38 / 56
本編
退屈な人生・ライアン視点②
しおりを挟む年に数度、彼女が隣接するバルセル侯爵領に戻ってきた際には、お互いの家族には内緒で日が沈むまで二人で遊んだ。
最初はご令嬢が一日姿を見せないと侯爵達が心配するのでは?と彼女に伝えた事もあったけれど、シャルはあっけらかんとした態度で「両親は私を溺愛しているから自由にさせてくれるのよ」と笑うだけだった。
いつだって自由な彼女との日々は、僕に刺激的な毎日と自然な息継ぎを教えてくれた。
正直シャルといると自分でも驚くくらい息がしやすかった。でもそれはきっとシャルも同じように感じていたように思う。
二人でいる時だけは貴族としても仮面を被らなくてもいい。僕はシャルとの時間に今まで生きてきて感じた事のない安らぎを感じていた。
まるで初めから僕の居場所はシャルの隣だとでもいうように……。
彼女が話してくれる内容はいつだって僕に刺激を与えてくれた。
いつの日かシャルが話してくれた前世の話は、退屈な日々を過ごしていた僕にとって、まさに夢のような内容だった。
彼女の話す世界では、皆が平等に自分の力で生きて好きな事を仕事にしている。今の僕には決して手の届く事がない、自由な世界がとても羨ましかった。
聞いた事のない食べ物や、この世界では見た事もないような乗り物の話、娯楽の話を楽しそうにしてくれた彼女の笑顔はいつになく輝いていた。
でもひときわ彼女の笑顔が輝くのは、いつだってこの国の王太子殿下の話だった。
シャル本人は気付いていないみたいだけれど、王都にいる王太子殿下の話をする時は決まって楽しそうで、幸せそうな表情と同時に、悲しそうな表情も浮かべていた。
どういう訳か話の中で、彼女はこの世界が自分の為に作られた世界なのではないかと確信しているようだった。
そんないつだって『自分』しか考えていないシャルが、僕には何だかとても眩しく僕の自由の象徴そもののように感じていた。
どんなに努力しても、僕にはこの人生を彩りのあるものにする事は出来ない。
でもシャルの瞳に映るこの世界は、どこまでも光輝いている。
そんな彼女が眩しくて、同時に僕にはどうしようもなく苦しくなる瞬間があった。
シャルといると色のない褪せた世界も様々な色を持ち、暗いだけの世界で生きる僕にシャルという光がもたらされた事によって、ますます興味を惹かれていった。
ある日彼女との何気ない会話の中で、初恋の人がこの国の王太子殿下である事を知った。
僕には恋がどんなものなのか理解が出来ない。
今まで生きてきた中で本に記されているような強烈に心惹かれる存在に出会った事などないし、正直この先も知りたいとも思わない。
ただ、話をしながら笑っているのに、時々泣きそうな表情のシャルがどうしても気になった。
(どうして何でもない事のように振る舞うんだろう?)
(シャルは笑っていた方がずっと可愛いのに)
初恋が叶わず苦しそうに微笑むのではなく、シャルには心から笑っていてほしい。
初恋が叶えばシャルはきっと幸せに生きていける。
そうすればまた、あの周囲を照らす太陽のような笑顔を見せてくれるはず。
21
あなたにおすすめの小説
お飾りな妻は何を思う
湖月もか
恋愛
リーリアには二歳歳上の婚約者がいる。
彼は突然父が連れてきた少年で、幼い頃から美しい人だったが歳を重ねるにつれてより美しさが際立つ顔つきに。
次第に婚約者へ惹かれていくリーリア。しかし彼にとっては世間体のための結婚だった。
そんなお飾り妻リーリアとその夫の話。
彼の過ちと彼女の選択
浅海 景
恋愛
伯爵令嬢として育てられていたアンナだが、両親の死によって伯爵家を継いだ伯父家族に虐げられる日々を送っていた。義兄となったクロードはかつて優しい従兄だったが、アンナに対して冷淡な態度を取るようになる。
そんな中16歳の誕生日を迎えたアンナには縁談の話が持ち上がると、クロードは突然アンナとの婚約を宣言する。何を考えているか分からないクロードの言動に不安を募らせるアンナは、クロードのある一言をきっかけにパニックに陥りベランダから転落。
一方、トラックに衝突したはずの杏奈が目を覚ますと見知らぬ男性が傍にいた。同じ名前の少女と中身が入れ替わってしまったと悟る。正直に話せば追い出されるか病院行きだと考えた杏奈は記憶喪失の振りをするが……。
誰の代わりに愛されているのか知った私は優しい嘘に溺れていく
矢野りと
恋愛
彼がかつて愛した人は私の知っている人だった。
髪色、瞳の色、そして後ろ姿は私にとても似ている。
いいえ違う…、似ているのは彼女ではなく私だ。望まれて嫁いだから愛されているのかと思っていたけれども、それは間違いだと知ってしまった。
『私はただの身代わりだったのね…』
彼は変わらない。
いつも優しい言葉を紡いでくれる。
でも真実を知ってしまった私にはそれが嘘だと分かっているから…。
地獄の業火に焚べるのは……
緑谷めい
恋愛
伯爵家令嬢アネットは、17歳の時に2つ年上のボルテール侯爵家の長男ジェルマンに嫁いだ。親の決めた政略結婚ではあったが、小さい頃から婚約者だった二人は仲の良い幼馴染だった。表面上は何の問題もなく穏やかな結婚生活が始まる――けれど、ジェルマンには秘密の愛人がいた。学生時代からの平民の恋人サラとの関係が続いていたのである。
やがてアネットは男女の双子を出産した。「ディオン」と名付けられた男児はジェルマンそっくりで、「マドレーヌ」と名付けられた女児はアネットによく似ていた。
※ 全5話完結予定
貴方に私は相応しくない【完結】
迷い人
恋愛
私との将来を求める公爵令息エドウィン・フォスター。
彼は初恋の人で学園入学をきっかけに再会を果たした。
天使のような無邪気な笑みで愛を語り。
彼は私の心を踏みにじる。
私は貴方の都合の良い子にはなれません。
私は貴方に相応しい女にはなれません。
お飾り妻は天井裏から覗いています。
七辻ゆゆ
恋愛
サヘルはお飾りの妻で、夫とは式で顔を合わせたきり。
何もさせてもらえず、退屈な彼女の趣味は、天井裏から夫と愛人の様子を覗くこと。そのうち、彼らの小説を書いてみようと思い立って……?
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる