「カレン! リサ——!」
叫んだつもりなのに、声は空気に溶けていく。自分の声が出ていない。
気づけば、人通りのない路地裏。振り返ったフードの奥に見えたのは——レオナルドだった。
声を上げようとした瞬間、彼の手が口元を覆う。
「……動くな」
その声は低く、しかし優しさが混じっていた。腫れた頬に、彼の手が触れる。
「痛かっただろう」
次の瞬間、頬を包んだ温もりと淡い光が広がる。痛みがすっと消え、腫れも跡形なく引いていた。
「……ありがとうございます」
驚きと戸惑いが入り混じった声が漏れる。
レオナルドは懐から、小さな星の形をした銀のネックレスを取り出した。
「お守りだ。ずっとつけていろ」
彼はそのまま、ステラの首元にかける。
ステラが何か言おうとした時には、もう彼は一歩引き、背を向けていた。
「祭りを楽しむといい」
それだけ告げ、路地の奥へと消える。
レオナルドが皇宮の中庭を抜け、自室へ戻ろうとしたときだった。扉の前に、にこやかな笑みを浮かべたユリウスが立っていた。
「お帰りなさいませ、殿下」
その声色は柔らかいのに、背後に冷気を感じる。
「……何か用か?」
「ええ、ございますとも。無断でお出かけになるのは、あまりお勧めいたしませんよ。危うく皇太子殿下失踪届を出すところでした」
笑顔を崩さぬまま、ユリウスは小首をかしげる。
「どうせ、ステラ嬢のところに行っておられたのでしょう?」
図星を突かれたレオナルドは、軽く咳払いして視線を逸らした。
「……それより、用件は?」
「来賓でお越しの他国の王族がお待ちです」
「陛下やアレクシスが対応すればよいだろう」
「殿下をご指名でして」
レオナルドは一瞬、眉をひそめた。
「……きっと“皇太子殿下”が全て対応するだろうから、陛下の側近に伝えろ」
「かしこまりました。ただ——後々、面倒なことになるかと」
「それが嫌だから言っている」
短いやり取りを残し、レオナルドは足早に去っていった。
ユリウスは、その背中を見送りながら小さくため息をついた。
一方その頃、ステラたちは祭りの喧騒の中にいた。演劇を見終え、通りに並ぶ屋台を巡りながら食べ歩きを楽しんでいる。
リサは最初こそ恥ずかしそうにしていたが、徐々に頬が緩み、「こういうの、初めて……」と小さく笑った。
三人で手をつなぎ、人混みをかき分けるだけでも、不思議と楽しい。ステラはそんな感覚に戸惑いながらも、胸の奥が温かくなるのを感じていた。
昼時になると、どの店も満席でなかなか入れない。そこで屋台の料理をいくつか買い込み、広場の端に設けられた机と椅子に腰を下ろす。
広げられた料理の中には、見慣れないものも多い。カレンの提案で、珍しい料理を中心に選んだのだ。
「これはね……こうやって食べるの」
ステラは本で得た知識をもとに説明していく。自分も口にしたことがない料理が多いが、二人の興味津々な顔を見ると、自然と声が弾んだ。
「相変わらず物知りね」
感心するリサに、ステラは肩をすくめる。
ほとんど食べ終えたころ、カレンが「まだ食べたい!」と笑って立ち上がった。「何か買ってくる!」と人混みへ消える。
残された二人。沈黙の中で、リサの視線がステラの首元に落ちる。
「……それ、皇太子殿下からの贈り物?」
ステラは答えなかった。だがその表情が、否定しきれないことを物語っていた。
そこへ、手に新しい料理を抱えたカレンが戻ってくる。
「ねぇ、これ何の料理?」
ステラが見下ろした瞬間、胸の奥がきゅっと締めつけられる。それは、自分の故郷の料理だった。
「……トランティールっていうの。生地の中に——」
説明しながら、一口かじる。
口いっぱいに広がる香りと味が、幼い日の記憶を呼び覚ます。姉と並んで食べた日のこと。笑い声、陽射し、テーブルに差す影——。
気づけば、ステラはほんの少し、微笑んでいた。
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