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カモミールティー……美味しかったよ?
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「さっきは本当に失礼しました!!」
大人しそうな痩せ型の青年の前で、僕は頭を下げる。
「あ、あの、気にしないで下さい! 怪談話をしているようなのに、その……不用意に後ろに立ってしまった俺にも非はありますし」
逆に少し申し訳なさそうに言いながらも、お茶を入れてくれる彼……
僕達は今、そんな少し気弱そうで優しそうな彼――小瀬純也の研究室に来ている。そう、先ほど僕達(主にアル)は、鏡に映った彼に驚き、叫び声をあげてしまったのだった。
「あ、この香り……カモミール?」
ふと、彼の手元から漂う自然で優しい爽やかな香りにピンときて、思わず呟く。
「あ、はい。ジャーマンカモミールティーはリラックスや疲労回復、安眠に効果があるので、研究がひと段落した今みたいな時に、その、よく飲んでいるんです」
「へぇ、詳しいんですね。お好きなんですか?」
眼鏡の奥の瞳を輝かせながら説明してくれた小瀬に、僕はそんな言葉を返す。
「実は俺、ハーブティーとか、アロマとか、そういうのが好きなんです。あ、その……男なのに気持ち悪いですよね?」
苦笑いしながらテーブルにティーカップを置く小瀬に、奈央が飛びかからんばかりの勢いで前のめりになった。
「そんな事ないですッ! 男なのにとか、女なのにとか、そんなのただの偏見でしょ!? 好きな事をしている人は皆等しく輝いてる!!!」
「奈央、ちょ、ちょっと落ち着いて!」
僕は慌てて奈央を止めたが、普段から差別や偏見を嫌う奈央にとっては逆効果だったらしい。
この後、余計に火がついてしまった彼が鎮火するまで、相当な時間を費やしたのだった。
◇ ◆ ◇
「コホンッーーええ……では、昨晩、小瀬さんはご自分の研究室にいたんですね。その時、何か変わったことはありませんでしたか?」
落ち着きを取り戻した奈央が、ピンク色のメモ帳を片手に小瀬へと質問する。
聞いたところによると、彼は実験のミスが見つかり、昨夜は再実験をする為、一人でこの研究室に残っていたらしい。ちなみに、今も研究室には彼一人しかいない。他の学生達は研究が順調に進んでいて、午後から来ても発表日には十分間に合う状態なのだそうだ。
「変わったこと……一応あったにはあったのですが……」
「どんなに些細なことでも良いので、ぜひ教えて下さい」
言葉を濁しながら黒縁眼鏡を押し上げる小瀬に、目を輝かせた奈央が食いつく。
「あの……俺、見ちゃったんですよ。窓の外で白い何かがスッと上に上ってくのを……」
「それは何時くらいですか?」
「ええと、多分五回目の実験中だったから……十時くらいーーですかね?」
「へぇ。じゃあ、その時って外は真っ暗だったはずですよね? 実験中だったなら電気は点いてたんじゃないですか? それなら、なぜ窓の外が見えたんですか?」
小瀬の言葉に奈央が再び質問をした時、不意にアルが小声で僕の名を呼んだ。
隣に座るアルに少し近付き「何?」と小声で尋ねる。
「奈央は何が言いたいんだ?」
「え? ああ。つまり、外が暗い時、中の電気が点いていると、窓が鏡みたいに反射して外がよく見えなくなっちゃうから、その証言は嘘じゃないかって言いたいみたいだよ」
アルの素朴な疑問にひそひそ声で答えるが、なにぶん狭い研究室なので小瀬にも聞こえてしまったらしい。
「う、嘘じゃないですよ! 俺の研究は暗くないと結果が分かりにくいんです。だから、夜に実験をする時は電気を消して、窓辺の月明かりを頼りにやるんです」
髪と同じように真っ黒で綺麗な瞳に焦りの色を映しつつも、しっかりと説明し、窓辺に設置されている机を指差す彼。ちなみに、日中は研究室内に設置された暗室のような場所で実験を行うらしい。
「そこで実験をしていると、誰かの押し殺したような笑い声が聞こえて……何だろう? と、顔をあげたら、上の方に白い何かがフッと消えたんですよ」
嫌なものを見てしまった……という感じで、小瀬がその時の状況を説明する。
「そういえば、あの時か……橘さんを見かけたの」
「橘さん?」
ふと思い出したようにこぼした小瀬の言葉の中に、人名が出てきたので聞き返してみる。
「え、ああ、橘優衣さんです。動揺して研究室内をうろうろしている時に、屋上から走って下りてくる彼女を見ました」
今、僕達がいる研究室は三階で、屋上に行くにはこの研究室の前にある階段を上っていくしかない。小瀬の言葉に反応し、奈央が口を開く。
「へぇ、優衣ちゃんって屋上にも行ってたんだ……。そういえば、小瀬さんは優衣ちゃんのこと知ってたんですね。所属する学科も学年も違うから、てっきり知らないと思っていました」
その言葉に、所属学科とかよく分からないなあと思いながら小瀬の様子をうかがう。
「え! ああ……俺、少しだけ軽音のサークルに入ってたことがあって、た、橘さんとはその時に知り合ったんです」
彼はそう言いながら、照れたように笑った。
「はあ……そうですか。やっぱり犯人に辿り着くのはまだまだ先みたいね」
明らかに落胆した様子の奈央に、小瀬が首をひねる。
「犯人? 何の話なんですか?」
実は、小瀬にはまだ新井が消えた事を話していない。
(ああ、そんな状況なのに、奇怪な格好の僕達にも色々話してくれるなんて……なんて良い人なんだろう)
そんなことを思いながら、僕は小瀬が入れてくれた温かいカモミールティーを一口飲む。
「私達は今、新井慎二の行方を追っているのだ! 誘拐犯は絶対にこの私が捕まえてーー」
「ああ、はいはい。アルは少し黙っててねー」
僕がアルの暴走を軽く止めていると、奈央がスッと名刺を出す。
「まあ、そんな感じなので、何か他に思い出した事がありましたら、こちらにご連絡下さい」
『イレギュラー探偵事務所』……奈央が持つ名刺に書かれた名前を見て、少しげんなりする。僕達は一応探偵として依頼を受け、ここに来ているらしい。依頼主は先ほども名前が挙がった奈央の友人、橘優衣である。
『イレギュラー』、つまり、普通ではあり得ないような事件(怪奇現象?)を調査し、僕達、アヤカシというイレギュラーな存在がそれを解決してしまおうと、奈央が勝手に結成した探偵事務所である。
(まあ、毒を以て毒を制すってことかな?)
「そんな……」
僕が考えにふけっていると、かすかに震えた唇で小瀬が呟いた。
「よし! じゃあ、屋上に行ってみようか!」
奈央が元気よく立ち上がる。小瀬の声はあまりに小さすぎたので、僕以外は気付いていないようだった。さっきの小瀬の反応が少し気になったが、僕もティーカップを置いて立ち上がった。すると、不意に小瀬が声を張り上げた。
「あ、あああの! 今、屋上では実験している学生がいると思うので、先に最上さんの所に行ってみたらどうですか? 二階に研究室があるんですが、確か昨夜も一人で実験をしていたと思いますよ?」
引きつった表情で言う小瀬に何となく怪しさを感じつつも、僕達は最上凛子の研究室へと向かうのだった。
大人しそうな痩せ型の青年の前で、僕は頭を下げる。
「あ、あの、気にしないで下さい! 怪談話をしているようなのに、その……不用意に後ろに立ってしまった俺にも非はありますし」
逆に少し申し訳なさそうに言いながらも、お茶を入れてくれる彼……
僕達は今、そんな少し気弱そうで優しそうな彼――小瀬純也の研究室に来ている。そう、先ほど僕達(主にアル)は、鏡に映った彼に驚き、叫び声をあげてしまったのだった。
「あ、この香り……カモミール?」
ふと、彼の手元から漂う自然で優しい爽やかな香りにピンときて、思わず呟く。
「あ、はい。ジャーマンカモミールティーはリラックスや疲労回復、安眠に効果があるので、研究がひと段落した今みたいな時に、その、よく飲んでいるんです」
「へぇ、詳しいんですね。お好きなんですか?」
眼鏡の奥の瞳を輝かせながら説明してくれた小瀬に、僕はそんな言葉を返す。
「実は俺、ハーブティーとか、アロマとか、そういうのが好きなんです。あ、その……男なのに気持ち悪いですよね?」
苦笑いしながらテーブルにティーカップを置く小瀬に、奈央が飛びかからんばかりの勢いで前のめりになった。
「そんな事ないですッ! 男なのにとか、女なのにとか、そんなのただの偏見でしょ!? 好きな事をしている人は皆等しく輝いてる!!!」
「奈央、ちょ、ちょっと落ち着いて!」
僕は慌てて奈央を止めたが、普段から差別や偏見を嫌う奈央にとっては逆効果だったらしい。
この後、余計に火がついてしまった彼が鎮火するまで、相当な時間を費やしたのだった。
◇ ◆ ◇
「コホンッーーええ……では、昨晩、小瀬さんはご自分の研究室にいたんですね。その時、何か変わったことはありませんでしたか?」
落ち着きを取り戻した奈央が、ピンク色のメモ帳を片手に小瀬へと質問する。
聞いたところによると、彼は実験のミスが見つかり、昨夜は再実験をする為、一人でこの研究室に残っていたらしい。ちなみに、今も研究室には彼一人しかいない。他の学生達は研究が順調に進んでいて、午後から来ても発表日には十分間に合う状態なのだそうだ。
「変わったこと……一応あったにはあったのですが……」
「どんなに些細なことでも良いので、ぜひ教えて下さい」
言葉を濁しながら黒縁眼鏡を押し上げる小瀬に、目を輝かせた奈央が食いつく。
「あの……俺、見ちゃったんですよ。窓の外で白い何かがスッと上に上ってくのを……」
「それは何時くらいですか?」
「ええと、多分五回目の実験中だったから……十時くらいーーですかね?」
「へぇ。じゃあ、その時って外は真っ暗だったはずですよね? 実験中だったなら電気は点いてたんじゃないですか? それなら、なぜ窓の外が見えたんですか?」
小瀬の言葉に奈央が再び質問をした時、不意にアルが小声で僕の名を呼んだ。
隣に座るアルに少し近付き「何?」と小声で尋ねる。
「奈央は何が言いたいんだ?」
「え? ああ。つまり、外が暗い時、中の電気が点いていると、窓が鏡みたいに反射して外がよく見えなくなっちゃうから、その証言は嘘じゃないかって言いたいみたいだよ」
アルの素朴な疑問にひそひそ声で答えるが、なにぶん狭い研究室なので小瀬にも聞こえてしまったらしい。
「う、嘘じゃないですよ! 俺の研究は暗くないと結果が分かりにくいんです。だから、夜に実験をする時は電気を消して、窓辺の月明かりを頼りにやるんです」
髪と同じように真っ黒で綺麗な瞳に焦りの色を映しつつも、しっかりと説明し、窓辺に設置されている机を指差す彼。ちなみに、日中は研究室内に設置された暗室のような場所で実験を行うらしい。
「そこで実験をしていると、誰かの押し殺したような笑い声が聞こえて……何だろう? と、顔をあげたら、上の方に白い何かがフッと消えたんですよ」
嫌なものを見てしまった……という感じで、小瀬がその時の状況を説明する。
「そういえば、あの時か……橘さんを見かけたの」
「橘さん?」
ふと思い出したようにこぼした小瀬の言葉の中に、人名が出てきたので聞き返してみる。
「え、ああ、橘優衣さんです。動揺して研究室内をうろうろしている時に、屋上から走って下りてくる彼女を見ました」
今、僕達がいる研究室は三階で、屋上に行くにはこの研究室の前にある階段を上っていくしかない。小瀬の言葉に反応し、奈央が口を開く。
「へぇ、優衣ちゃんって屋上にも行ってたんだ……。そういえば、小瀬さんは優衣ちゃんのこと知ってたんですね。所属する学科も学年も違うから、てっきり知らないと思っていました」
その言葉に、所属学科とかよく分からないなあと思いながら小瀬の様子をうかがう。
「え! ああ……俺、少しだけ軽音のサークルに入ってたことがあって、た、橘さんとはその時に知り合ったんです」
彼はそう言いながら、照れたように笑った。
「はあ……そうですか。やっぱり犯人に辿り着くのはまだまだ先みたいね」
明らかに落胆した様子の奈央に、小瀬が首をひねる。
「犯人? 何の話なんですか?」
実は、小瀬にはまだ新井が消えた事を話していない。
(ああ、そんな状況なのに、奇怪な格好の僕達にも色々話してくれるなんて……なんて良い人なんだろう)
そんなことを思いながら、僕は小瀬が入れてくれた温かいカモミールティーを一口飲む。
「私達は今、新井慎二の行方を追っているのだ! 誘拐犯は絶対にこの私が捕まえてーー」
「ああ、はいはい。アルは少し黙っててねー」
僕がアルの暴走を軽く止めていると、奈央がスッと名刺を出す。
「まあ、そんな感じなので、何か他に思い出した事がありましたら、こちらにご連絡下さい」
『イレギュラー探偵事務所』……奈央が持つ名刺に書かれた名前を見て、少しげんなりする。僕達は一応探偵として依頼を受け、ここに来ているらしい。依頼主は先ほども名前が挙がった奈央の友人、橘優衣である。
『イレギュラー』、つまり、普通ではあり得ないような事件(怪奇現象?)を調査し、僕達、アヤカシというイレギュラーな存在がそれを解決してしまおうと、奈央が勝手に結成した探偵事務所である。
(まあ、毒を以て毒を制すってことかな?)
「そんな……」
僕が考えにふけっていると、かすかに震えた唇で小瀬が呟いた。
「よし! じゃあ、屋上に行ってみようか!」
奈央が元気よく立ち上がる。小瀬の声はあまりに小さすぎたので、僕以外は気付いていないようだった。さっきの小瀬の反応が少し気になったが、僕もティーカップを置いて立ち上がった。すると、不意に小瀬が声を張り上げた。
「あ、あああの! 今、屋上では実験している学生がいると思うので、先に最上さんの所に行ってみたらどうですか? 二階に研究室があるんですが、確か昨夜も一人で実験をしていたと思いますよ?」
引きつった表情で言う小瀬に何となく怪しさを感じつつも、僕達は最上凛子の研究室へと向かうのだった。
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