【完結】おはよう、僕のクラリス〜祝福という名の呪いと共に〜

おもち。

文字の大きさ
23 / 56
本編

僅かな違和感③

しおりを挟む




 「それはエイブリーさまが“繁栄”の祝福持ちだからでしょうか?」
 「バルセル侯爵令嬢、悪いがそれは違う。僕はエイブリー・クラリス・ハミルトンを愛しているんだ。そこに祝福など関係ない。確かに僕達の婚約はクラリスの“繁栄”のお陰で繋がった縁に過ぎない。それでも僕は、クラリスと共に過ごした何年もの時間がこの想いを作り上げたと思っている。祝福は関係ない、クラリスだから愛しているんだ」

 僕がそれでもクラリスだけだと伝えると、バルセル侯爵令嬢は勢い良く顔を上げ、叫ぶように口を開いた。
 
 「ですが!!殿下の愛するエイブリー様は、簡単に子爵子息に心変わりしたではありませんか!他の男性に簡単に心変わりしたエイブリー様を、殿下はそれでも想い続けて生きていくと言うのですか?エイブリー様は殿下を裏切ったのですよ!?」
 「そうだ」
 
 僕に意志は変わらない。それを伝えると珍しく声を荒げていたバルセル侯爵令嬢は突然火が消えたように大人しくなった。
 そして僕の目を真っ直ぐ見据え、ゆっくりと口を開いた。

 「殿下のエイブリー様に対する想いは十分伝わりましたわ。ですが、この先妻となるのはこのわたくし。わたくしだけですわ。そしてわたくしにも、生涯貴方だけですわ。それだけは分かっていて下さいませ」
 「……そうか」
 「っ殿下!!」
 「僕は用事があるからこれで失礼するよ」
 「あっ!!」

 後ろでバルセル侯爵令嬢が何かを叫んでいる声が聞こえたけれど、今度こそ僕は自室へと急いだ。
 ずっと目に見えない違和感が拭えなかった。でも先程バルセル侯爵令嬢と話た事で、その違和感が初めて実体を持った気がした。
 学園での彼女の振る舞いは完璧だった。友人を心配し、ひたすら諫め続ける優しいご令嬢。
 例えクラリスに邪険に扱われてもめげずに声を掛け続けた姿は、学園の生徒達の心を確かに掴んでいた。
 以前はクラリスの評判をよく耳にしていたが、今話題に上がるのははしたない行動を取り続けるクラリスではなく、彼女を見捨てず今でも諫め続けているバルセル侯爵令嬢の方だ。

 でも今日彼女と話して感じた確かな違和感。
 婚約者に内定している彼女が
 それだけでは違和感程度でしかないが、先程のバルセル侯爵令嬢が発した「エイブリー様は殿下を裏切った」と言った時に感じた激高した態度。
 
 普段の彼女は本気でクラリスを心配している友人そのものだ。
 でもそれは違うと僕の本能が叫んでいる。

 これは違うと──。

 今のところ確かな証拠はない。だけどもっと深く掘り下げて調べてみる価値はあるんじゃないだろうか。
 先程から酷く胸騒ぎがする。
 ロレーヌ男爵令嬢の件も含めてもう一度バルセル侯爵令嬢の身辺を探ってみる事を決めた僕は、自室の扉を勢い良く開け室内に入り鍵を掛けたタイミングで黒づくめの男女二人が何処からともなく姿を現した。
 驚き固まっている僕と目を合わせると、恭しく跪き男の方がおもむろに口を開いた。

 「国王陛下より勅命を賜り参りました。殿下の目や足となるように、と」
 「父上が?」
 「私達は影の中でも秘匿されている存在。殿下におかれましても、どうかこの事は内密にお願いいたします」

 父上が表立って僕に力を貸す事が出来ない事は分かっていた。
 なにしろ今回は僕自身の問題ではなく、婚約者のクラリスの行動に関してだった事も関係している。
 それにこの平和なグレンヴィル王国にも政敵は存在している。いくら婚約者だからと言ってむやみに王族が手を貸せば貴族の中の統率を乱す事になる。
 そんな危険な真似、国王である父上がするはずがない。クラリスの父親である宰相も、事情を分かっているからこそ陛下に抗議をしないのだろう。
 そんな事情を分かっていながら、僕は父上が手を貸してくれない事実に少なからずショックを受けいていた。でも今回影を寄越してくれた事でこの問題に親として協力してくれるのだと知り、心から嬉しいと感じた。

 (これで僕も調べる範囲を増やす事が出来る)

 「では早速ですまないが調べてもらいたい人物が二人いる。頼めるだろうか」
 
 二人に内容を話すと彼らはすぐに調べると言い残し、部屋から煙のように消えてしまった。
 二人には令嬢を二十四時間監視するように伝えたから、あとは結果を待つだけだ。

 (どうか、この違和感の正体を突き止める事が出来ますように)

 今のところ何も役に立てていない僕は、アルテナ様に祈るしかなかった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

お飾りな妻は何を思う

湖月もか
恋愛
リーリアには二歳歳上の婚約者がいる。 彼は突然父が連れてきた少年で、幼い頃から美しい人だったが歳を重ねるにつれてより美しさが際立つ顔つきに。 次第に婚約者へ惹かれていくリーリア。しかし彼にとっては世間体のための結婚だった。 そんなお飾り妻リーリアとその夫の話。

彼の過ちと彼女の選択

浅海 景
恋愛
伯爵令嬢として育てられていたアンナだが、両親の死によって伯爵家を継いだ伯父家族に虐げられる日々を送っていた。義兄となったクロードはかつて優しい従兄だったが、アンナに対して冷淡な態度を取るようになる。 そんな中16歳の誕生日を迎えたアンナには縁談の話が持ち上がると、クロードは突然アンナとの婚約を宣言する。何を考えているか分からないクロードの言動に不安を募らせるアンナは、クロードのある一言をきっかけにパニックに陥りベランダから転落。 一方、トラックに衝突したはずの杏奈が目を覚ますと見知らぬ男性が傍にいた。同じ名前の少女と中身が入れ替わってしまったと悟る。正直に話せば追い出されるか病院行きだと考えた杏奈は記憶喪失の振りをするが……。

誰の代わりに愛されているのか知った私は優しい嘘に溺れていく

矢野りと
恋愛
彼がかつて愛した人は私の知っている人だった。 髪色、瞳の色、そして後ろ姿は私にとても似ている。 いいえ違う…、似ているのは彼女ではなく私だ。望まれて嫁いだから愛されているのかと思っていたけれども、それは間違いだと知ってしまった。 『私はただの身代わりだったのね…』 彼は変わらない。 いつも優しい言葉を紡いでくれる。 でも真実を知ってしまった私にはそれが嘘だと分かっているから…。

無価値な私はいらないでしょう?

火野村志紀
恋愛
いっそのこと、手放してくださった方が楽でした。 だから、私から離れようと思うのです。

地獄の業火に焚べるのは……

緑谷めい
恋愛
 伯爵家令嬢アネットは、17歳の時に2つ年上のボルテール侯爵家の長男ジェルマンに嫁いだ。親の決めた政略結婚ではあったが、小さい頃から婚約者だった二人は仲の良い幼馴染だった。表面上は何の問題もなく穏やかな結婚生活が始まる――けれど、ジェルマンには秘密の愛人がいた。学生時代からの平民の恋人サラとの関係が続いていたのである。  やがてアネットは男女の双子を出産した。「ディオン」と名付けられた男児はジェルマンそっくりで、「マドレーヌ」と名付けられた女児はアネットによく似ていた。  ※ 全5話完結予定  

貴方に私は相応しくない【完結】

迷い人
恋愛
私との将来を求める公爵令息エドウィン・フォスター。 彼は初恋の人で学園入学をきっかけに再会を果たした。 天使のような無邪気な笑みで愛を語り。 彼は私の心を踏みにじる。 私は貴方の都合の良い子にはなれません。 私は貴方に相応しい女にはなれません。

鈍感令嬢は分からない

yukiya
恋愛
 彼が好きな人と結婚したいようだから、私から別れを切り出したのに…どうしてこうなったんだっけ?

お飾り妻は天井裏から覗いています。

七辻ゆゆ
恋愛
サヘルはお飾りの妻で、夫とは式で顔を合わせたきり。 何もさせてもらえず、退屈な彼女の趣味は、天井裏から夫と愛人の様子を覗くこと。そのうち、彼らの小説を書いてみようと思い立って……?

処理中です...