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しおりを挟む「もうやだ、もうやめる」
ぐす、と情けなくも止まらなくなった涙を拭きながら私は走り出していた。
しがない子爵家に生まれた私、アルリナは、貴族の子供ならだれもが通う学園の3年生。1ヶ月後は最上級生である4年生の卒業式。卒業式の後にある晩餐会には恋人や婚約者を伴うのがマナーで、一人で参加するツワモノは殆どいない。
実際、おととしも去年も私は恋人や婚約者がいない友人達とひっそりと女子会をして過ごしたという悲しい過去を持っている。
しかしそれが許されるのも2年生までで、3年生ともなれば、皆それなりにお相手ができるものだ。
私も実は学園に入学する前からの婚約者がいる。しかも1ヶ月後には卒業してしまう一つ年上の4年生。
しかし彼は私を晩餐会に誘う事はなかった。噂によると私が入学する前もしてからも、毎回違う綺麗なご令嬢をパートナーに選んでいたらしい。
「どうせ私は可愛くない女ですよ」
口にしてまたぽろりと涙が出てしまう。さっきの出来事を思い出したせいだろう。
「ねぇ、本当に私がパートナーでよろしいの?婚約者がいらっしゃるんでしょう?」
「ああ。いいんだよ、アイツは晩餐会なんて行くべきじゃない」
本当に偶然だったのだ。本音を言えばもし顔を合わせれば、誘って貰えるかもしれないという下心はあった。
でも会えるかどうかなんてわからないから、本当にただ偶然にその現場に居合わせただけで。
生徒会長を務める私の婚約者であるシュルト様は伯爵家の跡継ぎ。
整った容姿と学園きっての天才と名高い彼はみんなの人気者だ。何故私と婚約したかといえば、幼い頃に偶然シュルト様と出くわした私が、あろうことかシュルト様に勝手にぶつかって勝手に転んでちょっとした怪我をした事がきっかけ。貴族令嬢に怪我をさせた責任を取りたいと伯爵家からの申し出で、幼い私たちの婚約は決定した。
私は子供ながらにとっても綺麗な容姿をしたシュルト様の事を王子様のようだと思って密かに想いつづけていたりする。初恋だ。
シュルト様にしてみれば迷惑な話だろうが、婚約者になったことが嬉しくてしょうがなかった。
大人になれば政略結婚であってもそれなりに仲良く過ごせるだろうと信じていた。
シュルト様はそんな不運により私という婚約者を押し付けられたのがとても不愉快だったのだろう。
顔を合わせる度に「かわいくない」「そんなドレスは合わない」「ずっと家に引きこもって居ろ」と散々だ。少しは仲良くしたいと私は何度も努力をしたけれど、シュルト様は私と二人きりになるのを頑なに嫌がって、私たちは溝が埋まる事が無いままに成長した。
私の両親や彼の両親はそんな態度を叱ったり怒ったり諌めたりと頑張ってくれた。
散々お説教されてふてくされた彼は「俺が悪かったんだろう」と謝罪にもならない言葉を繰り返すだけで、態度を改めてくれることはなかった。
あまりにひどい態度に「もう婚約を解消してあげようか?」と家族から言われたが、私はシュルト様が好きだったから、きっと時間が解決してくれるって信じて待っていた。
我ながら恋に恋していたんだと思う。
それにシュルト様と顔を合わせるのは多くて月に1度だ。
多少酷い態度を取られても、会わない時間に彼と仲良くなれる日を想像しているだけで幼い私は幸せだった。
でも、もう限界だった。
シュルト様は私が学園に入学するのをそれはそれは嫌がった。
こんな地味で可愛くない女が婚約者だと知られるのは困るからずっと屋敷にいるべきだとまで言い切られ、私の心はぼろぼろだ。
それでもなかなか会う機会のないシュルト様を見るチャンスが増える学園生活を手放す勇気はなくて、私はシュルト様の意見を無視して学園に入学した。
でも決してシュルト様は私を婚約者だとは公表しないし、私もそれを口にしないと約束させられた。
会っても話しかけないし近寄らない。もし会話をする機会があっても他人のふりをする事。
むちゃくちゃな要求だったが、それでもシュルト様の姿が見られるならいい!と私はそれを了承した。
そんなに私の事が嫌なのか、と少し悲しくなったけれど、いずれは結婚するんだからきっと大丈夫、といつも自分に言い聞かせていた。
お母様やシュルト様のお母様も「一緒に暮らしていけば大丈夫よ」と言ってくれていたから、私はそれを信じていた。
学園でのシュルト様はまさしく王子様で、彼の周りにはいつだって人がたくさんいた。綺麗なご令嬢たちもいっぱいで、正直私はいつも胸が痛かった。
約束通りシュルト様は私を見かけても声をかける事はない。むしろ私が視界に入るととても険しい顔をしてするりとどこかに行ってしまう。
対する私は私同様にちょっと地味な女の子グループに無事に入る事ができ、それなりに平和な学園生活を送る事が出来た。
地味で可愛くないうえに子爵家というこれまた地味な私にちょっかいをかけてくる男子等もおらず、本当に平凡な学園生活だった。
でもやっぱり私の心にはずっとシュルト様が居て、シュルト様の卒業くらいはちゃんとお祝いしたい。せめて最後の晩餐会には一緒に行って欲しいと伝えたくて放課後の生徒会室へ行ったのだ。
しかし私を待っていたのは、どこまでも冷たいシュルト様の言葉。
彼のとなりにはとてもきれいなご令嬢がいた。
晩餐会に行くべきじゃない、というシュルト様の言葉に私の頭は真っ白になった。
こっそりのぞいていたドアにぶつかってしまうくらいにショックだった。
物音に気が付いたシュルト様が真っ青な顔をして立っている私を見てとても驚いた顔をしている。そしてきゅっと眉間に皺を寄せた。
そんなに私が嫌ですか。そうですか。
どこかで、少しくらいは好かれているんじゃないかと思っていた最後の希望がぷつん、と消えた気がして私はぼろぼろと涙を流しながら「もうやめる」と口にしていた。
シュルト様の顔を見ているのが嫌で、くるりと背を向けて走り出していた。
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