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潜入編
5.仕分け作業(三)
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「――その判断、あなたが責任を持てるの?」
アメリアの低く冷たい声が、再び控えの間に響いた。
誰もが息を呑み、作業の手を止める。
ステラはほんのわずかだけ息を吸い込んで、まっすぐに答えた。
「……はい。図解表に該当がないものを混ぜるのは、間違いにつながると判断しました。わたしの判断です」
言い終えると同時に、空気がぴしりと張りつめる。
「出た、独断。新人のくせに何様なの?」
それはミーナだった。吐き捨てるような声に、周囲がざわめく。
「見てたわよ、午前中から勝手なやり方してたもの」
「やたら偉そうだったよね。覚えたからって自慢?」
次々に飛んでくる非難の言葉に、ステラの周りの空気が急速に冷たくなっていく。
誰一人、かばう者はいなかった。
「確かに図にないかもしれないけど、それを判断するのは侍女様でしょ。メイドが勝手に決めるなんて……ありえない」
「出しゃばりすぎなのよ」
「調子に乗ってるだけ。そんなに目立ちたいわけ?」
罵声に紛れて、リサが何か言おうと口を開いたが、その表情がすぐに引きつる。
空気が重すぎた。言葉を挟む隙間すら許されないような、押し潰される圧力。
「いい加減にしなさい」
アメリアがぴしゃりと声を張った。
けれど、それはステラをかばうものではなかった。
「グランツ様に報告するしかないわね。このままでは、作業そのものに支障が出る」
その言葉に、何人かが小さくうなずく。
ステラの目の前で、どんどん味方がいなくなっていく。
――静寂。
全員が黙りこみ、誰かの足音すら聞こえそうなほど張りつめた空間に。
突然、乾いた足音がひとつだけ、ゆっくりと近づいてきた。
ヒールの音。均整のとれた、威厳をもって鳴る一歩一歩。
そして――
「……それは、どの器のことかしら?」
その声が響いた瞬間、部屋の空気が一変した。
控えの間の入り口に立っていたのは、
灰色の瞳と漆黒のシニヨン、完璧な所作で立つ、王宮侍女長――エレオノーラ・グランツだった。
全員が息を呑み、振り返る。
静かに歩みを進めながら、エレオノーラの視線はまっすぐにアメリアへと注がれていた。
「アメリア。状況を説明なさい」
アメリアは一拍遅れて礼をとり、口を開いた。
「はっ。ステラというメイドが、仕分け作業中に自己判断で器を分類外として排除しました。明らかに越権行為で――」
「黙りなさい」
エレオノーラの声が重く、低く響く。
アメリアの言葉がぴたりと止まる。
「私は“何があったのか”を聞いているの。あなたの主観を添える必要はないわ」
控えの間に沈黙が落ちる。アメリアは顔をこわばらせ、視線をそらしながら、「……ステラに、詳細を語らせます」と言って一歩引いた。
エレオノーラの鋭い灰色の瞳が、今度はステラに向けられる。
「説明して。どの器を、なぜ除けたのか」
ステラは一礼し、脇に置いた器を手に取りながら答えた。
「この器です。家紋と刻印が、現在使用されている仕分け表には載っておらず……似た模様もありましたが、混乱を防ぐため、別に保管すべきと判断しました」
言葉は簡潔で、迷いはなかった。
すると、ミーナが苛立ったように口を挟んだ。
「でも、それはあんたの勝手な――」
「……誰に話しかけられたのか、理解している?」
エレオノーラの目が、ミーナを射抜いた。
その声音に、ミーナは顔を引きつらせて言葉を失う。
「私はあなたに意見を求めていない。黙ってなさい」
控えの間がさらに静まり返る。
エレオノーラは器を手に取り、刻印をじっと見つめた。
「この器は、十年以上前に使用停止となった旧式の公式食器。刻印の細部が改定前のままね。……仕分け表にないのも当然だわ」
小さく息を呑む音があちこちで漏れる。
アメリアは目を見開き、わずかに後ずさる。
「ステラの判断は、適切だった。むしろ表に載っていない品を見抜いた観察力は賞賛に値する」
その一言で、空気が一変した。
「それに対し――誤った報告をしかけた侍女がいるのは、見過ごせない」
エレオノーラの声に、アメリアの背筋が硬直する。
「アメリア。来なさい。別室で話を聞くわ」
「……はっ」
青ざめた顔でうなずくアメリア。
エレオノーラは振り返りざま、控えの間に向かって告げた。
「これより、仕分け作業はステラの指示に従って進めなさい。――異論は、ないわね?」
誰一人、声を発する者はいなかった。
「行くわよ、アメリア」
そのまま、背筋を伸ばしたままエレオノーラは歩き出す。
アメリアが足早に後を追う。
灰色の裾が控えの間の外へと消え、静寂だけが残された。
アメリアの低く冷たい声が、再び控えの間に響いた。
誰もが息を呑み、作業の手を止める。
ステラはほんのわずかだけ息を吸い込んで、まっすぐに答えた。
「……はい。図解表に該当がないものを混ぜるのは、間違いにつながると判断しました。わたしの判断です」
言い終えると同時に、空気がぴしりと張りつめる。
「出た、独断。新人のくせに何様なの?」
それはミーナだった。吐き捨てるような声に、周囲がざわめく。
「見てたわよ、午前中から勝手なやり方してたもの」
「やたら偉そうだったよね。覚えたからって自慢?」
次々に飛んでくる非難の言葉に、ステラの周りの空気が急速に冷たくなっていく。
誰一人、かばう者はいなかった。
「確かに図にないかもしれないけど、それを判断するのは侍女様でしょ。メイドが勝手に決めるなんて……ありえない」
「出しゃばりすぎなのよ」
「調子に乗ってるだけ。そんなに目立ちたいわけ?」
罵声に紛れて、リサが何か言おうと口を開いたが、その表情がすぐに引きつる。
空気が重すぎた。言葉を挟む隙間すら許されないような、押し潰される圧力。
「いい加減にしなさい」
アメリアがぴしゃりと声を張った。
けれど、それはステラをかばうものではなかった。
「グランツ様に報告するしかないわね。このままでは、作業そのものに支障が出る」
その言葉に、何人かが小さくうなずく。
ステラの目の前で、どんどん味方がいなくなっていく。
――静寂。
全員が黙りこみ、誰かの足音すら聞こえそうなほど張りつめた空間に。
突然、乾いた足音がひとつだけ、ゆっくりと近づいてきた。
ヒールの音。均整のとれた、威厳をもって鳴る一歩一歩。
そして――
「……それは、どの器のことかしら?」
その声が響いた瞬間、部屋の空気が一変した。
控えの間の入り口に立っていたのは、
灰色の瞳と漆黒のシニヨン、完璧な所作で立つ、王宮侍女長――エレオノーラ・グランツだった。
全員が息を呑み、振り返る。
静かに歩みを進めながら、エレオノーラの視線はまっすぐにアメリアへと注がれていた。
「アメリア。状況を説明なさい」
アメリアは一拍遅れて礼をとり、口を開いた。
「はっ。ステラというメイドが、仕分け作業中に自己判断で器を分類外として排除しました。明らかに越権行為で――」
「黙りなさい」
エレオノーラの声が重く、低く響く。
アメリアの言葉がぴたりと止まる。
「私は“何があったのか”を聞いているの。あなたの主観を添える必要はないわ」
控えの間に沈黙が落ちる。アメリアは顔をこわばらせ、視線をそらしながら、「……ステラに、詳細を語らせます」と言って一歩引いた。
エレオノーラの鋭い灰色の瞳が、今度はステラに向けられる。
「説明して。どの器を、なぜ除けたのか」
ステラは一礼し、脇に置いた器を手に取りながら答えた。
「この器です。家紋と刻印が、現在使用されている仕分け表には載っておらず……似た模様もありましたが、混乱を防ぐため、別に保管すべきと判断しました」
言葉は簡潔で、迷いはなかった。
すると、ミーナが苛立ったように口を挟んだ。
「でも、それはあんたの勝手な――」
「……誰に話しかけられたのか、理解している?」
エレオノーラの目が、ミーナを射抜いた。
その声音に、ミーナは顔を引きつらせて言葉を失う。
「私はあなたに意見を求めていない。黙ってなさい」
控えの間がさらに静まり返る。
エレオノーラは器を手に取り、刻印をじっと見つめた。
「この器は、十年以上前に使用停止となった旧式の公式食器。刻印の細部が改定前のままね。……仕分け表にないのも当然だわ」
小さく息を呑む音があちこちで漏れる。
アメリアは目を見開き、わずかに後ずさる。
「ステラの判断は、適切だった。むしろ表に載っていない品を見抜いた観察力は賞賛に値する」
その一言で、空気が一変した。
「それに対し――誤った報告をしかけた侍女がいるのは、見過ごせない」
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「アメリア。来なさい。別室で話を聞くわ」
「……はっ」
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「これより、仕分け作業はステラの指示に従って進めなさい。――異論は、ないわね?」
誰一人、声を発する者はいなかった。
「行くわよ、アメリア」
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