【完結】おはよう、僕のクラリス〜祝福という名の呪いと共に〜

おもち。

文字の大きさ
53 / 56
エピローグ

祝福という名の呪いと共に③

しおりを挟む




 あの時既に僕にはクラリス以外、失って困るものは何もなかった。
 だからこそ、今後の事を驚くべき速さで父上に申し入れる事が出来た。
 父上との話し合いで王太子の座を弟に譲り、僕は一代限りの公爵位を賜った。それと同時に継承権を放棄し王族籍も抜く事になった。
 もちろんリアムに言われたクラリスの後遺症の事は、クラリスの父親と僕の父上は承知している。
 僕は婚約者であるクラリスを守る事が出来なかった償いとして、彼女の父親である公爵と国王である父上に許可をもらい、目覚める事のないクラリスと婚姻という形を取り責任を取った。そして僕の生涯をかけて彼女を守り償っていく事を消えぬ誓いとして神殿で誓い、国民には事実と物語を織り交ぜつつ、ありのままを公表した。

 そして全ての手続きを済ませクラリスとの形ばかりの婚姻をした僕は、彼女を連れて早々に与えられた城に居を移し、公爵の仕事をこなしながらクラリスと過ごす穏やかな時間を過ごしている。
 あれから五年。父上からは公爵としての政務について、なるべく軽いものを割り振ってもらっているからクラリスの万一に備える事が出来ている。
 本当に父上には頭が上がらない。

 執務室に戻り、残りの政務をひとつずつ片づけていると、何やら廊下が慌ただしくなっている事に気が付いた。
 何の騒ぎだと近くにいた侍従へ声をかけようとした時、ノックもせず唐突に執務室の扉が開いた。
 
 「旦那様、っ奥様が!!」

 転がり込むように執務室に飛び込んできたのは、クラリス付きの侍女だった。
 僕はその言葉を聞いた次の瞬間には、もう部屋を飛び出していた。
 走り続ける中で、ずっとこの日を待ちわびていたはずなのに、同時に怖くも感じる自分もいた。

 もし僕が施した術が正しく効いていなかったら……。
 もしクラリスの中に、ひと欠片でもあの男の存在が残っていたら……。

 そんな不安を抱えつつも走り着いた先はクラリスの為に誂えた部屋の扉の前だった。
 一度深く深呼吸をし、震える手でドアノブを回して部屋へ一歩踏み出せば、あれほど渇望していたクラリスがベッドに腰掛け窓を眺めていた。

「……クラリス」

 その声に反応したのかは分からないが、彼女はゆっくりとこちらを振り返った。
 その瞬間、確かに僕達の視線が交わった。

 (五年ぶりだ……)
 
 同時にクラリスの不思議そうな表情に、僕は今回の計画が成功したのだと確信を得た。

「……あなたは、だれ?」

 酷く懐かしく、それでいてあの頃は当たり前に僕の傍でその優しい声を紡いでくれていた、彼女の鈴を転がすような声色を聞き、僕は歓喜で全身が震えるのを感じた。
 ここまで五年の歳月がかかったけれど、この五年間の苦しみはきっと今日というこの幸福の日の為の布石だったのだとさえ思う。

 (クラリスが、僕を……僕だけを見つめている)

 その事実に、言い様のないどろりとした感情が生まれるのを感じた。
 僕は彼女の問いには答えずゆっくりと一歩、また一歩と着実にクラリスの傍に歩みを進めていく。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

お飾りな妻は何を思う

湖月もか
恋愛
リーリアには二歳歳上の婚約者がいる。 彼は突然父が連れてきた少年で、幼い頃から美しい人だったが歳を重ねるにつれてより美しさが際立つ顔つきに。 次第に婚約者へ惹かれていくリーリア。しかし彼にとっては世間体のための結婚だった。 そんなお飾り妻リーリアとその夫の話。

彼の過ちと彼女の選択

浅海 景
恋愛
伯爵令嬢として育てられていたアンナだが、両親の死によって伯爵家を継いだ伯父家族に虐げられる日々を送っていた。義兄となったクロードはかつて優しい従兄だったが、アンナに対して冷淡な態度を取るようになる。 そんな中16歳の誕生日を迎えたアンナには縁談の話が持ち上がると、クロードは突然アンナとの婚約を宣言する。何を考えているか分からないクロードの言動に不安を募らせるアンナは、クロードのある一言をきっかけにパニックに陥りベランダから転落。 一方、トラックに衝突したはずの杏奈が目を覚ますと見知らぬ男性が傍にいた。同じ名前の少女と中身が入れ替わってしまったと悟る。正直に話せば追い出されるか病院行きだと考えた杏奈は記憶喪失の振りをするが……。

誰の代わりに愛されているのか知った私は優しい嘘に溺れていく

矢野りと
恋愛
彼がかつて愛した人は私の知っている人だった。 髪色、瞳の色、そして後ろ姿は私にとても似ている。 いいえ違う…、似ているのは彼女ではなく私だ。望まれて嫁いだから愛されているのかと思っていたけれども、それは間違いだと知ってしまった。 『私はただの身代わりだったのね…』 彼は変わらない。 いつも優しい言葉を紡いでくれる。 でも真実を知ってしまった私にはそれが嘘だと分かっているから…。

無価値な私はいらないでしょう?

火野村志紀
恋愛
いっそのこと、手放してくださった方が楽でした。 だから、私から離れようと思うのです。

地獄の業火に焚べるのは……

緑谷めい
恋愛
 伯爵家令嬢アネットは、17歳の時に2つ年上のボルテール侯爵家の長男ジェルマンに嫁いだ。親の決めた政略結婚ではあったが、小さい頃から婚約者だった二人は仲の良い幼馴染だった。表面上は何の問題もなく穏やかな結婚生活が始まる――けれど、ジェルマンには秘密の愛人がいた。学生時代からの平民の恋人サラとの関係が続いていたのである。  やがてアネットは男女の双子を出産した。「ディオン」と名付けられた男児はジェルマンそっくりで、「マドレーヌ」と名付けられた女児はアネットによく似ていた。  ※ 全5話完結予定  

貴方に私は相応しくない【完結】

迷い人
恋愛
私との将来を求める公爵令息エドウィン・フォスター。 彼は初恋の人で学園入学をきっかけに再会を果たした。 天使のような無邪気な笑みで愛を語り。 彼は私の心を踏みにじる。 私は貴方の都合の良い子にはなれません。 私は貴方に相応しい女にはなれません。

鈍感令嬢は分からない

yukiya
恋愛
 彼が好きな人と結婚したいようだから、私から別れを切り出したのに…どうしてこうなったんだっけ?

お飾り妻は天井裏から覗いています。

七辻ゆゆ
恋愛
サヘルはお飾りの妻で、夫とは式で顔を合わせたきり。 何もさせてもらえず、退屈な彼女の趣味は、天井裏から夫と愛人の様子を覗くこと。そのうち、彼らの小説を書いてみようと思い立って……?

処理中です...