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しおりを挟むそれから。
あれよあれよという間にプリムラとラウルスの婚約はまとまり、晴れて二人は正式な婚約者になった。
会わせたい人が居ると連れ出された茶会にいたのは、なんとずっと案じていたスフィカだった。そしてその横には満面の笑みを浮かべたルカーノがいた。
「プリムラ!!」
「スフィカ様!」
再会を喜び抱き合っていれば、プリムラはラウルスに、スフィカはルカーノによって引き剥がされ、それぞれの男の腕に抱きしめられる。
「スフィカ……いくら親友相手だからって、僕の前で他の人に抱きつくのはいただけないな」
大切な宝物を抱いているような蕩けた笑みを浮かべて甘い声をささやくルカーノの姿にプリムラが目を丸くしていれば、頭上でラウルスが困ったような笑い声を上がる。
「まったく。心の狭い人だ」
そういう自分はどうなのだとプリムラが視線を向ければ、黒い瞳が意地悪く微笑む。
「どういうことなのか説明してください!」
「そうだな。そろそろ種明かしの時間だ」
四人でのお茶会でプリムラが知らされた真実は、予想を遙かに上回る内容だった。
なんとベーテリンはミツバチの妖精ではなく、カマキリの妖精と契約した魔女だったのだ。
その力を使い社交界の男たちを魅了し、身勝手な欲望を叶えていたらしい。
耳触りのよい儲け話をもちかけ、身を削るような金儲けをさせてから貢がせるのは序の口。爵位まで売り払って自らを奴隷に落とした男性もいたそうだ。
被害者の中にはかつて婚約者だったブラッタもいたと聞いて、プリムラは目を丸くした。
「あの男にはあの女に魅了される前から素行の悪さが目立っていたし、君にずっと酷い態度を取っていたことから同情の余地はないがね。金持ちの養子になれると信じて、ろくに内容を読まずに証文にサインをしたそうだ」
「証文?」
「自分を売り飛ばす、という証文さ」
考えなしな行動が多いブラッタだったが、そこまでだったとは。
悲しきかなその瞬間まで想像できてしまいプリムラは苦笑いを浮かべるしかない。
「でも、恐ろしい力ですね。自分を売り飛ばす事に疑問を持たないほど魅了されるなんて……」
「まあな。あの女に気に入られるためなら何でもしたくなるという。魅了と言うより呪いだな」
「ブラッタはどうなったのですか?」
全くもって未練はないが、知らない間柄ではないので多少は気になる。
ラウルスは少しだけ嫌そうな顔をしたものの、プリムラの気持ちを察してか話してくれた。
「不当な契約だったこともあり、身売りした貴族達は解放されている。無事に、とはいかないが、あの男もすでに屋敷に戻っているはずだ」
「そうですか……」
ほっとするべきなのか何なのかわからない話にプリムラは苦笑いをうかべることしかできなかった。
「でも、どうして殿下は無事だったのです?」
純粋な疑問を口にすれば、ルカーノがどこか自慢げな笑みを浮かべる。
「僕は王族だからね。代々王家を加護している精霊によって守護されているから、カマキリごときの魅了なんてきかないのさ」
「そうなんですか!」
「ああ。だが、スフィカはそうではない。だから、あんな嘘婚約破棄をついてしまったんだ」
ルカーノは、ベーテリンが何かしらの悪い力を使っていることには気づいていたらしい。
だがその正体がつかめず、正しい対処を取れなかった。
下手に動けばスフィカに危害が及ぶと考え、偽りの婚約破棄宣言をしたのだという。
「すまないスフィカ。愛する君を傷つけてしまったこと、本当に後悔している。一生をかけて償うと誓うよ」
「ルカーノ様……いいんです、もう十分に謝ってくださいましたわ」
「いいや、スフィカ。まだ足りない。僕の愛をもっとわかって欲しい」
「もう……」
「ずっと離さないよスフィカ。これからもずっと僕の傍にいてくれ」
ルカーノの熱烈な言葉にスフィカが頬を染め悩ましげに目を伏せる。
二人の間に漂う濃厚な親密さに、プリムラもまたつられて頬を赤くした。
なんとスフィカは、あの騒動の後すぐに王宮に連れ込まれずっとルカーノと過ごしていたらしい。
それはそれはめくるめく愛の日々だったと語るルカーノの横で、子ウサギのように体を震わせていたスフィカはとても愛らしかった。
「あの女がスフィカに何かする可能性があったからね。王宮なら安全だろ」
いけしゃあしゃあと口にするルカーノの姿にプリムラが目を丸くしていれば、その横でスフィカが申し訳なさそうに眉を下げていた。
「ごめんなさいプリムラ。あなたには連絡を取りたかったのだけれど、ラウルス様がついているから問題ないと言われて」
「そうだよスフィカ。ラウルスは最強の騎士だからね。王家に忠誠を誓った彼もまた、精霊の加護があるからあんな魅了にはかからないから」
ラウルスはプリムラを監視していたわけではなく、スフィカの友人であることから狙われる可能性があるとして護衛として傍にいてくれたのだった。
だからこそ、毎日様子を確認しに来てくれていた。
「プリムラ。ラウルスは以前から何かと君を気にしていたんだよ。護衛だって自分から言い出したんだ。スフィカが君をあまりに褒めるものだから、どんな素晴らしい女性なのかと……」
「殿下」
本気で嫌そうなラウルスの声にルカーノが優雅に微笑む。
「いいじゃないか。僕だけ幸せになるのは心苦しかったから、君たちもうまくまとまってくれて本当に嬉しいよ」
無邪気に笑うルカーノにプリムラは引きつった笑みを浮かべることしかできない。
「感謝しているよプリムラ。君がベーテリンは虫の加護を受けた女だと知らせてくれたおかげで対処できた。あの女は永遠に虫かごの中でもがくことになるだろう」
美しい笑みとは裏腹な冷たい声に、プリムラは恐ろしさを感じ身震いをした。この人を敵に回してはいけない。
本能的な恐怖にラウルスの袖を掴めば、たくましい腕が腰を抱いてくる。
「殿下、俺のプリムラを怖がらせないでください」
「はは。ごめんごめん。つい浮かれて」
この王子様は考えている以上に恐ろしい人なのかもしれないと考えながら、プリムラはスフィカに視線を向けた。
だがスフィカは幸せそうにルカーノを見つめており、どうやら心配は杞憂に終わりそうだった。
きっと、この二人は幸せなのだろう。
ずっと幸福であることを願っていたスフィカの笑顔に胸がいっぱいになる。
「プリムラ」
優しい声で呼ばれ。顔を上げればラウルスもまた優しい笑みを浮かべていた。
そんな彼に甘えるようにその胸板に頭を預ける。
柔らかくもしなやかで弾力のある彼の胸は心地よく、きっと一生離れられないと確信しながらプリムラは花のように微笑んだのだった。
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