平穏な日常に悪魔はいらない

雪音鈴

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5魔 ☆ さよなら普通の生活②

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「はあああ……」

 思わず長いため息が出てしまう。

「フッフッフ! どうだ! これが俺の力だ! すごいだろう? 尊敬しただろう?」

 自慢気なミカゲを見ていると余計に頭が痛くなる。地下での出来事の後、俺達は玄関にある広間へとやってきた。そして、そこには地下へと続く大きな穴がぽっかりとあいていたのだ。

 そう、俺が地下に行く事を拒否した時にミカゲがあけた大きな穴が……

 当然俺は、ミカゲがあけた穴なのだから、責任をもって直せと言った。

 それなのに、ミカゲの返答はというと――

「それが最初の願いか? それぐらいこの俺にかかれば……」

 というものであったのだった。

「へえ、上級悪魔は自分のした事に責任すらもてないのか。知らなかったよ」

 俺が両親との会話の経験を活かし、ミカゲへとそんな言葉を投げかける。

「なっ! 上級悪魔であるこの俺は、いつも責任をちゃんととっているぞ! それに、最初の願いとしては味気がないと思っていた所だ。これぐらい願われずとも俺がやるに決まっているだろ!」

 案の定、そんな言葉を言いながら、彼は床の修復を一瞬でやってくれたのだった。

 もちろん、ミカゲが指を鳴らした瞬間、ミカゲを中心に広がった光が床を元へと戻していくという様子は、確かにすごいと思った――が、俺は屋敷の内装まで変えろとは言っていない。

 長らく人の手が加えられていなかったせいで古びてはいたけれど、この屋敷の内装は、藍色を主体とした落ち着いた雰囲気のものであった。しかし、今や赤を主体として、所々に金色が使用されている内装になってしまっている。さすがにこれはきらびやかすぎて目がチカチカするし、何よりものすごく居心地が悪い内装である。

「はあ……ミカゲ、誰が内装まで変えろと?」

「永はこの俺の主だろう? それならばあんなみすぼらしい内装ではなく、この俺にあった相応しい内装にすべきだろう!」

「待て待て。なんでお前にあった内装にしなくちゃいけないんだよ! たとえ内装を変えるとしても、そこは普通、俺にあった内装に変える所だろ!」

「なんだ? この内装が気に入らないのか?」

 ミカゲが面食らったような顔をしながら聞いてきた事に少しばかり呆れながらも問い返す。

「この内装のどこを気に入れと?」

「人間共の頂点に立つ者はよくこのような装飾を好んで使っているじゃないか。それに、この内装なら俺が住むのにぴったりだろう? 逆にどこが気に入らないんだ?」

「結局お前の好きな内装って事か。俺の意思は全部無視だし……」

 ミカゲの自己中ぶりに思わずぼやいてしまう。

「貴様は注文が多いな。ん? そうか! これが貴様の願いか!」

「……は?」

 突然の発言に対し思考がついていけず、間抜けな声を出してしまう。そして、そんな俺の反応などお構いなしにミカゲはどんどんヒートアップしていく。

「そういう事なら早く言えば良いものを! で? どんな内装が好みなんだ?」

 ずいっと俺に迫ってくるミカゲに圧されながらも、願いを言ってしまったら負けのような気がしてしまい、言葉に詰まってしまう。そんな俺の様子を自分の良いように解釈したらしいミカゲはなおも話を続ける。

「言葉にするのは難しいか? なら、頭にそのイメージを思い描け。俺がそのイメージを読み取り、貴様が望む内装に変えてやる!」

「……は?」

 またまたミカゲの言葉の意味を理解できず呆然としていると、ミカゲの手がスッと伸びてきた。その両手は俺の頬を優しく包み、少し上の方に向ける。
 悔しいけれど、ミカゲは俺よりも背が高い。だから今、俺はミカゲの顔に向き合うような形になっている訳だが……。

(なんというか、この体勢は……うん。気持ち悪いと言うか……イラつくというか……)

「ちゃんとイメージしろよ? イメージは細かければ細かい程良いからな」

 俺が何となく屈辱的な気がする……とかなんとか考えていたら、そんな事を言った後、ミカゲの顔が……近づいてきた?

「――って! 出来るか!!」

 我ながらすごい一撃だったと思う。俺はミカゲの顔が近づいてきた瞬間、全身に鳥肌が立ち、反射的にミカゲの額に頭突きをしてしまったのだった。

「き、貴様! 何をする!」

 頭突きを食らった部分を抑えながら殺気のこもった視線を俺に向けてくるミカゲ……。冷静な時ならば、恐怖ですくみあがっていたかもしれないが――今の俺はそれどころではない。

「それはこっちのセリフだ! 見ろ! この鳥肌!」

 鳥肌が立った腕を見せながら思った事をぶつける。

「俺の意思関係なしに自分だけで話を完結させるな! それから、詳しい説明もなしにいきなり顔を近づけてくるな! そういう事は異性にやれ! 異性に!」

 一気に言った為、ゼーハーと息が荒くなってしまったが、文句を言っている途中で中断されたくなかったのだから仕方がない。

「ほう、この俺に二度も攻撃を仕掛けたばかりか、俺の殺気を受けても動じないとは……。まあ、主としては上々……か」

 スッと目を細め、俺の本質を探るように見てくるミカゲの視線に居心地の悪さを感じながら、俺は息を整えて口を開く。

「ふう……とにかく、俺はお前に願いを言う気はない。だから、勝手な事は……」

「なら、言う気にさせるだけだ」

「……は?」

 今日、何度目のセリフだろう……本当についていけない。

「俺は俺の好きなように『お前が幸せになるよう』全力を尽くす。お前は幸が薄そうだからな。きっとそういう幸せな経験が少ないんだろう? この俺がソレを教えてやる」

 ミカゲの形の良い唇が綺麗な弧を描く。

「人間というモノは、居心地が良いソレを知ってしまったら、ソレを無くすのを怖がり、もっとソレを欲しがるものだろう? お前は根本となるソレを諦めているように思えるからな」

(すごく失礼な事を言われている気がする……)

 しかも、幸せを諦める原因になっているのはミカゲ自身であるのに、そこは完璧にスルーときた。

「はあ……つまり、お前はお前で勝手にやる……という事か」

 諦めて状況を整理する。それに対し、そういう事だとニタリと笑うミカゲ。
 今日、俺は何回絶望しなくてはいけないのだろうか……
 とりあえず、俺は手始めにこの屋敷の新たな内装に慣れなくてはいけないらしい。
 そして、俺はこの瞬間確信した。もう、こいつから逃げる術はないという事を……

(ああ、こいつがいる限り俺の願いは……)

 そう思うと思わず自傷的な笑みがこぼれてしまう。



――さよなら俺の求めた普通の生活――





 ☆ ☆ ☆





「ところで、さっきは何をしようとして顔を近づけてきたんだよ」

 話は途中から大きくそれたが、あの動作の意味が気になり聞いてみる。

「さっきも言っただろう? この俺がわざわざお前のイメージを読み取ろうとしてやったんだ! それなのに頭突きを食らわすとは……」

「俺からイメージを読み取ろうとしたのはわかった。でも、どうやって読み取るのか具体的に言ってなかったじゃないか」

 ミカゲはふと少し考えた後、ああ……と呟きながら、説明をしてくれた。

「互いの額同士をくっつけてイメージを読み取るんだ。感覚をつなぐ作業だから、俺も意識を集中させていたのに……まさかそこを目掛けて攻撃されるとはなあ……」

 じと目で俺を見てくるミカゲ。

「はあぁ……俺も悪かったと思ってるって。でも、お前の説明不足も原因の一つだろう? だから、あいこって事じゃダメか?」

「まあ、俺は寛大な心の持ち主だからな。特別に許してやる!」

「あー。はいはい。アリガトウゴザイマス」

「ああ、ちゃんと俺に感謝しろ! そして敬え!!」

 俺の感謝の言葉はめちゃくちゃ棒読みだったはずなのに、すごくご機嫌なミカゲ。

(……あれ? というか、ミカゲいわくではあるが、一応俺がミカゲの主なんだよな? なんか、コレ……おかしくないか?)



 俺の考えなど無視して、今日も異常な世界が回りだすのだった……


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