婚約破棄されたら推しに「大丈夫か?雄っぱい揉むか?」と言われてしまいました

マチバリ

文字の大きさ
1 / 10

01

しおりを挟む

 落ちたグラスから溢れた真っ赤なワインが絨毯にシミを作るが、それを気にする人は誰もいない。

 何故なら、つい先ほど響いた言葉に全員が驚いて固まっていたからだ。

 王家が管理する離宮で開かれている春至祝の会場には国内外の有力貴族が集まっておりかなりの人数なのに、いまは水を打ったように静まりかえっている。



「あの、ルカーノ様……いま、なんと?」

「聞こえなかったのか? 君との婚約を破棄すると言ったのだよ、スフィカ」



 スフィカと呼ばれた少女の体が目に見えてわかるほどに震えこわばった。

 艶やかな黒い髪に真夏の空のような水色の瞳をした、18歳には思えないほどの艶やかな美女。華奢でありながらも女性らしさを感じさせる抜群のスタイルを緋色のドレスで包んでいる。

 この会場の中で一番美しい人と言っても過言ではないスフィカは、この国の公爵令嬢だ。

 普段はその地位と美貌によって裏付けられた自信によってまばゆいほどの笑みをたたえているスフィカだったが、今の表情はまるで幼子のように不安に歪んでいた。手に持っていたワイングラスを落とすほどに動揺しているその姿は、憐憫すら誘うものがある。



 そのスフィカに婚約破棄を告げたのはこの国の王子であるルカーノ。燃えるような赤い髪に新緑を思わせる緑の瞳をした美青年である彼は、白い礼服に身を包みまっすぐにスフィカを見つめていた。

 いつも柔らかな物腰で声を荒らげることがない彼の表情は、とても険しい。



「君は僕の婚約者であることを笠に着て、このベーテリンを随分と虐めていたというではないか。それ以外にも君が数々の悪行に手を染めていたとの報告が上がってる」

「そんな! わたくしは何もしておりません!!」



 悲鳴じみた叫びを上げてスフィカがルカーノに近寄ろうとするが、ルカーノは煩わしそうに腕を振りスフィカが近寄ることを拒んだ。

 拒否された悲しみに、ますますスフィカは顔を歪る。



「数々の証拠がある。こうなった以上、君との婚約を継続するのは不可能だ」

「でも、でも……」

「くどい」



 ぴしゃりと壁を作るように言い切られ、スフィカの瞳から光が消える。

 切れ長の美しい目元からほろりと涙が溢れた。



「スフィカ様!」



 今にも倒れそうなスフィカを支えるため、一人の少女が人混みから駆け出してくる。

 それはスフィカの友人である伯爵令嬢プリムラ。

 栗色の髪に灰色の瞳をした彼女は、際立った美しさはないものの上品な若草色のドレスに身を包んでいて愛らしい雰囲気を醸し出していた。



「大丈夫ですかスフィカ様!」



 プリムラが触れた華奢な腕は冷たく、スフィカが限界であることが察せられる。

 どうにかして休ませてあげないとと、助けを求めるためにプリムラは後ろを振り返った。

 だが、いましがた王子から婚約破棄を告げられたスフィカを助けることにためらいがあるのか、たくさんの人間がいるにもかかわらず誰も目を合わせてはくれない。



「ブラッタ! お願い手を貸して!」



 プリムラは親が決めた婚約者である男爵令息のブラッタに呼びかける。この場で手を貸してくれそうな男性といえばブラッタしか思い浮かばなかったからだ。

 ブラッタはまさか名指しされるとは思っていなかったのか、ぎょっとした顔をしてプリムラを見ていた。すぐに来てくれると信じたのもつかの間、ブラッタはなんと舌打ちをしてその場を去ってしまったのだ。



(嘘でしょ!)



 信じられないその光景にプリムラは目を大きく見開く。なんとか呼び戻そうとするも、すでにブラッタの姿は見えない。叫んだところで戻ってきてはくれないだろう。



「ええい! もう!」



 誰も手を貸してくれない怒りが力を呼んだのか、プリムラはなんとかスフィカの体を支えパーティー会場から退場することに成功した。



 休憩室にスフィカを運び長椅子に横たえたプリムラは深いため息を零した。



「スフィカ様……」



 本当ならスフィカと同年代の女子であるプリムラに彼女を運ぶだけの力はなかった。

 だが、今日のためにとスフィカがダイエットしていたおかげでその体が羽根のように軽かったのが幸いした。多少骨が折れたが、なんとかスフィカを床に倒すことなく運べた。

 無理な減量は良くないと何度も伝えていたのに、スフィカは少しでもルカーノに美しい自分を見せたくて頑張っていたのだろう。力を込めれば折れそうな腕を見つめ、プリムラはきゅっと眉間に皺を寄せる。



「……やっぱり、原作改変は無理だったのかなぁ」



 切なげな呟きは狭い休憩室に広がってゆっくりと消えていった。





 プリムラには前世の記憶がある。と言っても、ここではないどこかの国で貴族などというしがらみのない平々凡々な女の子としていた生きていた、というような曖昧なものだ。



 唯一はっきりと覚えていたのは、その世界でプレイしていたゲームの設定だけ。

「ミツバチ畑でつかまえろ!」という奇抜なタイトルの乙女ゲーム。略して「ミツつか」は養蜂業を営む貧乏貴族に生まれたヒロインが、偶然出会ったミツバチの妖精に助けられながら、幼い頃にミツバチ用の花園で出会った運命の相手を探しだし恋に落ちるまでの物語だ。

 その物語の中でプリムラはいわゆる悪役令嬢、のモブ取り巻きだった。



 悪役令嬢であるスフィカの後ろについて回って「そうよ! そうよ!」とはやし立てるモブ中のモブ。

 それが自分だと気がついたときの衝撃は計り知れない。



 気がついたのは同い年の子供同士だからという理由で親によってスフィカに挨拶をさせられた瞬間のことだ。

 ゲームの中に何度も出てきた幼い頃の悪役令嬢スチルにスフィカはそっくりだった。それから芋づる式に自分の存在やゲームの設定を思い出し、プリムラはあまりのことに気を失った。

 目を覚ましたとき、目の前にあったのは涙をぼろぼろ流すスフィカの顔。



「大丈夫? どこも痛くない?」



 心配そうにそう尋ねてくれるスフィカのかわいらしさに、プリムラのハートは打ち抜かれた。



 あのゲームの女の子キャラでは、ぶりっこ然としていたヒロインよりも、キリリとした美しいスフィカの方が好みのビジュアルだった。

 スフィカが婚約者である王子と幸せになれるENDはないものかと調べたくらいだ。

 しかしゲーム中でスフィカが幸せになれるルートは存在しない。

 ヒロインの攻略目標が王子でなくても、スフィカは何故か最終的にヒロインのライバルとなり悪事を働き没落してしまう。王子ルートではなんと奴隷に落とされるという最悪のバッドエンドを迎えてしまうのだ。



「スフィカ様! 私たち、オトモダチになりましょう!」



 勢いよく起き上がった幼いプリムラはスフィカの手を握ってそう宣言した。

 スフィカが悪役になってしまうのは甘やかして育てられたことで、ワガママで自分勝手な性格になってしまうが故だ。ならばそれを改変してしまえばいい。



「え、ええ」



 スフィカは突然のプリムラの発言に目を丸くしていたが、勢いに負けたように頷いてくれる。

 周囲の大人たちも、幼い少女の微笑ましいやりとりを優しく見守ってくれた。



 それから、プリムラは暇さえあればスフィカと一緒に過ごしその性格が歪まないように努力をした。

 まだこの時点でのスフィカは決してゲーム中でやりたい放題だった悪役などではなく、普通のかわいらしい女の子だった。きっと間違えさえしなければ幸せになるはずだ。

 スフィカがワガママを言ったり自分勝手な言動を見せれば、それとなく注意して、逆に淑女として素晴らしい行動をしたときは全力で褒め称える。

 ゲームの設定資料で得ていた情報を駆使して、公爵家の人たちとも仲良くなったし、スフィカに悪影響を与える高慢ちきでプライドの高い家庭教師と巡り会わないようにと、できる限りの努力を尽くした。



 途中で愛想を尽かされるかもしれないと危惧していたプリムラだったが、どういうことかスフィカはずっとプリムラを一番の友人としてずっと側に置いておいてくれた。

 元々は外見が好きだという理由から始まった関係だった、長い月日を経てプリムラにとってもスフィカは一番の友人となっていた。

 スフィカに幸せになって欲しい。プリムラは心から本当に願っていた。



 結果、スフィカは多少プライドの高いお嬢様感はあるものの、基本的には誰にでも親切で優しく上品な令嬢へと成長したのだった。

 そして婚約者である王子との関係も大変良好だった。

 ゲーム中では冷めた関係だった二人だったが、少なくともプリムラには政略結婚という契約を超えた絆があるように見えていたのに。



「ごめんなさいスフィカ様。あなたを救えなかった」



 自分の無力さに打ちのめされながらプリムラはぽろぽろと涙を流したのだった。

しおりを挟む
感想 3

あなたにおすすめの小説

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

【完結】私は義兄に嫌われている

春野オカリナ
恋愛
 私が5才の時に彼はやって来た。  十歳の義兄、アーネストはクラウディア公爵家の跡継ぎになるべく引き取られた子供。  黒曜石の髪にルビーの瞳の強力な魔力持ちの麗しい男の子。  でも、両親の前では猫を被っていて私の事は「出来損ないの公爵令嬢」と馬鹿にする。  意地悪ばかりする義兄に私は嫌われている。

【完結】『飯炊き女』と呼ばれている騎士団の寮母ですが、実は最高位の聖女です

葉桜鹿乃
恋愛
ルーシーが『飯炊き女』と、呼ばれてそろそろ3年が経とうとしている。 王宮内に兵舎がある王立騎士団【鷹の爪】の寮母を担っているルーシー。 孤児院の出で、働き口を探してここに配置された事になっているが、実はこの国の最も高貴な存在とされる『金剛の聖女』である。 王宮という国で一番安全な場所で、更には周囲に常に複数人の騎士が控えている場所に、本人と王族、宰相が話し合って所属することになったものの、存在を秘する為に扱いは『飯炊き女』である。 働くのは苦では無いし、顔を隠すための不細工な丸眼鏡にソバカスと眉を太くする化粧、粗末な服。これを襲いに来るような輩は男所帯の騎士団にも居ないし、聖女の力で存在感を常に薄めるようにしている。 何故このような擬態をしているかというと、隣国から聖女を狙って何者かが間者として侵入していると言われているためだ。 隣国は既に瘴気で汚れた土地が多くなり、作物もまともに育たないと聞いて、ルーシーはしばらく隣国に行ってもいいと思っているのだが、長く冷戦状態にある隣国に行かせるのは命が危ないのでは、と躊躇いを見せる国王たちをルーシーは説得する教養もなく……。 そんな折、ある日の月夜に、明日の雨を予見して変装をせずに水汲みをしている時に「見つけた」と言われて振り向いたそこにいたのは、騎士団の中でもルーシーに優しい一人の騎士だった。 ※感想の取り扱いは近況ボードを参照してください。 ※小説家になろう様でも掲載予定です。

転移先で日本語を読めるというだけで最強の男に囚われました

桜あずみ
恋愛
異世界に転移して2年。 言葉も話せなかったこの国で、必死に努力して、やっとこの世界に馴染んできた。 しかし、ただ一つ、抜けなかった癖がある。 ──ふとした瞬間に、日本語でメモを取ってしまうこと。 その一行が、彼の目に留まった。 「この文字を書いたのは、あなたですか?」 美しく、完璧で、どこか現実離れした男。 日本語という未知の文字に強い関心を示した彼は、やがて、少しずつ距離を詰めてくる。 最初はただの好奇心だと思っていた。 けれど、気づけば私は彼の手の中にいた。 彼の正体も、本当の目的も知らないまま。すべてを知ったときには、もう逃げられなかった。 毎日19時に更新予定です。

【完結】異世界に転移しましたら、四人の夫に溺愛されることになりました(笑)

かのん
恋愛
 気が付けば、喧騒など全く聞こえない、鳥のさえずりが穏やかに聞こえる森にいました。  わぁ、こんな静かなところ初めて~なんて、のんびりしていたら、目の前に麗しの美形達が現れて・・・  これは、女性が少ない世界に転移した二十九歳独身女性が、あれよあれよという間に精霊の愛し子として囲われ、いつのまにか四人の男性と結婚し、あれよあれよという間に溺愛される物語。 あっさりめのお話です。それでもよろしければどうぞ! 本日だけ、二話更新。毎日朝10時に更新します。 完結しておりますので、安心してお読みください。

【短編】婚約破棄?「喜んで!」食い気味に答えたら陛下に泣きつかれたけど、知らんがな

みねバイヤーン
恋愛
「タリーシャ・オーデリンド、そなたとの婚約を破棄す」「喜んで!」 タリーシャが食い気味で答えると、あと一歩で間に合わなかった陛下が、会場の入口で「ああー」と言いながら膝から崩れ落ちた。田舎領地で育ったタリーシャ子爵令嬢が、ヴィシャール第一王子殿下の婚約者に決まったとき、王国は揺れた。王子は荒ぶった。あんな少年のように色気のない体の女はいやだと。タリーシャは密かに陛下と約束を交わした。卒業式までに王子が婚約破棄を望めば、婚約は白紙に戻すと。田舎でのびのび暮らしたいタリーシャと、タリーシャをどうしても王妃にしたい陛下との熾烈を極めた攻防が始まる。

【完結】旦那様、溺愛するのは程々にお願いします♥️仮面の令嬢が辺境伯に嫁いで、幸せになるまで

春野オカリナ
恋愛
母が亡くなる前、「これは幸せを運ぶ仮面だから」と言って、仮面を付けられた。 母が亡くなると直ぐに父は、愛人と子供を家に引き入れた。 新しい義母と義妹は私から全てを奪い婚約者も奪った。 義妹の嫁ぎ先の辺境伯爵に嫁いだら、知らない間に旦那様に溺愛されていた。

聖女召喚されて『お前なんか聖女じゃない』って断罪されているけど、そんなことよりこの国が私を召喚したせいで滅びそうなのがこわい

金田のん
恋愛
自室で普通にお茶をしていたら、聖女召喚されました。 私と一緒に聖女召喚されたのは、若くてかわいい女の子。 勝手に召喚しといて「平凡顔の年増」とかいう王族の暴言はこの際、置いておこう。 なぜなら、この国・・・・私を召喚したせいで・・・・いまにも滅びそうだから・・・・・。 ※小説家になろうさんにも投稿しています。

処理中です...