贖罪の花嫁はいつわりの婚姻に溺れる

マチバリ

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番外編 寝顔のあなた

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時間軸:すべての騒動が終わりようやく夫婦となった頃の二人


ーーーーーーーーーーーーーーーー



 窓の外から聞こえた小鳥のさえずりにエステルは目を覚ました。
 厚いカーテンの隙間から差し込む光が、薄暗い部屋の中に一線を描いている。いつもより少し早く目覚めてしまったことを感じながら温かなシーツの中で寝返りを打てば、自分の横で未だに寝息を立てているアンデリックの姿が目に入る。

「……ふふ」

 規則正しく上下する胸元の動きがなければ、まるで精巧な人形のように見える程に整った夫の寝顔に、エステルは笑みを浮かべた。
 銀色に縁どられた瞼にかかる前髪をそっと指先でかき分けながら、寝顔をのぞき込む。今は隠れているサファイアの瞳は眩しくて、未だにアンデリックからまっすぐに見つめられると恥ずかしくなってしまう。
 だからいつもこっそり横顔ばかりを見つめているのだが、今はその瞳が隠れているおかげで愛しい夫の顔を眺め放題だ。
 寝顔となると途端に少年めいて見えて愛おしさもひとしおだ。
 いつもきりりと閉じられている口元がほんの少しだけ開いているから余計にかわいく見える。

「アンデリック様」

 寝顔を堪能しきったエステルは、そっとその唇に自分から口付けを落とす。

「んん……エステル?」
「おはようございます」

 重たそうに瞼を開けたアンデリックは、自分が何をされたのか考えあぐねているらしく不思議そうに目を細めエステルを見つめた。
 エステルは悪戯を成功させた子どものように首を傾げてみせた。

「……ずいぶんと悪戯だな」

 妻の愛らしい行いを理解したらしいアンデリックは、エステルの腰を抱き自分の上に乗せるように抱きしめる。薄い夜着ごしに密着する形になった体勢に、エステルは白い頬を赤く染めながらも抵抗するそぶりはみせない。
 むしろアンデリックの胸に頬を預け、甘えるようにしなだれかかる。
 アンデリックはそんなエステルの仕草を愛おしげに見つめながら、乱れた髪を指先で梳くようにしてその頭を優しく撫でた。

 様々な騒動を経て、ようやくなんの枷もなく夫婦と呼べる関係になった二人の関係は甘やかなものとなっていた。
 寝食を共にし、語らい、甘えあう。普通の男女であれば当然のようなその時間は、アンデリックとエステルにとっては何物にも代えがたい幸せな日々。
 まだ考えるべき問題は残っていたが、ベッドの上でだけはそういう話はしないと二人は暗黙のうちに決めていた。優しく静かで愛しい時間を堪能する、神聖な場所なのだからと。

「自分からキスを仕掛けてくるなんて……誘っているのか」

 愛しい妻の重みを堪能しているらしいアンデリックは、掌でエステルのふっくらとした尻丘をゆっくりと撫でた。

「きゃっ!」

 小さな悲鳴を上げたエステルは、不埒に動く夫の手のひらからを避けるように腰をよじりながら頬を染めた。

「もう、やめてください……」
「キスしてくれたら考える」
「なんですか、それ」
「せっかく君からキスしてくれたのに、寝ぼけて覚えてないんだ。もう一度、ほしい」

 澄ました顔でうそぶくアンデリックに、エステルは目を丸くする。
 本当は覚えているのでしょう、と言いたくなる気持ちは、体を撫でてくる手のひらから伝わってくる深い愛情にかき消されてしまう。

「もう……」

 わざとらしく困ったように呟きながら、エステルはアンデリックの上におさまったまま首を伸ばしその唇にもう一度キスを与えた。

「これでいいですか?」
「最高だ」

 本当に嬉しそうに笑うアンデリックの表情に、エステルは何も言えずに再びもぞもぞとアンデリックの胸に顔を押し付けた。

「しかし、君から甘えてくれるなんてどういう風の吹き回しだ? ずいぶんと機嫌がいいじゃないか」
「……アンデリック様の寝顔を見れたのが嬉しくて」
「俺の寝顔?」

 アンデリックの声は本気で驚いているようだった。エステルの身体を撫でていた手のひらまで動きをとめてしまっている。

「俺の寝顔なんて珍しくもなんともないだろう?」
「いいえ。貴重です。だってアンデリック様はいつも私より先に起きていますし、以前は目が覚めたらベッドにいないことが殆どでしたもの」
「……ああ」

 エステルの言い分に納得したのだろう、アンデリックが困ったような声で鳴いた。

「あの頃は……それで仕方ないと思っていました。私は子どもが欲しくてあなたにお情けをねだった身の上でしたから。それでも、やっぱり寂しかったんです」

 ずっと心の中に秘めておくはずだった不満が、つい零れてしまう。
 あの頃、甘い痺れを抱えながら目を開けても隣に誰もいなかった。それはあたりまえだと理解していても、我慢できない寂しさが胸を刺したものだ。
 告白にアンデリックがどんな顔をしているのか見る勇気が持てず、エステルは彼の胸元の服を握りしめながら目を閉じる。

「勇気がなかったんだ」
「え?」
「……目覚めた君が、どんな顔で俺を見るのか確かめる勇気がなかったんだ」

 アンデリックが絞り出すように零した言葉にエステルは顔を上げた。見下ろしてくるサファイアの瞳が、不安そうに揺れている。

「俺は君が考えているよりずっと臆病なんだよ。俺の角を君は一度も畏れなかった。だが、目が覚めて一番に俺を見たら、驚いて怖がられるんじゃないかと……」

 そんな理由で? と口にしたいのを必死でこらえ、エステルはアンデリックに戸惑った瞳を向けたまま固まってしまう。
 エステルにとってアンデリックの角は愛しくてたまらない彼の一部だ。はじめて見た時から、驚きはすれど怖いなど感じた事すらなかった。触れてみたいとすら思ったのに。

「呆れたか? でも俺は怖かったんだ。何故なら俺自身がこの角をずっと怖がっていた。鏡を見るたびに醜悪なこの角が怖くて憎くてたまらなかった。毎朝、鏡の中の俺が俺を睨むんだ。もし、君にあんな視線を向けられでもしたら、俺は……」
「アンデリック様」

 エステルは上半身を起こすと、アンデリックの頭を包み込むように抱きつく。
 角の表面を愛しげに撫で、その先端に何度も口付けを落とした。つるりとした角の表面はなめらかで、ほのかに温かい。

「初めて会った時から、アンデリック様の角にずっと触れてみたいと思っていたんです。どんな感触なのか。温度はあるのか。撫でても痛くないだろうか、って」
「エステル」
「だから触れることを許されたとき、本当に嬉しかった」

 たとえアンデリック自身が恐れていても、この角はアンデリックの一部でありエステルにとっては愛すべきものだった。

「愛していますアンデリック様。あなたも、この角も」
「っ……!」
「きゃっ」

 アンデリックの腕が、エステルを強く抱きしめた。頭を抱いていたせいで、エステルの胸にアンデリックの顔が埋まる体勢になり、エステルは頬を赤くする。
 薄い夜着一枚隔てて感じるアンデリックの体温と吐息が、昨晩散々なぶられた肌を敏感にくすぐってしまう。

「エステル……ああ、俺の妻……愛している」
「んっ、アンデリックさ、ま……わかりましたから」
「好きだ、好きだエステル」

 ぐりぐりと押し付けるように顔を擦り付けられエステルは身悶える。
 そういう意図はないとわかっていながらも、アンデリックの体温にならされた身体が勝手に反応してしまう。
 胸の先端がじんと熱を持つのを感じて、慌てて夫を引き成そうとするが腕の力が緩むどころか強くなるばかりだ。
 それどころか、腰を抱いていた腕が器用にも拘束の力を緩めることなく、上と下に離れて身体をまさぐり始めたことに気がつく。

「アンデリック様!! 朝ですよ」
「だからどうした? 君だってすっかりその気じゃないか。ほら」
「あんっ……!」

 ぱくりと布ごしに胸の先端を食まれ、エステルは甘い悲鳴を上げた。
 唇でしごかれ吸い上げられるともうたまらない。抵抗の為にアンデリックの肩を掴んでいた指先から力が抜けて、甘えるみたいに爪を立てることしかできなくなっていく。

「硬くなってる」
「や、だめ……だめ……」

 濡れた布が敏感な部分にぺったりと張り付き、その上から舌先ではじかれるように舐められると腰の奥がじくじくと熱を持っていくのがわかる。
 自然と滲んだ涙で視界が潤んで、何も考えられなくなっていく。

「本当に君はここが弱いな。心配になるくらいだ」
「だって、それは……! あうぅっ」

 アンデリックのせいだ、と言いたいのに吸われていない方の胸先を指でつままれてしまって言葉が声にならない。
 軽く引っ張られ2本の指でこねるように捻られて。痛いと感じる寸線の責めたてに反応して溢れてしまった蜜が太腿を垂れていくのを感じ、エステルはいやいやと首を振ってアンデリックから離れようともがいてみせた。
 だが、愛しい妻の変化に敏感な彼がそれを許すはずもない。

「愛してるよエステル。君の全てが愛おしくてたまらない。二度と君を置いてベッドを出るものか」

 だめと舌足らずに訴える唇はあっという間に塞がれ、甘い熱に痺れた身体はシーツに沈められる。
 またベルタに呆れられてしまうと頭の片隅で考えながらも、エステルは夫の求めに応えるようにその首に腕を回したのだった。

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